特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
ネタバレを含んでいますので、ご注意ください。

第429話 OL暴行・3分間のミステリー!

2008年08月08日 19時00分13秒 | Weblog
脚本 宮下隼一、監督 北本弘
1985年8月21日放送

【あらすじ】
ある日、車道を渡ろうとして立ち往生していた老人を助けた紅林は、間近にいながら助けようとしなかった若い警官を「君はそれでも警察官か!」と叱責する。警官が不服そうな態度で見せたのは、難関とされる巡査部長昇進二次試験の合格通知書だった。だが、紅林は「それで君の警官としての資質が認められたつもりかもしれんが、そんな考え方では、面接もある三次試験には通用しない」と批判する。
その夜、女性を襲った強盗を捕えた若者が、パトロール中のため無人だった交番で強盗の反撃にあい、重傷を負った。駆けつけた紅林が見たものは、昼間の若い警官が呆然と立ち尽くす姿だった。
捜査を担当する特命課に、その警官が「捜査に加わりたい」と志願してくる。その申し出を認めた神代に、紅林は「彼は捜査を昇進試験に利用しようとしている」と抗議。だが、神代は「捜査には現場に詳しい者の協力が必要だ」と退け、紅林に警官と組むよう命じる。
強盗の被害者に名乗り出るようマスコミを通じて呼びかける一方、目撃者を探す特命課。事件当夜に若者が強盗を追跡する姿を目撃していた娘やサラリーマンは、「110番お願いします!」という若者の声を無視していたが、その理由を問われると「何か悪いことしました?」「そんなの警察の仕事でしょう」など非協力的な態度を隠さない。紅林も不快感を禁じえなかったが、警官の怒りはそれ以上で、目撃者に猛然と食ってかかるほどだった。
交番でコンビを組むベテラン巡査によれば、警官のそんな態度の理由は3年前の事件にあった。喧嘩の仲裁のため留守にしていた交番がシャブ中患者に襲われたことから、ベテラン巡査は厳しく叱責された。罵られるままの巡査の姿に、警官は「自分は使い捨ての駒にはならない。それを動かす側に這い上がって見せる」と誓い、以来、交番勤務よりも昇進試験に力を入れるようになったという。だが、警官の妹によれば、そもそも警官を志した理由は、詐欺に遭って家財を失った両親を見て、「世の中から犯罪を無くしたい。犯罪で苦しむ自分たちのような人間を一人でも助けたい」と決意したからだった。
やがて、重体だった若者が息を引き取る。「薄情な人間と言われてもいい。生きていて欲しかった」と号泣する母親の姿に、慟哭する警官。捜査が難航するなか、紅林は警官が単身で頬に傷のある男を探していることを知る。そんななか、強盗の被害者である女性が特命課に名乗り出る。女性は頬に傷のある男に暴行され、結婚を控えていたため名乗り出るのを躊躇していたが、若者の死を知って勇気を振り絞ったのだ。「なぜ、頬に傷のある男が犯人だと知っていたのか?」と、警官を事情聴取する紅林だが、警官は黙秘を貫く。
その後、頬に傷のある男が別件で逮捕されるが、女性の証言も決め手にはならず、若者殺しの証拠はない。警官の証言を得るため、紅林は警官の前で事件当夜の様子を再現する。「考えられることはただ一つ。君は、交番の2階の窓から犯人を見ていた。だが、なぜだ?君はパトロールにも出ずに何をしていた?なぜ、若者の声に気づかなかった?」なおも沈黙を守る警官を、若者の通夜に連れて行く紅林。若者の遺影を前に、良心の呵責に耐えられなくなった警官は、真相を語る。「あの夜、自分は交番の2階で寝ていたんです!」試験に合格した気の緩みからうたた寝をしてしまい、叫び声に目を覚ましたときには、若者は刺された後で、犯人の顔しか見ることができなかったのだ。
こうして事件は解決し、警官は自ら辞表を出した。紅林の尽力もあって、若者の母親は警官を許し、再就職先を紹介する。額に汗して働く元警官の目に、警官を志した当初の真摯な光が戻っていることを確かめつつ、紅林は「私も刑事である前に、一人の人間でありたい」と自らに厳しく課すのだった。

【感想など】
警察組織内での地位を追う余りに、いつしか警官をめざした当初の想いを忘れてしまった若い警官の悲劇を描いた一本。前回と同様「本筋と関わりの薄い要素をサブタイトルに据えるのは何とかならないものか」との思いはあるものの、なかなか見応えがありました。

当初は「犯罪に苦しむ人を救いたい」という崇高な想いから警官を志した警官が、警察組織内にはびこる「上下関係の壁」に触れたことから「自分の理想を実現するためには組織内での権力が必要」という勘違い(一概にそうとも言い切れませんが)を生み、いつしか「昇進試験に受かることがすべて」となってしまう。組織の構成員一人ひとりが、組織全体で達成すべき目的を見失い、組織内での権力を獲得・維持することのみを目的としてしまうことは、現実にも良く見られることです。その理由の一端は、警察がそうであるように、競合する組織がなく、組織として切磋琢磨する必要がないことでしょう。組織間の競争がないため、構成員は組織内での競争のみに汲々としてしまい、結果として、その組織は腐敗する。そんな例は警察に限らず、枚挙に暇がありません。
そんな組織を救うには、「組織の目的を忘れさせない風土」が不可欠ですが、残念ながら、警察組織の風土はそうではありません。本来、警察組織における上下関係の厳しさは、命令系統の機動性を高めるためのものであり、決して上下間の能力の隔たりを意味するものではないはず。しかし、人の上に立つ地域や権力を獲得したものの意識や姿勢によって、「上に立たねば何もできない」という風土が生まれてしまうと、「(たとえば交番勤務の警官など)下に位置するものの仕事はくだらないこと=無能なものがやること」という認識が浸透してしまうのも無理からぬこと。市民に慕われたベテラン巡査(演じるはスナック「ゴン」」のマスター兼イーグルの総司令である高原駿雄氏)が、組織内では全く評価されず、若い警官からは「ああはなるものか」とすら思われてしまうように、下積み仕事を軽視するかのような警察組織の風土は、警官一人ひとりに「人々の暮らす社会の治安を守る」という本来の目的を見失わせるばかりか、その人間性すら損なわせてしまいかねません。
つまるところ、やや強引に言えば、勇気ある若者は警察機構という組織に殺されたとも言えるわけで、憎むべきは歪んだ組織風土を作り出し、その頂点にふんぞり返っている連中です。しかし、「国民年金保険」なる「官僚が国民の大切な財産を自由に使うための奇怪な集金システム」を生み出した奴らが、その責任を問われることがないように、連中に正義の鉄槌がくだることなど、フィクションの世界にしかないのです。

今回の脚本は、そうした警察組織の歪みを鋭く指摘しつつ、その歪みに翻弄され「善意」と「悪意」の狭間で揺れる若い警官の姿を巧みに描いています。ただ、少し気になったのは、警官が若者の母親に土下座して詫びた言葉です。彼は「自分が寝ていたばっかりに、申し訳ありませんでした!」と謝りましたが、本当に反省し、詫びることは、勤務中に寝ていたという「勤務評価上のマイナス行為」ではなく、刺された若者を放置して(半ば言い訳的な行為として)もはや追いつくはずのない犯人を追ったことや、責任追及を(そして昇進試験への影響を)恐れる余りに嘘をついたという「人としてのマイナス行為」ではないでしょうか?ただし、これは脚本上の手抜かりというよりは、この期に及んでも自分の行為を直視できない若い警官の人間性を描く底意地の悪さかも知れません。彼が本当に人間性を回復するのはこれからであり、そのためには紅林や若者の母親のような、周囲の許し、そして優しさが必要だということでしょう。

長くなって恐縮ですが、もう一点気になったのは、「勇気ある大学生の正義感が無駄に!」といった(それこそ「無駄」にセンセーショナルな)新聞報道や、事件解決後に紅林が語った「青年の尊い勇気はようやく報われた」という台詞など、若者の行為が「犯人逮捕」という結果があって初めて報われるかのような表現です。
自身の安全を省みず、自らの正義感に従って(そんな自覚すらない無意識の行動だったでしょうが)犯罪者を捕らえようとした若者の行動は、それだけで美しく、崇高なものであり、仮に犯人逮捕につながらなかったとしても、決して「無駄」ではない。その行為が生み出した「結果」にではなく、その行為を促した「気持ち」にこそ、価値があるのではないかと思うのです。
「薄情な人間と言われてもいい。生きていて欲しかった」という母親の言葉、「仕返しとかされたら怖いし・・・」「(通報しないのが)当たり前でしょう」という目撃者たちの言葉は、至極まっとうなものであり、決して批判されるものではないと思います。まずは自身の安全を守るのが、市民としての当然の判断であり、だからこそ、「社会正義」を優先した青年の勇気の尊さが、ひときわ価値あるものとして、私たちの胸に残るのです。彼の行為が本当に無駄になるのは、その行為に誰も価値を認めなかったときであり、「犯人逮捕につながらなかった」→「無駄な行為だった」→「価値がなかった」という認識を生み出しかねない報道は、厳に慎んでもらいたいものだと思います。

しつこくなって恐縮ですが、最後にもう一点だけ、一際印象に残ったのが、ラストシーンでのおやっさんの台詞でした。「彼は、警官の仕事が好きだったんです。純粋に犯罪に立ち向かうという最初の気持ちに戻ることができたからこそ、警官を辞めた。私はそう思います」と語る紅林に、「自分の気持ちを誤魔かしながら警官であり続けるより、一人の人間として生きたい。そう思ったんだね」と応える課長。その会話を受けて、おやっさんが語ります。「自分の中の人間らしさをすり減らしながら生きている。そうしなければ生きられないのが、今の世の中だ。人間らしさを取り戻すために仕事を辞める。これはなかなか勇気のいることだ。私も、できりゃあそうしたいんだけどね」この台詞を聞いた課長の気がかりそうな表情は、おそらく、次回への伏線なのでしょう。

2 コメント

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おひさしぶりです (津軽ジロウ)
2008-08-11 00:02:23
暑中お見舞い申し上げます。
ジロウです。
管理人さんも関西ご出身だったとは。
私は大阪出身です。
さて、この作品は、記憶のかなただったですが、本ページを読み進むうち、「自分は交番の2階で寝ていたんです」で、はっきりと思い出しました。
この放映と関係さるかどうかはわかりませんが、実際に無人交番でこういう事件があって、社会問題になったのです。
特捜の第一回は神代の上司の不正、最終和も組織ぐるみの警察の不正、と「警察の不正・ミス」は、一つのテーマですね。
良い夏休みをお過ごしください。
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こちらこそ (袋小路)
2008-08-22 04:06:38
ジロウさん、残暑お見舞い申し上げます。
帰省から戻って早々、仕事に追われており、お返事が遅くなって恐縮です。同じ関西の出身とのこと、嬉しく思います。
「警察の不正」は特捜に限らず、刑事ドラマではよく描かれるテーマですが、それが庶民のガス抜きとしてしか機能せず、実際の改革には全くつながらないのが残念でなりません。そんなドラマが絵空事になる日画来ることを願ってやみません。

まだまだ暑い日が続きますが、ジロウさんも体調にはお気をつけください。
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