ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

神呪寺 Ⅱ

2008-05-27 04:50:00 | 大阪にて
階段を登りきった正面の本堂です。

しかし、何故「神が呪う寺」などと言う名前を付けたのでしょう?或いは「神を呪う寺」なのでしょうか?
いや「神が呪われる寺」なのかも知れません。

「神を呪う」も「神が呪われる」も一緒ですかね?主語の関係でチョット違うかな。

だったら「神に呪われる寺」かも知れません。

まぁ、神自体が存在の明らかなものではないので、主語にはならないとしたら、「神を呪う寺」と解釈するのが尤も相応しいのかも知れません。

       

この寺が出来たのは弘法大師がいる頃ですから800年代中頃でしょうか。

            

鳥居がやけに新しいのですが、古来の信仰のように山を神と見立てていたのでしょうね。実在が疑わしい仲哀天皇を『人皇』などとわざわざ書いてあるのが実におかしいです。神話は神話として古来から伝わってる単なるお話だと解釈して欲しいものです。
つまり、伝わってる話と実際に存在したかどうか解らない人物を絡ませるのは、どのように考えても無理があるのです。

『日本語の字』というものがいつ頃から存在したのか、それも解ってないのですからネ。

            

鳥居の奥に多宝塔がありました。

       

本堂の賽銭箱、ちょっと変わってます。巾着型ですよね。

       

賽銭箱の右側に廊下の角が少し見えていましたが、そこを曲がるとこの仏像があり、一瞬ギョッとしますよ。

何でも賓頭盧尊(びんづるそん)と言い、お釈迦様の弟子で修行を積んで病気を治すことが出来るので、自分の治したい箇所をこの像の同じ所を撫でると良いらしい。
みんなが撫でるから、こんなに剥げてしまってるのかも知れません。

       

本堂の左側、弘法大師を祀ってあるお堂です。このお堂があるから、ここに至る道を大師道という名前を付けたんですね。

       

この本堂の右側のお堂の屋根はヘンですね。角度の関係でしょうが、パッと見ると屋根が二つくっ付いているように見えますが、どうやら奥にもお堂があるようです。

こうして見ると山頂はもうすぐのようです。

       

赤ちゃんを抱いた観音様でしょうか。天気が良ければ下界が美しいと思うのですが・・・

       

観音様の横の鐘楼、ここはお金を払うと鐘を撞くことができます。

       

階段を降りてくるとまたまたお地蔵さんの大群!?
ちょっと閉口してしまいます。

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