国道122号沿いの音楽喫茶 『ドルフィン』

さぁ、音楽を聴け!
コーヒーは自分で沸かして用意して…
そんな仮想の音楽喫茶

さいたま新都心 ジャズと関係ない散歩 後編「大衆性と芸術性の間に」

2010年02月28日 | マスターの紀行文
さいたま新都心まで出たら、行っておきたい場所がある。
さいたまスーパーアリーナ内にある「ジョン・レノン・ミュージアム」だ。
今年になってライセンス満期ということで、その閉館が9月30日に決まった。
さいたま新都心ができた頃からの1つの目玉観光地だったわけだから
その終了というのは残念なことである。

僕は1度ミュージアムに足を運んだことがあったが、
フィルム上映中に職場から電話がかかってきてしまい、
その後雰囲気を壊されてしまったようで全く楽しむことができなかった。
そのため今回はじっくりと見学ができた。

ジョン・レノン像というのは、
「ラブ・アンド・ピース」の人というイメージが定着している。
クリスマスになれば彼の歌声が流れてくるし、
「イマジン」を静かに歌うビデオが流れれば誰彼かまわず「癒されるなぁ」と思うだろう。

僕は正直いうとジョン・レノン個人には大した興味を持ってはいない。
ビートルズの一員としてしか彼を見ることができないのだ。
まぁ、それがリアルタイムでビートルズを体験していないことに
あるのかどうだかは分からないが…

ということで展示の前半はよかった。
ただ後半になってくるとやっぱり違和感を感じてしまう。
特にオノ・ヨーコ氏とのつながりというのは奇妙なものを感じてしまう。
ジョン・レノン自身は非常につながりを大切にしていたことは分かるのだが、
ビートルズのいちリスナーとして見ていくと、「う~ん」とうならざるえない。
僕自身が前衛芸術を理解しようとしていないことも悪いのか、
どう対処していいのか悩んでしまう。

「ジョン・レノン・ミュージアム」なわけだから、
ジョン・レノンに視点が集まるのは当然なわけだが、
もう少しビートルズ関連のネタも見てみたいような気がした。
な~んてことを考えたわけだ。

さいたま新都心 ジャズと関係ない散歩 前編 「唐突にガンダムですが…」

2010年02月27日 | 喫茶店に置いてある本
毎日のようにジャズのアルバムを取り上げていると
「この人、ジャズばっかりの生活なの?」と思われているかもしれないが、
そう毎日濃厚なジャズ時間を送っているわけではない。

さいたま新都心にある「MOVIXさいたま」に行ってきた。
普段は近くにある映画館で事足りるのだが、
今回わざわざ遠方まで足を運んだのは、
『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』のプレミアレビューが
2週間限定で行われているからだ。

僕と『機動戦士ガンダム』との付き合いは長い。
物心ついたときに読んでいた本が、ファーストガンダムのムック本なのだ。
そのころは話の筋など当然ながら分かるわけもなく、
ましてなぜ僕がそんな本を持っていたのかも不明なのだが、
首のないガンダムが直立不動で上方にビームライフルを放っている絵は
未だに記憶の奥にこびり付いている。

ガンダムシリーズを通して見たのは就職浪人中の頃のことだから、
かれこれもう10年近く経つだろうか。
あれこれと話が枝葉のように分かれ、今風のアニメを全面に押し出したガンダムもあるが、
今回ひさびさに興味惹かれたのが『ガンダムUC』である。

本屋でガンダムらしからぬ文庫本を見つける。
タイトルが『ユニコーンの日』とあり、どこにもガンダムの字が強調されていない。
作者は福井晴敏である。
『敗戦のローレライ』は面白かったし、
現役作家がガンダムを書いているというのは引かれるものがあった。

僕の好きな『逆襲のシャア』から3年後という宇宙世紀もので、
なおかつオリジナルの話を引き継いだ物である。
読んでみると面白く、「ぜひ映像でも!」と思っていたが、
先行プレミアレビューがあることを知り、いてもたってもいられなくなってしまった。

さて、感想はというと……
まぁ、ちょっとガッカリな感じであった。
1話ということだから物語の導入であるため仕方のない部分もあるが、
「これから!」というところで終わってしまったのは残念である。
「次回予告でもあるかな?」と思っていたが、エンドロールが流れて終わってしまった…
原作がしっかりしている分、
1時間という時間で全てを分かりやすく描くのは難しいと思う。
原作とは違う箇所もあったが、物語のつなぎが少々雑だった。
説明が無いままぐっと進んでいってしまうため
話について行きづらい部分もある。(原作を読むことが必修だろう)
だが、文章からつかみづらかった部分は、映像で補足ができたし、
モビルスーツ戦はかなりクオリティーが高く、動きなど非常に細かく描かれていた。
これは映像でしか楽しむことができない。

「いまさらガンダム?」と思う人もいるだろうが、
読んでみるとこれでなかなか面白い。
改めてガンダムシリーズにはまってみる?

温故知新 故きを温ねて新しきを知る

2010年02月26日 | マスターの独り言(アルバムのこと)
つい2・3週間前頃だったと思う。
テレビ東京で『なんでも鑑定団』を見ていたら面白い物ができてきた。
「オーケストリオン」という自動演奏機である。
酒場の盛り上げ役として、バンドミュージシャンをお抱えする前に
設置されたロールを使って自動に演奏する機会である。
僕は河口湖にあるオルゴールの森で同じような自動演奏機を見たことがあるが、
昔にあのような巨大で、しかも自動に各楽器を動かす機械があったことに驚いてしまう。
レコードなど録音機の発達により廃れて行ってしまったようだが、
人の音楽に対する思いを感じずにはいられない。

さて、2009年の12月。
1人のギターリストが運営されていない教会に「オーケストリオン」を作り、
その機械と一緒に演奏した。
ギターリストはパット・メセニーで、
その作ったアルバムはそのまま『オーケストリオン』という。

「メセニーが何か新しいことを始めた」
ジャズの最新情報を熱心に集めているわけではない僕にも
メセニーの新しいプロジェクトについては耳に入ってきた。
ジャケットなどを見ると部屋の中にたくさんの楽器が並んでいる。
タイトルが『オーケストリオン』なので、
「ストリングス」のような演奏なのかと思っていたら、
メセニー1人でギターを弾きながら、
全ての楽器を操作するという何が何だかよく分からない話である。

徐々に全貌が明らかになり、ユーチューブにも演奏の様子が流され始めると
なるほど、中央にメセニーがいて、周りの楽器たちが自動で演奏しているのだ。
アルバムとして聴いてみれば、とても1人で演奏しているとは思えない。
使い古され、ほとんど骨董化した技術にメセニーのギターが生き生きとした音を与える。

そのメセニーが、「オーケストリオン」を持って来日するというから
これはぜひ生で観てみたい。

ジャズの巨人が2人、組んだのなら…

2010年02月25日 | マスターの独り言(アルバムのこと)
ロリンズといえば未だに存命で、ジャズ界の「最後の巨人」である。
ロリンズ節といえる特徴的なフレージングと音色の太さで聴く者を圧倒する。
また、そのアドリブはまさに「歌心」に溢れ、親しみやすいものだ。

そんなロリンズであるが、2回ほど雲隠れをしている。
1回目は唐突なことに「引退」と取られてしまったようだが、
イーストリバーにかかるウィリアムズバーグ橋の上で練習に励んでいたという。
まぁ、ロリンズほどの人であっても若い頃にはいろいろと音楽的苦労を重ねていたようだ。
今月のスイングジャーナルの表紙では、
モヒカン狩りのロリンズが、暴走族よろしく座り込んだ写真である。

そんなロリンズ、その1回目の失踪事件の前に
プレスティッジへセロニアス・モンクと吹き込みをしている。
モンクはピアニストとしても腕が立つが、
作曲家、コンポーザーとしても非常に有能な人だと思う。
モンクはピアノトリオの演奏よりも
管楽器を加えたもののほうが締まりのあるように聞こえてくるのは、
楽器の持つバランスをコントロールすることに長けているのではないか。
特にテナー奏者とは相性がいい。
ロリンズ、コルトレーン、ジョニー・グリフィン、チャーリー・ラウズと
そうそうたるメンバーがモンクと組んでいる。

ロリンズとは『ブリリアント・コーナーズ』が有名だが、
プレスティッジの
『セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ』も忘れちゃいけない。
「今宵の君は」と「幸せになりたい」の2曲ではワンホーンカルテットとして
ロリンズがブリブリに調子よく吹いている。
モンクのバッキングはしっかりとロリンズに合わせるように演奏されている。
モンクといえばあの独特の響きを想像しがちだが、
ここでのモンクは聴きやすい。
ジャズの巨人が2人、耳慣れするにはお得な1枚である。

そして伝説へ…

2010年02月24日 | マスターの独り言(ジャズ以外音楽)
街路樹には緑の葉が生い茂り、路上には幾台もの車が駐車している。
手前には横断歩道があり、そこを4人の男が歩いている。
先頭の男は、白いスーツに白い靴。ポケットに手を突っ込んで前のめりに歩いていく。
2番目の男は、黒いスーツに黒い靴。
行進のように腕を振っているが、リラックスした様子で歩いている。
3番目の男はグレーのスーツで、右手にタバコを持っている。
そしてなぜか不思議なことに裸足で歩いてる。
4番目の男はブルーのシャツにジーンズ姿だ。
顎までびっしりと生えた髭はいかめしいイメージを与えてくる。

あまりにも有名な横断歩道であり、あまりにも有名なジャケットである。
『アビー・ロード』
1969年に録音された事実上ビートルズ最後のアルバムである。
ここ数日EMIがこのアルバムの録音された
アビー・ロード・スタジオを売りに出したをいうことで紙上をにぎわせていた。
ビートルズの録音の9割がこのスタジオで録音されているということを始め、
たくさんの歴史と伝説を含んだ場所である。
多くの人が売却に反対し、
結局は白紙となり、変わりに「史跡」として残ることとなったようだ。

僕にしてみればお金があれば「ぜひ買いたい」と思うほどだ。
特に何かをしたいわけではない。何かができるわけではない。
でもやはりそういう歴史溢れる場所は残していくことは大切ではないだろうか。

まぁ、アビー・ロード・スタジオは買えないが、『アビー・ロード』は何度でも聴ける。
A面はジョンの思いのままに、B面はポールの思いのままに
ビートルズ最後のショーであり、
時代と共に駆け抜け、そして新たな旅立ちを向かえようとした1枚である。
B面のメドレーはありとあらゆる「ビートルズらしさ」がつまっている。
そして新しい挑戦が最後の瞬間まで行われていた記録でもあるのだ。