今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、「『戦前』という時代」と題した昭和60年の連載コラムの一節です。
「国が公定価格をきめて配給制を敷くと商品は店頭から姿を消す。店はコネある人だけに売るようになる。それはヤミ値ではあるが公定の三割増し五割増しくらいでインフレではない。いま(昭和六十年)タキシーはほぼ二年ごとに値上げしている。あれは値上げであってヤミではない。私たちは昭和十六年になっても喫茶店でコーヒーをのんでいた。正しくはコーヒーに似たものではあったが、統制しないかぎり売り手は何とかして仕入れて売ろうとするものである。
私たちは戦後になって真のインフレを経験した。それでも第一次大戦後のドイツのインフレとくらべれば物の数ではない。レンテン・マルクという言葉が残っている。ドイツのインフレはビールを飲みほすうちにその値段があがったから、飲む前に払えといわれたほどのものだったが、わが国にはそんな例はなかった。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
「国が公定価格をきめて配給制を敷くと商品は店頭から姿を消す。店はコネある人だけに売るようになる。それはヤミ値ではあるが公定の三割増し五割増しくらいでインフレではない。いま(昭和六十年)タキシーはほぼ二年ごとに値上げしている。あれは値上げであってヤミではない。私たちは昭和十六年になっても喫茶店でコーヒーをのんでいた。正しくはコーヒーに似たものではあったが、統制しないかぎり売り手は何とかして仕入れて売ろうとするものである。
私たちは戦後になって真のインフレを経験した。それでも第一次大戦後のドイツのインフレとくらべれば物の数ではない。レンテン・マルクという言葉が残っている。ドイツのインフレはビールを飲みほすうちにその値段があがったから、飲む前に払えといわれたほどのものだったが、わが国にはそんな例はなかった。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)