ジッタン・メモ

ジッタンは子供や孫からの呼び名。
雑読本の読後感、生活の雑感、昭和家庭史などを織り交ぜて、ぼちぼちと書いて見たい。

〔07 読後の独語〕 【写楽を追え】内田 千鶴子 イースト・プレス

2007年04月19日 | 2007 読後の独語
 【写楽を追え】内田 千鶴子 イースト・プレス

 夫が開けた茶箱の中に一通の封書があった。
亡くなった義父が脚本家・水木洋子宛に書いた書簡だった。
そこには芝居小屋の平土間に陣取って「役者の鼻っ先に画帖をつきだす」男が、大首絵を描く映像イメージが伝えられていた。
写楽を主題にしたあらすじが書かれたこの書簡は結局出されず仕舞いに終わり映画も未作に終わった。 だが、残されたこの書簡が嫁の千鶴子の好奇心をかきたて、以後四半世紀に渡っての写楽と浮世絵の研究となった。
この義父とは映画監督の内田吐夢。
名作「飢餓海峡」「宮本武蔵」などのメガホンをとった巨匠だ。
吐夢は敗戦直後の満州で限定500部しかない「東洲斎写楽」(吉田 暎二)をむさぼり読んだという。
変転、混乱、死生をさまようような戦後の満州生活で時に写楽に叱咤され笑われているような気配を感じたのが義父の「写楽」映像化のきっかけでもあったようだ。

東洲斎写楽という男はなぜ突如現れ、半年の間に140数点の絵を残し、なぜ忽然として消えたのか。
謎解きのテーマとしてこれだけ格好な人はあるまい。
 多くの作家や知識人がそれぞれの根拠を示してその謎に挑んだ。
 別人説の候補として、浮世絵師の葛飾北斎、喜多川歌麿、十返舎一九、写楽の版元である蔦谷重三郎はじめ多数上がった。
文中からその一例を紹介すれば
  漫画家・横山隆一は蔦谷、北斎説(昭和31年) 
 松本清張は能役者・斉藤十郎兵衛説(昭和32年)
 池田溝寿夫は役者・中村此蔵(昭和59年)
  梅原猛は浮世絵師・歌川豊国(昭和60年)
となり多士済々にわたって写楽探しがあった。
  内田千鶴子は写楽を追って、英国ケンブリッジ大学図書館を訪れ、斉藤月岑の直筆本と対面している。
「江戸名所図会」でも有名な月岑は江戸の町名主でもあった。
天保15年(1844)に著した「増補浮世絵類考」の直筆本は渡洋して日本にはなかったわけだ。
月岑は10年をかけ「増補 浮世絵類考」を著し、写楽とは「天明寛政年中に活躍し、俗称が斉藤十郎兵衛、住居は江戸八丁堀、阿波藩お抱えの能役者」と記した。
ここから内田の写楽研究はスタートし20年以上が経過している。 「1993年~2006年まで新たな写楽別人説を主張する人は極端に少ない」
と内田は指摘しており、事実、ネット事典のフリー百科事典「ウィキペディア」の写楽紹介の結びには
「しかし近年の研究によって、斎藤十郎兵衛の実在が確認され、別人説は弱まっている。」
とあった。
 斉藤十郎兵衛を追ってその実在を証明し巷間に広げたのはまさに著者の努力であり成果だ。
 蜂須賀藩(阿波藩)お抱えの江戸住みの能役者がいっとき覆面絵師となって八丁堀地蔵橋近くに住んだ。
1761年生まれの喜多流地謡方の能役者こと斉藤十郎兵衛だ。
能も芝居も元は一つ、能面と生面との重なりあった調和を線描にする技量が十郎兵衛にはあった。
藩のお抱え役者故、実名は出せず、1年非番という作画事情というのも姿を消した伏線になったのでは、と内田は推測している。

 写楽を国際レベルの絵師として紹介したのはドイツ人クルトだった。 明治43年、クルトは「SHARAKU」を著し、写楽をレンブラント、ベラスケスと並ぶ三大肖像画家と激賞した。
クルトも写楽の存在を月岑説を前提として置いたが、このあたりから日本での写楽探しの大騒ぎがはじまったらしい。
同じようなことを思い出した。
 昭和25年に公開された黒沢明の映画「羅生門」だ。
大映の永田社長は「この映画はわけがわからん」と批判、国内でも「難渋すぎる」などの批判が多かったそうだが、翌年ヴェネチア国際映画祭グランプリを受賞すると一転、話が違ってきた。
世界のクロサワとなり人気が出た。
 日本人のこうした事大主義は今も昔もの感じがする。 写楽絵評価にもそんな一面があったようだ。

 映画といえば、写楽のメガホンを撮りたかったのは義父の内田吐夢だけではなく川島雄三もその一人だったと聞く。
川島は傑作「幕末太陽傳」の完成後に主演のフランキー堺に「次回作は写楽です」と言って亡くなり、フランキーは平平成7年(1995年)に自ら企画・製作に参加して「写楽」(篠田正浩監督)を撮った。
 内田吐夢、川島雄三であれば、どんな写楽を描いたか。

 ともあれ、内田千鶴子はその半生を賭け写楽の素性を明らかにした。
 謎解きであれば面白、おかしくが先ず人気を呼ぶが、著者は半生をかけ真摯に写楽研究の主道を作り上げたわけで立派な業績と思う。                         (2007年4月15日 読了)


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