後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

中村研一画伯の特別展、「中村研一の往還」のご案内

2024年03月14日 | アート・文化
中村研一画伯の特別展、「中村研一の往還」のご案内です。
東京美術学校以降、中村研一がずっとアトリエとしていた家は明治神宮近くにありました。パリでの修行と戦災を経て小金井市の「はけの森」に移り住み 1967年に亡くなるまで小金井に22年間住んでおました。

特別展、「中村研一の往還」

会期:2024年 3月24日(日)~5月12日(日)
開館時間:10:00 ~ 17:00(入館は 16:30 まで)
休館日:月曜日
観覧料:一般200円、小中学生100円

詳しくは、https://www.hakenomori-art-museum.jp/exhibition をご覧下さい。
写真は会場になる中村研一記念館で、今日私が撮った写真です。
 

「昔の蒸気機関車、特急つばめ、阪急電車、能勢電車の懐かしい写真」

2024年03月14日 | 日記・エッセイ・コラム
現在より約75年前の写真です。今日は昔の蒸気機関車、特急つばめ、阪急電車、能勢電車の懐かしい写真をお送り致します。80歳以上の方々は懐かしくご覧になると存じます。写真はインターネットの昔の鉄道の写真からお借りしました。
1番目の写真は昔全国を走っていた蒸気機関車です。現在より約75年前の日本では電化された長距離の路線は東海道線だけでした。
蒸気機関車の欠点は煤煙が凄いことです。客車に冷房装置が皆無なので全ての窓を開けています。煤煙が情け容赦無く客車に入り充満します。汽車の旅は煤煙との戦いでした。
2番目の写真は煤煙が後ろの方へ流れて行く様子を示す写真です。
3番目の写真は昔の特急つばめ号です。電化され長距離の東海道線で活躍しました。
4番目の写真もつばめ号です。東京駅でつばめ号に乗ると煤煙が無いのでホットしました。

5番目の写真は大阪の阪急の梅田駅です。タ-ミナル駅で阪急電車がいろいろな方向へ走って行きます。現在の感覚ではとても貧し気なタ-ミナル駅ですが当時は感動的に大きなタ-ミナル駅でした。
6番目の写真は大阪や神戸地域で活躍した昔の阪急電車です。現在の姿とあまり変わらない姿でした。
7番目の写真は能勢の妙見さんへ行く昔の能勢電の電車でした。
写真で示したようなものに乗ったのは次のような事情があったからです。
祖父が兵庫県の猪名川町の内馬場のお寺の住職をしていました。しかし父は仙台の東北帝大の教授でした。
祖父の寺には毎年夏に泊まりに行ったのです。少年の頃のことで茫々70年以上前のことです。
兵庫県への長旅はまず東北本線の蒸気機関車で上野駅まで行きます。東海道線の電気機関車で梅田、大阪駅まで根気良く走ります。梅田から阪急電鉄に乗ります。野勢口で乗り換えて野勢妙方面に行きます。その電車の「山下駅」で降ります。そこから内馬場は20Kmの遠方にあります。はじめはタクシーでしたが太平洋戦争でタクシーも無くなりました。オート三輪の荷台の乗って内馬場まで行きました。そんな旅でした。

今日は昔の蒸気機関車、特急つばめ、阪急電車、能勢電車の懐かしい写真をお送り致しました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)