今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日と同じ「『戦前』という時代」と題した昭和60年の連載コラムの一節です。
「どんな席へ出ても自分がいちばん若かったのに、いつのまにかいちばん年上になってしまったという嘆きを嘆かないものはない。
私もそのころはどこへ行ってもいちばん若かった。たいていの試験に合格したのは才能のせいだと自分では思っていたが、実は若かったせいである。半年働いて半年遊べたのはようやく人材が払底しだしたからである。満州事変は半年で終ったので私は知らなかったが、世間はじりじり好景気に転じて失業者はなくなりつつあったのである。そんなことになぜ気がつかなかったかというと、その渦中にいると全体は見えないものなのである。俗に微視的と巨視的というが、微視的になってその時代の全体を見ないのが一般的なのである。ことに昭和九年は大凶作で東北では娘を売る農家が夥(おびただ)しかったという。凶作なら不況だと思いがちだが全体は好況に転じていたのである。
それを知らないのは個人だけではない。法人も知らない。昭和二年から十六年まで一流会社大卒の初任給は六十円である。昭和八年ごろの六十円は使いでがあっただろうが、十五年からは値打ちがさがって十六年には更にさがったのになお六十円である。給料があがらないのは会社が物価と月給をスライドさせたがらないせいであるが、スライドさせなくても何とかやっていけたせいもある。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)