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ショップ ダンケ

ドイツ雑貨「ショップ ダンケ」のオフィシャル・ブログ

Mother 泣きました!

2010-06-24 09:37:57 | 映画&ドラマにハマル!

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久々に、どっぷりはまってしまったドラマ「Mother」、毎回、泣かされました!やっぱりドラマは、脚本ですね!いろんな伏線のエピソードが、積みあがっていく手法が、ばっちりでした。子供嫌いの淡々として女性が、このドラマの大テーマである「母性」に目覚めていくところが、良かったなあ。これは、奈緒の成長ストーリーでもあるから。

つぐみ役の芦田愛菜ちゃんの可愛さがもてはやされてるけど、奈緒おかあさんなしには、このドラマは成り立ちません。松雪さんって、フラガールとか気の強い女性をやらせたら、はまり役と思ってたけど、こういう複雑なしっとりした役も、全然OKなのね。この年代の女優さんでは、頭ひとつ抜けたって感じがする。

奈緒とつぐみちゃんの会話って、対等っていうか、母親が優位に立っていないところが、好きでした。虐待母のもとにあっては、怯えたり、子供のほうから機嫌を取ったり、安定した「こころ」でいられなかったのでしょう。

虐待母が迎えにきて「嫌いになっちゃった?」肩をゆさぶられて、「好きでも嫌いでもないの もうママじゃないからね」 

つぐみちゃんが言った言葉で、一番ガーンと来たのが、ココでした。

「もう1回誘拐して」もコタエタなあ。これを、どうやって最終回、落としてくるのかと思ったけど、「ずっと愛してる」と新聞で、タイトルを見ただけで、ちょっと予想できたとおり。奈緒の実母がなくなって、つぐみちゃんを施設に帰す。

もし、誘拐劇がなくて、虐待事件が明るみになって施設に送られるのが同じ運命だとしても、おかあさんに愛されたという記憶があるのとないのでは、まるで違う。

たった7歳でも、自分の意思というのを貫かせた脚本に、子供の強さを感じました。そこに未来も見えます。

ただひとつの不満は、男性の存在、「父」というものを影薄くしたこと。虐待の裏には、オトコあり。ここまで入れてしまったら、複雑になりすぎるから、カットしたのもやむなしかな。幾通りもの母と子の物語で、いっぱいいっぱいだったから。

ネットで、「神ドラマ」と言われてるけど、上質で丁寧に作られたドラマに感謝です。


ドラマ Mother

2010-04-15 12:26:41 | 映画&ドラマにハマル!

音楽祭の準備で、リボン結びや、クリアパックに商品を包んだりしながら、ながら族で、ドラマ「Mother」を見てました。主演が、松雪泰子だし、連ドラは、初回から見ないとわかんなくなるしねという程度の関心度だったのに、最後に見終わって号泣している自分がいました。

ドラマは、世相をキャッチするのが早い!児童虐待を、こう取り上げてくるかとうなりました。

子供は、虐待されていても、親に媚びるしかないんだね。夕食時に、500円玉を持たされて外に出される7歳の怜南ちゃんには、クリームソーダは、飲み物でなくて、食べ物だった。

大好きな絵本も、おもちゃも、ハムスターのスズも捨てられた。「天国で幸せに暮らしてるのよ」と投げやりに言う母親の言葉に、「そうだね、スズは、天国に行きたいんだね」と、精一杯の笑顔を作って答えるのが、痛々しい。

そして、ついには、自分さえ、黒いビニール袋に入れて捨てられる。鈴原奈緒が、見つけて、彼女を介抱する。

「何か飲む? 何か食べる? どうしよう。ねえ、どこか行きたいとこある?遊園地とか動物園とか」

「さっぽろ 行きたいです」

「札幌? いいわよ」

「赤ちゃん ポストに行きたいです ポストに写真がないの」怜南ちゃんは、赤ちゃんポストのことが書かれた記事を握り締めていた。

衝撃!ガーンと来ました!奈緒でなくても、彼女をギュッと抱きしめたくなるでしょう。

しかし、奈緒が取った行動は、驚いた。決して子供好きとはいえない淡々とした奈緒は、怜南を、誘拐しようと思うと、彼女自身に提案するのだ。

怜南ちゃんは、泣きながら、「お母さん、怜南のお母さん」と奈緒に抱きつく。この子が、自分の感情を露わにしたのは、初めてだったんだね。無防備に、抱きついて、そして抱きしめられる。

テレビドラマというより、映画のように重厚です。

奈緒自身が、拾われた子であることを、カミングアウトし、怜南との逃避行に出る。育ての母や、生みの母らしい登場人物もチラリと出てくる。これから、どうドラマが展開するのか楽しみです。

怜南ちゃんの好きなものノート、心に残りました。

「まわるいす、のぼってくさかみち、おふろばできこえるこえ、ママとめがあううこと、スズがひまわりのたねをたべるとこ ゆきをふんづけるおと、よるのそらのくも、クリームソーダ わたりどり」

好きなものを、ずっと考えることだけが、つらい現実を受け止める防御策だったのだ。子供は、大人が考えるより、子供じゃないね。

 


ベルリン映画祭

2010-02-16 17:04:47 | 映画&ドラマにハマル!

Berlinale_palast ベルリンに住む友達から、メールが来て、こちらでは、「ベルリン映画祭」で盛り上がっているのよとのこと。映画祭メイン会場の「ベルリナーレ・パラスト」の画像を、添付でもらった。

おお、そうか、そんな季節なのよね。この映画祭で、どんな日本映画を、映画人たちがベルリンに乗り込むのか?

大本命は、若松孝二監督の「キャタピラー」らしい。戦争をテーマにした力作だとか。

こないだ見た「ゴールデンスランバー」も登場するのね。堺雅人さんも、ベルリン入りするのかな?

トリは、山田洋次監督の「おとうと」だそう。つるべのダメおとうとぶりは見たいけど、永遠の優等生女優、吉永小百合さんだと、ちょっとスルーかも。


ゴールデンスランバー

2010-02-03 23:47:28 | 映画&ドラマにハマル!

Photo 【あらすじ】

凱旋(がいせん)パレード中に首相が暗殺された仙台、宅配ドライバーの青柳(堺雅人)は、久々に再会した旧友の謎の言葉を聞いた直後、警官から突然銃を向けられる。

訳もわからず逃げ出した彼は、身に覚えのない証拠と見えない力によって無実の首相暗殺犯に仕立てられていく。
絶体絶命の中、青柳は大学時代の仲間たちに助けられながら逃亡を続けるが…。
(シネマトゥデイ)

青柳に、「お前、オズワルドにされるぞ」と、この事件にひきずりこんだ旧友役を、ごひいきの吉岡秀隆くんがやっていて、この物語の幕開けに、重要な役割を果たす。「どんなに無様でも、とにかく生きろ」という言葉が、最後になって、映画的のオチにつながって、なるほどと思うようにできてる。

プロットが、細かく積み上げられていって、スピード感のある展開で、ぐいぐい引き込んでいく。伏線を張って、それがストーりー上で、つながっていくという手法が、しっかりしているはずが、カッチイ的には、神出鬼没に出てきて、彼のサポート役の1人になるキルオくんが、あっけなく死んでしまったあたりが、?でした。

堺正人さんは、とにかく走る、逃げる、舞台が仙台市内と限定してあるだけに、仙台の人は、あのシーンは、あそこ、あそことわかるでしょうね。ロケ地マップが、できそうね。

ビートルズのゴールデンスランバーが、青柳の学生時代のショットに流れて、効果的でした。


Drコトー診療所2006 第11話 最終回

2006-12-28 02:56:09 | 映画&ドラマにハマル!

21日の最終回は、クリスマスマーケットが佳境だったが、リアルタイムで、しっかり見た。

その後も、ずううと、余韻に浸って、ビデオをリピートしてる。ああ、終わっちゃったんだという、脱力感。木曜日まで、わくわくしてた3ヶ月の日々よ。さようなら、ありがとう!

では、締まりませんよね。もうちょっと、書かなくっちゃ(笑)

最終回は、彩佳さんのオペが、どうなるのかが、焦点であった。コトーは、彩佳を前に、一度は、動揺するが、「目の前の患者が、星野彩佳であることを忘れろ!」と鳴海に一喝され、我を取り戻し、オペを成功させる。しかし、ドラマは、それをクライマックスにするのでなく、「医師とは何か」という問題を掘り下げて見せたところに、意味があった。

最愛の家族のオペに失敗した鳴海だからこそ出たコトーへの厳しい批判、彼が言い放った結論は、「医者は、患者と家族になれない、なってはいけない」

ショックを受けて、彩佳の病室にも、顔を出せないコトー先生が、求めたのは、コトー先生自身の家族、母だった。こんなお母様に育てられたのかと納得するような品のある穏やかな母から、恩師が、離島医師の道を選んだ自分の生き方をうらやむように言っていたことを聞いて、コトーは、嗚咽した。コトーが、こんなにも、気持ちのままに泣きじゃくったことはない。あの涙のむせびの中で、「それでいいんだよ」と自分を肯定してもらえたと感じたのではないだろうか?

ようやく彩佳の病室に行った時には、もう医師としての顔を取り戻していた。彩佳の手を、お守りをはさんで両手で握ってコトーは、優しく微笑んだ。珍しく、男コトーの濃度が高かった(笑)手を握るのに、3年かなどど、思っちゃいけない(笑)人間同士の信頼がベースにある彼らならではの美しいラブシーンだった。

あきおじが亡くなったときも、あれだけ泣いたコトーだった。島の人を、「家族」として受け止めるのであれば、これから先、どれだけのつらい別れをしなくてはいけないだろう。和田さんが心配するように、コトーは、それに耐えることができるだろうか?

医師であることを、悩み続けることが、医師の使命といえるのだろう。答えを出すことが重要なのではない。コトーが、三上先生に、自分の決意を語ったとき、三上先生は、思わず、コトーに、頭を下げる。コトーも、彩佳の手術後、鳴海に、礼を言い頭を下げた。この謙虚さが、医師に求められる資質であることは、間違いない。

「人はいかにあるべきか その道をまっとうするために 大志を抱け」という言葉が迫る。タケヒロに宛てた手紙は、ドラマのテーマを貫くものだ。

小林薫さんが、TV情報誌で、「志木那島は、島全体が1つの家族だよね。家族だから誰かが病気になったらみんなで心配するし、タケトシが困っていると知れば、みんなで助けようとする。ただ、コトー先生は、ちょっと違う。精神的な支えにもなってくれる牧師的な存在なんですよね」

この「牧師」という指摘には、うんうんと頷いた。今回コトーは、ミナさんに対しては、上司として、島の子供たちには、命の大切さを説いたりする師としての役目も果たしていた。タケトシが、内心を打ち明けたのも、コトーにだった。

ラスト20分は、吉岡ファンへのサービスショットかと(笑)思うほど、島で往診して回るコトー先生の姿が映し出された。与那国でロケしている強みが、うんと画面に出ている。このコトー先生の自転車姿に、私たちは、島の人たちと同様、癒され安心するのだ。

そして、コトー先生自身、診療することで、また生きる勇気をもらっているという。こんな言葉が聞けて嬉しい。コトー先生は、やはり誰よりも、幸福な医者なのだろう。

吉岡さんは、また新境地を開拓した。今回のコトー先生の重要なシーンは、ほとんどセリフに頼らない。目線やしぐさ、たたずまいで、コトー先生の内面を豊かに表現する。この人のバックショットは、哀愁がある。回を追うごとの苦悩の表情が、最後には、島の医師として生きる決意に、顔がひきしまっていくのが、見事だった。

今回の連ドラで、「Drコトー診療所」で描きたいことは、中江監督は、描ききったとも言えるので、私自身は、これで完結してもいいかという気になっている。連ドラでは、島民を次々病気にしてしまわざるを得ないし、ちょっと難しいかとも思う。2-3年おきのスペシャルではありかな?「北の国から」化は、始まっているのかもしれない。