ジッタン・メモ

ジッタンは子供や孫からの呼び名。
雑読本の読後感、生活の雑感、昭和家庭史などを織り交ぜて、ぼちぼちと書いて見たい。

〔09 七五の読後〕 【水滸伝と日本人】高島 俊男 ちくま文庫

2009年04月13日 | 〔09 七五の読後〕
【水滸伝と日本人】高島 俊男 ちくま文庫

入社半年くらいの時期にある先輩から「介山の大菩薩峠と双璧のおもしろさ」として吉川幸次郎・清水茂による水滸伝全訳(岩波文庫)を薦められた。
講談語りの文体で読みやすく、面白かった。
作者の高島さんは、水滸伝を読みつつ作った語彙辞典はファイル数百冊に及ぶというのだからこれも驚く。
本で知りたかったのは江戸時代の人々がどう水滸伝に接してきたかという点だったが、それに十分答えてくれた好著だった。

● 天海が秘蔵していた水滸伝
太平洋戦争が始まった昭和16年の日光山輪王寺。
その法庫から埃を被って寝ていた一冊の本が発見された。
天海僧正が白文原著の水滸伝を愛読していたらしい。

● 唐人になって学べと徂徠言い
茅場町にあった荻生徂来の邸宅からは「チョシ シエンモ」(これは何ですか) などという唐音が聞こえたらしい。
この人は漢詩文は唐音(中国語音)で音読すべきと主張して唐話特別クラスを開講していたことをこの本で知った。
その上級テキストに使われたのが「水滸伝」。
ほかクラス教科書を編纂したのが岡島冠山とのこと。

●訓点つけ どうやら読めます水滸伝
中国から日本に入ってきた白話小説は 原書 → 和刻 → 翻訳 → 翻案のコースをたどるそうだ。
原書はこれ全文漢文で埋まっているから特権一部の人しか読めない。
和刻文というのは訓点(返り点、送り仮名)をつけて読ませるもので、先の岡島冠山がそれを行った。

● 水滸伝 渡来してから百年目
この訓点でつけた水滸伝を「忠義水滸伝」とした。
訓点をつけたところで、全頁まだ漢文で埋まっているわけだが、享保13年(1728) 初集 五冊が刊行された。
といっても、学術的性格が強く、長屋の八っさん、熊さん、私などが読めるようなものではない。

●通俗となって翻訳水滸伝
原書 → 和刻 → 翻訳まで来た。
水滸伝の和訳として『通俗忠義水滸伝』が登場したのが宝暦7(1757)年。
和刻本が出て29年あとのことになる。
20冊づつ4度に渡って刊行されたが、その翻訳ぶりは「簡略」「とばし」「ずぼら」であったとのこと。


●よみほんに変って稗史水滸伝
稗史となったわけだから、ようやく小説風に書いた歴史書となった。
山東京伝の弟、京山が「稗史水滸伝」として翻訳したのだが、書いた文がヘタクソで版元が愛想づかし、柳亭種彦があとを継いだ。
ところがこの種彦という御仁は、「源氏物語」を下敷きにして、偐紫田舎源氏を書いた人で、どちらかといえば色恋軟派調が得意の人。
だから、書いていてサッパリ面白くない。
そこで弟子の笠亭仙果という人に後の続きを押しつけた。
 こんな言葉を残しているので、引用する。

 「そもそも水滸は文章に奇絶をたくみ、又は文字のつかいざまに妙を極めし小説ながら、予が如き下手作者の是を国字(カンナ)に直すときは、酒を喫(ノン)では喧嘩をはじめ盗人になる事ばかりで、面白みは更になし。
 されども作者の作の字をついだが因果で六十葉さきに訳文(ヤクモン)したりしが、高評もたまわねば門人仙果にゆづりたり」

酒の味、下戸味知らず。
英雄豪傑たちの出会いにたしかに酒汲み交わす場がある。
読んでいて、ここも面白いところだが、「酒飲み、喧嘩、盗人」などと料簡の違う人は、ここをわかってくれない。

●読本の形で馬琴が全訳を
馬琴が読本の形で、水滸伝の全訳に着手した。
「新編水滸伝」がそれで文化2年(1805)発刊。
挿絵は葛飾北斎が担当。
二人のコンビで仕上げたのだから、さぞ面白かったろう。
馬琴は岡島冠山の訓点本を完全に和文調にしたという。
原文はそのままにして、日本人の耳にわかりやすい振りかなをつけたとろころに馬琴の真骨頂があるというのは作者の高島さんの指摘。
ただ馬琴は「小説は勧善懲悪の工具也」との信条があるから、無頼漢の集まる水滸伝を日本の舞台に取り入れて「椿説弓張月」や「南総里見八犬伝」を生んだ。

★留守番へ飯のありかと水滸伝
江戸川柳にあるそうだ。
今の時代なら任天堂DSゲーム時間をたっぷりと子どもに許し、「ラーメンはここ」などということに似ている。
退屈しない留守番用小説として水滸伝があったようだが、これはやはり馬琴の新編水滸伝あたりだったのだろう。

★水滸伝 凧屋四五将名を覚え
凧屋が水滸伝で大活躍をする無頼漢たちの面々をおぼえたというのは商売柄か。
倶利迦羅紋紋の九紋龍の史進、虎退治の行者武松、豹子頭の林冲、大力無双の破戒僧魯智深や二丁マサカリの使い手李逵などが好んで凧絵に描かれた筈だ。

●換骨奪胎 いよいよ天保水滸伝
原書 → 和刻 → 翻訳→翻案となった。
もはや舞台は中国ではない。
梁山泊に集う英雄好漢たちが悪徳官吏をやっつける話はもうどうでもいい。
換骨奪胎して日本の博徒・侠客の歴史などに色を染める。
かくて笹川繁蔵と飯岡助五郎登場の「天保水滸伝」などが生まれてくる。



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