ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

平維盛の供養塔

2012-01-20 05:00:00 | 田舎
             
補陀洛山寺の裏手に平維盛や時子、渡海した僧の供養塔があると聞き及んでいました。何処にあるのかよく分かりませんのでウロウロしていると山寺の駐車場に、「無断駐車お断りします」と書かれた立て札がありおかしなお寺やなぁ、入り口には誰もおらへんのやから、誰でも有断で駐車することなど出来ません。

             

暫く那智山への道を歩きますが、供養塔があるような雰囲気では全くありません。

             

位置的にはよく分からないのですが、これが那智山で、この写真で言うと一番手前の電柱の横に見えている山腹の白いものが気になります。ここが那智大社なのかな、でもすぐ傍に滝があるようには思えません。それとも妙法山の阿弥陀寺なのでしょうか。

             

分からないので戻ってきたら、渡海船の模型を置いた館の前に供養塔への矢印がありました。このように道が付けられています。

             

林に入り込んだ途端、目の前の陽の当たってる所に墓らしきものが・・・違うやん、丸太で作った蜂の巣箱でした。

                     

山道を5分も歩くと、先ず最初の写真の墓碑、よくは読めませんが、真ん中の碑に刻まれている文字は“補陀洛山○○権律師周鎮”だと思います。

それからこのような木の根の道を歩くと、立て札が見えてきました。

             

ここが平維盛の供養塔のある場所、いつの時代にこの場所に祀ったのか、それが知りたいところですが、そんなに古いものでもなさそうです。

             

立て札には平維盛について記されていました。去年、夏の終わりにこの放浪記で書いたのと同じような内容です。

             

平家の供養塔の一段下にも同様の供養塔がありました。真ん中の大きな供養塔をよく見てください。供養塔そのものよりも、その前です。
             
             

正面から写すとこうなりますが、何処か違うのが分かりますか?たぶん分からないと思います。塔の前の花瓶が倒れていたのを写真を撮るので私が立て直したのでした。

この塔には“補陀洛山渡海宥照上人塔”とハッキリ読めます。

             

全体的にはこうなります。上が平家、下が渡海上人の供養塔ということになりますが、やはり負けた賊軍の平氏でも尊いのでしょうか。

             

山を下りて戻った私が停めておいた駐車場、無断で停めるなとは書いてないし、ここからの眺めの方が補陀洛山寺の本堂も入り整合性があるように思います。

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