後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

お釈迦様もイエス様も原子力発電を悲しんでいらっしゃいます

2011年04月20日 | 日記・エッセイ・コラム

この世の慾に執着してはいけません。栄華に執着してはいけません。祇園精舎の鐘の音のように全ての栄華は儚く消えて行きます。全ての執着心を捨てると浄土の世界を見ることが出来ます。お釈迦様は哀れな衆生を慈しんでそのように教えました。

イエス様も言いました。慾に生きる人は私の弟子ではない。慾とは権力慾や金銭慾の事です。彼らを私は知らない、私とは無縁の人々です。イエス様は権力慾や金銭慾に生きる人々を嫌いました。そして質素な、そして心の貧しい人々を愛したのです。貧しいが慾の無い人々を愛し、慈しんだのです。

権力慾や金銭慾の故に原子力発電を推進してきた人々をもイエス様は愛します。しかし悲しい気持ちで愛しているのです。下の写真にように貧しい馬小屋で生まれたイエス様は慾の無い人々が好きでした。宿屋が満員で泊れなく、馬小屋の中でマリア様が、赤子を生んで、飼葉桶の藁の上に寝かせたのです。

お釈迦様やイエス様は原子力発電にこだわる人々を悲しい気持ちで見ていらっしゃいます。

やはり原発は止めたほうがよいのではないでしょうか?これが私の感じ方なのです。ご反対の方からのコメントを期待しております。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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