市居嗣治の「今日のお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

自足の心 2005・02・28

2005-02-28 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、加島祥造著「タオ――老子」(筑摩書房)から。

 「第四十四章 もっとずっと大切なもの

 君はどっちが大切かね――
 地位や評判かね、
 それとも自分の身体かね?
 収入や財産を守るためには
 自分の身体をこわしてもかまわないかね?
 何を取るのが得で
 何を失うのが損か、本当に
 よく考えたことがあるかね?

 名声やお金にこだわりすぎたら
 もっとずっと大事なものを失う。
 物を無理して蓄めこんだりしたら、
 とても大きなものを亡くすんだよ。

 なにを失い、なにを亡くすかだって?
 静けさと平和さ。
 このふたつを得るには、
 いま自分の持つものに満足することさ。
 人になにかを求めないで、これで
 まあ充分だと思う人は
 ゆったり世の中を眺めて、
 自分の人生を
 長く保ってゆけるのさ。」

 原文は:
 「第四四章〔立戒〕名与身孰親。身与貨孰多。得与亡孰病。甚愛必大費。多蔵必厚亡。
  故知足不辱。知止不殆。可以長久。」
コメント

後生畏るべし 2005・02・27

2005-02-27 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、「論語」です。

 「子の曰わく、後生畏るべし。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆること無くんば、斯れ亦た畏るるに足らざるのみ。」

 作家の中野孝次さんの現代語訳はこうです。

 「あとから生まれ育ってくる者たちを畏れるがいい。自分たちより年下だからといって、若い世代が自分たちに劣っているなどとどうして言えよう。自分たちより勝れた者が出現する可能性はつねにある。だが、四十、五十になって、世にその人ありと名が聞こえてこないような者なら、それは畏るるに足らない。」


 中野さんはその著「中野孝次の論語」の中でこう書いておられます。

 「四十というのは人生の正午だ、とわたしはかねて思っている。すでに世の中に出て二十年、どの分野で働くにしろ、二十年一つのことに打込んでいればその分野での専門家である。またそうでなければならない。その段階までくれば、自分がこの世でどれだけのことをしてきたか、自分には何ができるか、それに対し世間の評価はどうか、ということがほぼわかってくる。
 それから定年まで、自分にどれだけのことができるか、自分はどういう地位についているかも、ほぼ見当がつく。すなわち前と後との両方を見渡すことのできる年齢が四十歳だ。今迄を午前とすれば、これからは午後の時になるという意味で正午である。」
コメント

2005・02・26

2005-02-26 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」の言葉は、スタンダール「恋愛論」(大岡昇平訳 新潮文庫)から。

 「私は自分の尊敬するものしかおそれない

 自分がおそれるのは愛する者、心から尊敬する者だけだそれ以外の人間の評価や判断なぞ、何を言われようと、なんら顧慮するに足りない。処世上の損得よりも、自分から見た自分の心のほうが大事だと言っているのです。
コメント

2005・02・25

2005-02-25 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、ヒルティ「幸福論」から。

 「苦しみは人間を強くするか、それとも打ち砕くかである。その人が自分のうちに持っている素質に応じて、どちらかになる。幸福なときには、苦しみにどれだけ耐えうるか、かいもく自信がない。苦しんで初めて自分を知るのである。」
コメント

疲れたら憩め 2005・02・24

2005-02-24 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、中野孝次著「人生の実りの言葉」(文春文庫)から印象に残った言葉を二つ。

 ひとつは、広津和郎「桃子への遺書」にあるという言葉です。

 「生まれた以上、生きるといふことは、生きる本人の問題であるさう思つて何にもめげずに生きて行くべきであると思ふ。」

 もうひとつは、尾崎一雄の小説「痩せた雄鶏」の中に出てくるという言葉です。  
 
 「疲れたら憩むがよい、彼らもまた、遠くはゆくまい。」

 この言葉について、作家の中野孝次さんはご自身の経験に照らして次のように書いておられます。

 「人生では少し遅れたってどうということはない。自分がハンディキャップを負って遅れたのなら、それを克服してから行けばいいのだ。ずっと先に行っているかに見えた彼らだって、そう遠くへ行っていたわけではなかった。むしろハンディを負った人間の方が、そのことでいろんな人生を体験し、順調組より成熟しているかもしれないではないか。」
コメント

独創 2005・02・23

2005-02-23 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、「エッケルマン『ゲェテとの対話(上)』(亀尾英四郎訳 岩波文庫)」から。

 「世の人はつねに独創(オリギナリテート)の話をするが、どういふ意味だろう生まれるとすぐ、世界は影響しはじめ、そして死ぬまでつヾく一体エネルギイと力と意志と以外に自分のものがあるか若し私が偉大な先駆者や同時代の人に負うた点を一々あげることができたら、残る所はきはめて僅かだらう。」

 1825年5月12日(木)、ゲーテがエッカーマンに語った「独創性」についての考え方だそうです。

 独創性に関連して、「お気に入り」をもうひとつ。

 「発明する方法は一つしかないそれは模倣することだ正しく考える方法は一つしかないそれは古くからの、試練を経た、何らかの思想を継承することだ。」(アラン「教育論」)
コメント

2005・02・22

2005-02-22 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、柴生田稔さんの歌集「入野」所収の短歌です。朝日新聞朝刊の「折々のうた」から書き留めました。

 「色ならば 寒色なりと 二十五年 つれそふ妻が われを言ひたり」

 三十年近く一緒に暮らしてきた伴侶から見た自分はどうなのか、「暖色」ならぬ「寒色」と喩えられる背景に夫婦の歴史があるのだろうなとか、あれこれ考えさせられるきっかけとなった歌でした。
コメント

静かな眼 平和な心 2005・02・21

2005-02-21 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、三好達治(1900-1964)の「冬の日 - 慶州仏国寺畔にて」と題する詩の一節です。

 ああ智慧は かかる静かな冬の日に
 それはふと思ひがけない時に来る
 人影の絶えた境に
 山林に
 たとへばかかる精舎の庭に
 前触れもなくそれが汝の前に来て
 かかる時 ささやく言葉に信をおけ
 「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあろう

    河盛好蔵編「三好達治詩集」(新潮文庫)所収

  
コメント

2005・02・20

2005-02-20 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、加島祥造著「老子と暮らす」(光文社)の中にある文章です。

 「あなたはいつか、社会という車を乗り捨てて、自分の足で歩きだす―――そのときのくるのをねらいつつ、生きてゆくのがオモシロイ。
  今の世の中は、世の中を離れて歩きだしたあなたを妨害しない。ときには助けてくれる。そういういい社会になっているのですから。」
コメント

セネカ 2005・02・19

2005-02-19 07:00:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は2000年前のローマに生きたセネカの言葉です。

 「いずれは去らねばならぬ所を、少しばかり早く去ったところで、それが何でしょう。配慮しなければならぬのは、長く生きることでなく、充実して生きることです。なぜといって、長生きは運命次第ですが、充実した生は自分の心掛け次第だからです。充実した人生は十分に長い。しかし、その充実は、心が良き資質を発達させ、支配力を自分の全体に十分に及ぼしたときにのみ得られるものです。
 怠惰に過しただけなら、八十年生きたところで何になりますか? そういう人は生きたのでなく、人生に滞在していたにすぎません。遅く死んだのでなく、長く死んでいたのです。」(セネカ「道徳についてのルキリウスへの手紙」 中野孝次訳)
コメント