後藤和弘のブログ

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危険と分かっていても高速増殖炉「もんじゅ」の魅力・・そして他の原発の魅力

2011年04月20日 | 日記・エッセイ・コラム

今回の福島原発のレベル7の重大事故に刺激されて、もう一つの発電方式の高速増殖炉の危険性が真面目に議論されています。このブログでも昨日紹介しましたshiba_yu36 さんの記事です。「福島原発以上に危険性のある高速増殖炉もんじゅで今起きていること」で、そのURLは、http://d.hatena.ne.jp/shiba_yu36/20110329/1301399251#c です。

この記事は内容が手堅いだけに多くの賛否両論のコメントが寄せられています。それらのコメントは大きく分類すると次の3種類に分けられます:(1)高速増殖炉の危険性を厳密に、科学的に議論しているコメント、(2)科学抜きにした感情論的コメント、(3)高速増殖炉や沸騰水型軽水炉原発の地域経済との関連を議論したコメント、などです。

私は特に(3)に関して深く考え込んでしまいました。原発の危険性の技術論だけを考えるのは視野が狭すぎます。そこで私は(2)も視野に入れる必要性も信じて、総合的に原発反対の立場に立っていました。私は原発反対の立場は変えるつもりは一切ありませんが、下のコメントを読み、考え込んでいます。

以下のコメントは高速増殖炉「もんじゅ」の存在している敦賀市に住んで居るある方が投書していたコメントの一部です。

=====敦賀市に住んで居るある方より(抜粋)===========

地元に住んでるとね、原発というのはいかに強大な存在かつくづく思います。
巨大な企業誘致であるので膨大な雇用を産み、近所友人にも原電関連企業の社員が何人もいる。
原電にまったく関係がない私の職業も、間接的に資金が回った仕事が来るし、原発マネーの入った行事、イベント(花火とか祭とか)、施設で自分自身も子供も市民も愉しんでいる。住んでるだけで電気料金補助があり、かつて、船でしか行けない陸の孤島だった敦賀半島は国道並みの道路が走り、市内の学校は一気にRC化、人口7万に満たない小都市とは思えない市民病院。しかし、原発財源が無いと何も進まない地元経済、大都市圏並みの物価高、自活力をそぎ、考える力を奪った。
福島原発の地元は本当に発展したのか?この事故のリスクを負える発展や見返りがあったのか?
これまで福井県全体+他県隣接地で数千億円もの金が入った。小浜市民の方、お金一切貰ってないって事はないよ。立地自治体よりはかなり少ないし固定資産も入らないけど、寄付金もけっこうある。JR小浜線は電化までしたし。だからって原発リスクを負えるのか?負えって言うの?違うよね?
以前、ネット議論をしていた頃、ゴミ処理場や米軍基地のようなモノだと言ったら原発社員が怒ってね。震災以前の何十年前から原発議論は水掛論議になって疲れます。でも、今回は事情が事情。こうやってネットやってられるだけでも被災者を思えば有り難いというか何というか。これを機会に次世代エネルギー論が急速に進み、技術も進むと思われます。(そう思いたい)

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原発推進で権力が増大する政治家や役人、大きな利益が上がる電力会社の経営者、そして何よりも原発のお陰で経済的に得をする地元の人々。人間に権力慾と金銭慾が有る限り原発廃絶はほとんど不可能なような気がします。

原発を廃止するか否かは人間の根源的な慾と深く結びついているのです。危険性の科学的議論や感情論ではどうする事も出来ないようです。皆様はどのようにお考えでしょうか?


4 コメント

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笑顔を奪い、被爆者と差別を生むものから富が生ま... (sanochi)
2011-04-21 00:30:14
笑顔を奪い、被爆者と差別を生むものから富が生まれているのだとすれば、その富に溺れるのは、麻薬や覚せい剤で得られた富に溺れるのと同じです。
原子力の富を肯定する人は、自分の娘さんがシャブ漬けにされた上がりが自分の口座に振り込まれても、平気なんでしょうか?理解に苦しみます。

風を読み、地からの声を聞き、自然のエネルギーから、少しだけ自分に必要なものを分けてもらう。そんな、謙虚さが21世紀の日本には似合うと思います。

夜の街に明かりを氾濫させたのは夜間電力量消費の増加を躯んだ原子力族の陰謀だったのかもしれませんね。
>笑顔を奪い、被爆者と差別を生むものから富が... (hoteisan2004)
2011-04-21 20:33:37
>笑顔を奪い、被爆者と差別を生むものから富が生まれているのだとすれば、その富に溺れるのは、麻薬や覚せい剤で得られた富に溺れるのと同じです。>この一文には深い共感を覚えます。
しかし、原子力は麻薬、覚せい剤と同列のものとする、レトリックに
は違和感があります。20世紀、人類は核分裂のエネルギーを発見
してしまったのです。この発見に封印をする事は出来なかった。
爆弾として利用されたことが不幸の始まりでした。発見してしまった以上
私たちが利用をとめても、人類全体で見た場合、その利用を封じ込める
ことはできないでしょう。ならば可能な限り、平和に管理して
有効利用をするべき道を選ぶしかない、と考えてます。
そのためには更なる創意工夫、技術の発展、リスク管理を徹底すべき
と思います。日本が原子力の利用を止めても、世界からは消えてなくなることはないと思います。唯一の被爆国なのですから、危害の危険性を深刻に受け止めて、可能な限り、リスクを低減する努力、技術を高めていく方向で行くべきです。平和利用のリーダーとなるべき努力をすべきと考えます。放射能を無害化できる方法が考え出せたら、それこそノーベル賞に値すると考えます。
sanochi さん (藤山杜人)
2011-04-22 13:38:58
sanochi さん

コメント有難う御座います。

権力者や学者は原発の恐ろしさを過小評価して来ました。

今度の大事故でよく分かったと思います。

有難う御座いました。

敬具、藤山杜人
hoteisan2004さん (藤山杜人)
2011-04-22 13:45:14
hoteisan2004さん

深い思索にもとずいたコメントを頂きまして有難う御座いました。
おっしゃるように・・・発見してしまった以上、私たちが利用をとめても、人類全体で見た場合、その利用を封じ込めることはできないでしょう。・・・は人間の慾があるかぎり真理です。
しかし、全世界の原発の数を減らす努力はすべきとl信じています。ドイツが原発を止めれば、計画を中止する国々も増加します。
私は現在稼働中の原発の安全性を改良しつつ、全数を減らす方向にすべきと信じています。
有難う御座いました。
敬具、藤山杜人

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