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フランス人観察記録

日本人から見て解ってきたフランス人の考え方、行動についての覚書

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カテゴリーは居住地によって分けています

イル・ド・バのクレープとガレット

2011年12月20日 | ブルターニュ

翌日、パトリックのガイドで「バ島(イル・ド・バ)」へ行くことになった。 

 

この地方ではちょっと有名な観光地であるが、日本のガイドブックには載っていないので、団体さんがやって来るところではないようだ。

 

ロスコフと言うピンクの玉ねぎで有名な港町まで車で行って、そこから小さい船に乗って行くのだが、その港はちょっと古い町で、観光地でもあるらしくそう言えば古い石造りの家があったり、観光客向けの観覧自動車が走っていたりした。

 

                           ロスコフの古い家

 

 

               見張りの塔     

 

 

                          ロスコフの古い大砲

 

 

                 観覧自動車

 

 

この港の海岸もそうだし、ケレンマの海岸もそうだが、大体ブルターニュ地方の海岸は岩だらけで、昔からよく船がが座礁したらしい。

 

                陸にある船

 

 

              ロスコフの引き潮

 

 

              岩の多い海岸

 

 

               ロスコフの海岸    

 

 

港の桟橋は長く海に突き出ていて、丁度引き潮らしく、その長い桟橋を先端まで歩いて行って船に乗り込んだ。黒い鳥が沢山いたので、聞いてみると鵜であった。

 

               長ーーーい桟橋

 

 

                鵜      

 

 

やがて船は目的の島の港に着いた。お腹が減ってきたのでしばらく歩いて行き、海に面した小さいレストランを見つけ、窓際に座った。

 

そこでブルターニュの名物のクレープやガレットを食べた。

観光地にありながら感じのいいレストランであったし、美味しかった。

 

               ガレット

 

 

              クレープ

 

 

それから島を散策した。

別荘があちこちにあり、中には売りに出ているところもあった。

どの家も壁や窓の扉には綺麗にペンキが塗ってあり、カラフルで明るい感じだった。でも冬には寒いだろうなと思った。

 

                 植物園

 

 

               植物の窓

 

 

                売り家   

 

 

               貸し家

 

 

白い砂の浜辺も植物園もあったし、草原には馬がのんびり草を食べていたりした。

 

               丘の上の教会

 

 

             イギリスに向かう船

 

 

          バイキングに壊された古い教会

 

 

また船で元の港に帰り、それから家の方向へ車で走り、途中パトリスの知り合いの小さいお城に寄った。そのこの「城主」の子孫がまだそこに住んでいた。

その城の中に入れてもらい見張りの塔などに登らせてもらった。こういうところが、フランスの田舎にはまだあるということを体験した。

 

            古い小さいお城の正面

 

 

               見張りの塔

 

   

          見張りの塔から門を見下ろす               

 

 

               お城の庭園

 

 

 

そして帰宅したが、その晩はこの家での最後のディナーとなるのだ。マルゴが腕をふるってくれた

 

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本家のスペシャルな兄さんと奥さんがやってきた。

2011年12月15日 | ブルターニュ

さてそのスペシャルのお兄さん夫婦がやってきた。

このお兄さんが長男なのだ。

 

日本で言うと本家の方である。

奥さんもちゃんと正装してこられた。パトリスも正装だ。マルゴもスカートに履き替えて

レヴェランスで[エリザベス女王などにする、足を曲げての挨拶]、ご挨拶をしておどけて見せた。[これが様になるのは、やはり元貴族の家系だからかと納得]

旅行中の私とても、それなりの格好をした。

 

マルゴ

 

パトリック

 

 

やがて今日マルゴが仕入れた、新鮮な魚介類の料理による晩餐が始まった。

普通なら私も御馳走の写真を撮りまくるのだが、何しろちょっとスペシャルなお兄さんがいるので、今回は写真を取るのを控えた。

 

おかげで牡蠣や手長エビ、カニなど素晴らしい御馳走だったが残念ながら写真が残っていない。

それに食事中に何を話したかもよく覚えていない。

 

お兄さんの奥さん

 

 

そしてスペシャルな兄さん

 

 

ただ、フィンガーボールが出ていたので、お兄さんは「使い方を知っているか?」と尋ねたので、「知っている」と言うと、「昔エディットピアフが知らずに飲んだんだ」と笑った。

私は道徳の本でどこかの国の女王様が、そうして飲んだ人に恥をかかさないように自分も飲んだという話を読んで感動したのだが、ここでは言わなかった。

 

やがて長い食事が終わった。

くつろいだ雰囲気になり、私は例の飛ぶ鳥の折り紙を教えた。

 

出来あがると例のごとく一様によろこんだが、そこはスペシャルなお兄さんだ、突然出来あがった折り紙の鳥を、エイとばかりに暖炉に投げ込んでしまった。

 

この行動の解釈に困ったが、一つには思わず喜んだ自分に気が付き照れ隠しの行動だったのか、あるいは折り紙に手こずったことで、ちょっとばかり、プライドが傷ついたのだろうか。

 

別に機嫌を損ねた風でもなく、みんなでわっはっはと笑ったのだった。

しかし、内心このスペシャルのお兄さんの突然の行動に私は驚いたし、せっかく教えた折り紙が投げ捨てられたことにちょっと不快感もあった。

 

夜遅くなってお兄さん夫婦は帰って行った。お兄さんはちょっと変わっているかもしれないが、この特別な村の重鎮であることは間違いない風格のある人であった。

その点私の友達のパトリックは、優しい性格だし、容姿もすらりとしていて上品であることに改めて気が付いたのだった。

 

 

あくる日は、そのパトリックがいいところに連れて行ってくれるのだった。

 

マルゴ達の家の西部分 主寝室やダイニングなどがあった。

 

 

これは中央部分 この二階に泊めてもらった。

 

 

これは東部分 このように東西にかなり細長い家であった。

手前は広い庭で、敷地はかなり広かった。

朝、芝生に野ウサギがやってきた。

 

 

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僕は、初めて日本人を見たよ。

2011年12月10日 | ブルターニュ

さてケレンマでの翌日、昨日のご主人の案内と交替して、奥さんのマルゴがどこかに連れて行ってくれることになった。

 

西の方にかなり車で走り、辿り着いたのは海産物の店で、水槽にエビや貝や魚がたくさんいた。どうやら今夜の晩餐のためカニ、ホタテガイ、エビ、牡蠣などを買うつもりだったらしい。

 

聞けばパリのミシュランの星がつくレストランが買いに来る[注文する]ところとのことだった。

とにかく新鮮なのだ。

 

    

 

                                   

 

    

 

 

 

そこを終ると近くのチーズ工場へ案内してくれた。最初に行ったのは山羊の飼育場で、沢山の山羊が屋根の下に柵で囲われて飼われていた。散らばっている藁を取り上げ、差し出すと柵の上から首を出してむしゃむしゃ食べてくれる。

 

面白いので近寄りすぎて、コートの襟を噛まれてしまった。山羊流の挨拶だったのだ。

驚いた私を山羊が笑っているようにその表情から思えた。

 

それからチーズ工場に行き、いろんなチーズを見せてもらった。マルゴは勿論チーズを買った。そして私はそこの従業員の人にこう言った。「今日初めて動物園以外で山羊を見たよ。」

 

その朴訥な従業員の若い男性が、真顔でこう言った。「僕は、初めて日本人を見たよ。

 

フランスの田舎の人の中にはこういう人がいるわけだ。

考えてみれば驚くにあたらない。日本にだって「フランス人を見たことが無い。」人だってたくさんいるのだから。また外国人を皆アメリカ人と思っている人もいると、よく来日したフランス人から聞く。

 

 

 

それから一旦家に帰り、ランチを食べて再びあちこち連れてくれた。

 

 

この地方には古い小さい教会がたくさんある。

この地方は17~18世紀ごろ亜麻織物、帆布生産で栄えたそうだ。その豊かな経済力と敬虔なキリスト教信仰の結果、特産の花こう岩でできた教会がたくさんあると言うわけだ。

 

あまり沢山の教会に行ったので、今となっては写真を見てもどれがどれかもわからない。

しかし他の教会と違い、信仰心の厚さをその建物から感じとれる教会であった。

 

 

 

 

 

 

広い大きなお城にも行った。

帰りある陶芸家の所にも寄った。

陶器の個人の工房で、素朴なデザインの物が棚に並んでいた。でもやはり日本人の作品とは違った形や釉薬の模様のもので、見ているだけで楽しかった。

工房主に日本から来たと話すと、彼は日本の楽焼きの本を持っていて嬉しそうに見せてくれた。

(陶芸の分野で日本の技術が高く評価されていることは間違いない。

別のところでも陶芸家が日本の陶芸作品集を自慢げに見せてくれたこともあるし、また別のところの電動ロクロは日本製だった。)

 

 

 

 

 

 

夜はあの海産物の料理の夕食なのだが、パトリスの長兄夫妻を招待しているとのことだった。

「ちょっとスペシャルな兄だから驚かないでね」と事前警告を受けたのだった。


フランスの田舎で出会った村意識

2011年12月04日 | ブルターニュ

ケレンマの第一日目の中で、午後にパトリックが散歩のため、近所の村に車で連れて行ってくれたのを書き忘れた。

 

そこはどの家もみんな小さいお城のような家で、パトリックの知り合いもいたが、どうやら所謂旧家ばかりのようだった。

 

 

 

 

 

 

ちょっとした森の中に家が散在し、中世に戻ったような落ち着いた雰囲気で、昔の栄華を伝える感じのするところだった。

 

それともう一つ、パトリックの村のあることを聞いた。

それは一口に言うと、この村の人達は排他的だと言うことだ。

言いかえるとよそ者に冷たいわけだ。

 

パトリックとマルゴが現役をリタイヤし、この村に戻ってきた時のことだ。

奥さんのマルゴはこの村に住むのはもちろん初めてだった。そこでパトリックは村の会長のような人にマルゴを連れて挨拶に行ったそうだ。

 

その時その会長のような人は、マルゴが挨拶しても、知らん顔したそうだ。

パトリックはこの事を怒っていた。

 

そう言えば、この日海から家に帰る時、その会長のような人を離れて見かけた。パトリックはそれなりに挨拶の声をかけたが、明確な返礼は返ってこなかったし、となりにこのあたりで珍しいはずの東洋人(私のこと)がいるのに、無視したような感じだった。

 

ところが、そのパトリックとマルゴ自身にも排他的なところを感じたことがある。

それはこういうレベルの家では、家の中の掃除はパートの人に頼むことになっていて、この家にも掃除に来る人がいる。

 

私が「その人はどこからきているの?」と聞いた時、すぐ二人は口をそろえて「村の外から。」と答えたのだ。

 

私は勿論村の外どころか外国からきているのだが、この家では友人として迎えてくれている。

しかし、あの会長にとっては「よそ者そのもの」なのだろう。

 

フランスにも一昔前の?日本の村意識が残っている事を感じた。パリのイメージがフランスだと思っている多くの日本人がいるのだが、(事実私も初渡仏のときは、そうだった)こんな発見が私の好奇心をそそるのだ。

 

とにかくフランスでも、田舎は田舎で色々あるらしい。

 

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ええっつ???恋人同士じゃなかったの???

2011年12月03日 | ブルターニュ

ネットを通じて、若いカップルがやってきた。

 

大きな荷物を持って、JRに到着した。

彼らは出来るだけ節約するということで、夜行バスを始め、長距離バスを利用していた。

 

二人ともまだ学生だった。

しっかりものの彼女がリードし、彼がついてくるというようなカップルだった。

 

六月で、暑い日だった。

レンタサイクルで、観光に出かけて行ったのだけれど、風邪気味で、お昼過ぎに帰ってきたらしい。しかし私も外出していたときだったので、鍵がなくて入れず、外でずっと待っていたのだ。

すぐに中で、休むように促した。

 

疲れだったのか、しばらく寝ると、よくなったようで、夕食のころには食欲も戻って、元気だった。

 

折り紙も習字も、彼女はしたことがあり、鶴も折れるし、漢字もよく知っているので、男の子の方が新鮮だった分楽しんでいた。

 

飛ぶ鳥を折った時には、彼女もびっくりして、喜んだ。

しかしすぐに「決闘だ」と彼の鳥に飛びかかっていく。何ともお転婆なお嬢さんだ!!

 

 

この彼ら、てっきり恋人同士と思い、一つの部屋を提供したが、実は、幼馴染と言うだけで、恋人ではないと、一泊した後、判ったのだ。

しかもそれぞれに恋人がいると言うことだった!!恋人の写真をそれぞれ見せてくれたのだ。

恋人がいても、異性の友人と二週間以上も海外旅行するなんて、あり得ない!!!

彼らも彼らなら、待っている恋人にも本当に驚く。

自由の国フランスは、大らか過ぎる!!

 

この彼女、タンクトップ(キャミソール?)のような服を着て、ぴちゃぴちゃとおもむろに日焼け止めを塗ったりするので目のやり場に困ったが、彼は何ともない風だった。

 

 

この彼らのことを、親しいフランス人に聞いてみたところ、「あまりよくあることではない」らしい。

そしてぴちゃぴちゃするのも、あまりほめられることではないと言うことであった。

 

彼らとは、それほど、親交が深まったと思っていなかったのだが、この年のクリスマスに二人から彼らの町で写した写真とカードが送られてきた。

 

うん、やっぱり、跳んでる?彼らでも、こういう心遣いを出来るフランスの若者に、ちょっと嬉しくなった。

 

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