ジッタン・メモ

ジッタンは子供や孫からの呼び名。
雑読本の読後感、生活の雑感、昭和家庭史などを織り交ぜて、ぼちぼちと書いて見たい。

〔07 読後の独語〕【先を読む頭脳 羽生善治】伊藤毅志 松原仁

2007年06月21日 | 2007 読後の独語
 【先を読む頭脳 羽生善治】伊藤毅志 松原仁 新潮社  

 勝負師・升田幸三は昭和32年、将棋史上初の三冠(名人・王将・九段)を成し遂げた時「たどり来て、未だ山麓」と実に、かっこいいことばを残した。
 この言葉、将棋世界の奥行きと高さを表現したものと思う。
 平成8年、この山麓から羽生善治は前代未聞の七冠を制覇した。
 この偉業は大きな話題となり、いったいぜんたい、羽生の頭の中はどうなっているんだと大きな関心を呼んでテレビが追いかけ「羽生の頭脳」などと呼ばれる本が相次いで出版された。
人工知能と認知科学分野の専門家がその羽生とインタビューをして文章化し、彼の思考方法を分析したのがこの本だ。
 プロとは「難解な場面で何時間も考え続けたることができる力、そしてその努力を何年もの間、続けていける力」
と羽生は考える。
 よく言われる「継続は力」なのだが、一般のことわざレベルよりはるかに高い異次元の世界の話にも感じられる。  
羽生はこんなことも言う。
 「将棋は必ずしも収束に向かって進んで行くとは限らない。オセロと碁とは違う」
 「将棋にはマイナスな手が多い」
 なにか禅問答めいてくるが、将棋は持ち駒が使えるという点でチェスを含む東西の盤上ゲームとは決定的に違うということからこうした「フム?」というような結論になるらしい。
 オセロなどの場合のコンピュータソフトは、既に人間に勝っている。 ゲーム開始後、残り24手になると強いソフトはすべての手を読みきって勝ちになるとのことが、この本で紹介されていた。

  プロ棋士になると将棋の局面を見て3秒ほどで、その盤面を並べられる。
 但し、将棋の習いたての人が勝手に作った局場面の再現力は羽生でも我々でも同レベルだそうだ。
 つまり、手の善し悪しについての読み方、直感の働き、盤上のプロセスを瞬時に読み取れるから3秒となるが、まったく棋理に背いた、でたらめな駒組みは再現できにくいということらしい。
 ではコンピュータ将棋ソフトはどうなのか。
 ソフトは数十秒間で数百万から1000万ほどの局面を読み、駒の損得、効率、王の危険度などを点数化し、局面の善し悪しを計算し関数化とすると言われている。
 IBMのコンピュータがチェスで王者カスバロフに勝ったときのこれらの速度は1秒間に2億手の速度だというから、驚きだ。
これでは目をまわす暇もない。
 いかにして、広く漏れなく読むかがソフトの優劣の決め手となりそうだだが、羽生の場合は逆に「読まない能力を磨く」「相手に手を渡して間合いをつめる」のが大事なことと言っており、この辺り人間対マシンの違いが浮き出て面白い。
コンピュータは「次の一手」問題の生成はできずに合法手だけを探索する。
 手の意味を考えることはできないから、棋士の指す一手ごとにリセットして考える。
 いや、一見考えているように見えて実は考えてはいない。
コンピュータは膨大なデータ探索とそこからの合法手を選ぶことの単純作業を常に反復しているわけだ。
プロ棋士のより優れた直感から生まれる「盤上この一手」から読み解く力はない。
 現在の将棋ソフトについて、羽生はこの本ではアマ四、五段程度と評価していた。
 しかしソフトは日進月歩だ。
昨年登場したボナンザというソフトは渡辺竜王との対戦で実力を現した。
 この勝負はやはり人間「竜王」が勝ったが、途中あわやというシーンがあったことは確かだし、既に2005年9月に将棋連盟は公の席での将棋ソフトとの対戦を禁止したのも、そのあたりの力を認めているからだろう。  
このボナンザを作成した保木さんは東北大の理論物理化学の研究者でカナダに在住しているそうだ。
 チェスの英語論文を読んで本人の趣味としてソフトを開発したという。
 保木さんの将棋棋力は初心者レベルという点が、いままでのソフト作成者とは違っている。
 英語で駒の動きが説明されているのもユニークだ。
 私の棋友のN君などは毎日ボナンザと対戦しているが100戦100敗しても楽しいと被虐快感を味わっている。
 いまや現況の最強将棋ソフトは1525手という長手順詰将棋をノートパソコンで60分程度で解くという。
終盤だけに限定すれば、もはや最強将棋ソフトはプロトップレベルの力を持ちはじめているようだ。
 羽生は東と西から棋士とコンピュータが地下トンネルを互いに掘っていった場合、それがどう交わるのか、交わらないで互いに突き進むのかということに興味を示し「コンピュータとどのような関わりあいをもっていくかが、今後の人類の大きなテーマ」と結んだ。

羽生が、最も指したかった棋士の一人に冒頭の升田がいる。
 この升田先生、勝負師だから囲碁もよくこなし、アマ大会団体戦の時には自ら大将(主将)を名乗り出て勝負にでかけたとのこと。
 そのため日本棋院よりアマ八段が贈られている。
 一方の羽生のオフは水泳やチェスなどですごす。
囲碁は初段程度とのこと。
 勝負師といってもそれぞれの世代、年代の違う棋士の日常を垣間見た感じだ。
 羽生であれば、その勝負勘や大局観だけで、囲碁でもアマ三、四段とは楽々と思っていた。
 羽生のチェスは、日本でトップクラスの腕前と定評があるなかで「囲碁初段」になんとなく安心。
この点、今後の私の励みになるような気がして読後に久々やる気が生まれた。
                                                       (2007年6月14日 読了)


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