映画とライフデザイン

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映画「はじまりのみち」 加瀬亮

2014-01-05 08:01:45 | 映画(日本 2013年以降主演男性)
映画「はじまりのみち」は戦後日本映画界を代表する木下恵介監督の若き日を描いたオマージュ映画だ。

これも予想以上にいい映画だ。胸にしみるシーンがいくつかあった。
木下恵介が好き?と言われれば、「それなりに」と答えるしかない。戦後の著名作品はそれなりに見ている方だ。「二十四の瞳」は少年のころ見てすごく感動した。今でも素晴らしいと思う。他はそれほどでもない。そんなこともあり、DVDスルーしていたが、正直この作品にはビックリした。

昭和20年4月の松竹撮影所で木下恵介監督(加瀬亮)と松竹幹部の城戸四郎(大杉)が向かい合う。
木下恵介が監督に昇格して2作目の「陸軍」は陸軍の士気高揚を図るためにつくられた映画であった。しかし、ラストシーンで母親が子を見送るシーンがめめしく、兵隊の士気が上がらないと陸軍から文句をつけられた。それで城戸に注意され、次の作品の話が没となった。木下は辞表を出す。城戸は辞表を預かるといったが木下は故郷の浜松に帰ることになった。

実家は浜松で食料品店を営んでいた。戦火激しく郊外に疎開していた。母(田中裕子)は脳溢血を患い、満足に話ができない状態になっていた。その母を別の疎開先に移動させることになった。しかし、戦火激しく母を輸送する車を用意できる状況ではない。バスで移動というわけにも行かない。そこで恵介はリアカーで運び込むことにした。距離は60キロに及ぶ。家業を継いでいる兄(ユースケ・サンタマリア)と兄が雇った便利屋(濱田岳)が同行することになった。歩いても歩いても先は遠い。3人とも神経をピリピリしながらの珍道中である。

休憩の時、便利屋が職業を恵介に聞く。映画監(館)とまで言いかけて、今は無職だという。「そうか映画館に勤めていたのか。」と便利屋がひとり合点する。恵介は正体を表わさず、道中は続く。
途中で旅館で休もうとしたが、どこも満室で入れない。病人を抱えて難儀したが、ようやく探しあてた旅館に入って一泊することになった。気を紛らすために、恵介が一人川辺をたたずんでいると、便利屋が近寄ってくる。映画館で働いていたとことを知り、便利屋があの映画よかったなあと話に出したのが「陸軍」だった。知っているか?と聞かれ、恵介はとぼける。
便利屋が熱を込めて、この映画の良い所を力説するにつれて、恵介はあの映画のことを思い出すのであるが。。。。

(陸軍)
このあと映画「陸軍」のラストシーンが流れる。異様なテンションの高さに感動した。背筋がぞくっとしてしまった。映画ファンを自称しながら、この映画を今まで知らなかったことを恥じた。それくらいのすごいシーンである。
ある地方の町で、田中絹代扮する母親が自宅で出征に向かう兵隊の行進する響きを聞きつける。外に飛び出て懸命に街道に向かって走る。街道では陸軍の兵隊が行進している。母親はわが子を探そうとする。大勢いてわからない。カメラがそれを追いかける。そして見つける。

行進とともに母は一緒に駆けていくが、沿道には大勢の人だかりで母親はころんでしまう。何もなかったように行進は進んでいく。最後無事を祈り、母親は手を合わせる。
陸軍の士気高揚を目指した映画だけに、福岡市の目抜き通りがエキストラで一杯になる。陸軍の命令かもしれない。これ自体今ではありえない。実際の行進に合わせてつくられたドキュメンタリーではないかと思ってしまうくらいだ。しかも、田中絹代を追いかけるカメラワークが躍動的だ。彼女が息子を追いかけていく途中で、自分の身体の中でものすごい蒸気が高まる。沸点をこえる。やはり田中絹代は大女優だ。改めて感じる。感動した。

途中で陸軍の1シーンが流れ、いったんこの映画のピークを迎える。
それまでは木下恵介の強情さが鼻についたシーンが多かった。そのなかで暗い戦争の話を茶化すように濱田がうまく使われている。恵介兄弟や旅館の娘たちとのやり取りで笑わせてくれる。やっぱり彼はうまい。昨年の「みなさんさようなら」は年間ベスト3に入る快作だと自分は思っている。同時にクセの強い木下恵介を演じた加瀬亮もうまい。ユースケサンタマリアもいつもより抑えた演技で、家督相続があった時代の長男らしい思いやりのある兄貴を演じる。

(気になるシーン)
監督はいくつかヤマをもってきている。その中でも2つ印象に残るシーンがある。
まずは宮崎あおい扮する女教師が子どもたちを引き連れている場面だ。映画「二十四の瞳」の1シーンを連想させる。それを恵介が手でファインダーを見るように彼女たちの動きを追いかける。もう映画監督を辞めたと言い切った後の恵介が何かを構想したはずだ。いいシーンだ。宮崎あおいのナレーターも実に良かった。

田中裕子扮する母はリアカーで運ばれるが、道中強い雨に降られて、顔には泥が飛んでいる。旅館についた時、恵介は井戸を貸してもらって手拭いに水を付けて、母の顔をふく。女優が映画の撮影の前に化粧をするような雰囲気でふいていく。これが実に美しい。老いた母の顔がきれいになっていく。田中裕子の映画で好きな映画をいくつも取り上げてきた。「天城越え」「夜叉」「いつか読書する日」の3つはいずれも傑作だ。若き日の方が妖艶な魅力をもつが、今の彼女もすばらしい。



最後にはオマージュのように戦後の木下恵介の代表作が映される。見たことある映画も多い。まだ見ていない「破れ太鼓」で主演の阪東妻三郎の顔を見て、つい数年前に亡くなった息子の田村高廣に瓜二つなのに驚いた。ここでは流れないが、弟の木下忠司の音楽はちょっとしつこい。「喜びも悲しみも幾年月」のように音楽と情景が合わないで映画のムードをぶち壊すこともあった。逆にこの映画の音楽はよかった。ロードムービーであるデイヴィッド・リンチ監督「ストレイトストーリー」や「パリテキサス」の匂いを感じさせる。「パリテキサス」のライクーダのギターを思わせるアコースティックギターの使い方は絶妙であった。

以前お世話になった人で、少年時代木下恵介作品に出演した方がいた。話を聞くと木下監督はかなりの完全主義だったそうだ。自分が思う青空が映し出されるまで、撮影はストップになったとおっしゃっていた。この映画でも木下恵介はかなり偏屈だったというイメージを醸し出す。独身で潔癖症の気難しい男だったのであろう。
木下作品を流す時間のウェイトが意外に長く、しつこい印象も持ったが仕方ないだろう。

いずれにせよ、この映画にはビックリした。
「陸軍」はさっそく探り当ててみる。

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