今日無事母の四十九日法要が終わりました。
本来なら2日で母が大腸がんだと解って4年になっていました。
楽しいGWがお通夜みたいになりました。連休明けに大学病院に紹介状を書いて貰って行ったらその場で入院になり、遅番勤務から帰宅したら家が真っ暗になったのはショックでした。
今思うと延命治療しても無理だったのかもしれない。
今朝は早起きしてお供えのお膳の料理を作りました。
昨日の夜勤明けにお膳の料理の買い出しをするために1年3ヶ月ぶりに岐阜のメガドンキで買い物したらBBQの肉とお寿司が山積み…。
父とふたりで朝食を食べてからは掃除や洗濯でバタバタしていました。
法要1時間前に弟一家が来て案の定姪が大暴れした挙げ句におでこに傷を作ってしまいました。
11時から法要は始まりましたが、お腹がすいて早くお昼御飯が食べたかったです。
法要が終わってからお昼になりましたが、量がヘビー過ぎて半分くらい残しました。
お刺身食べれなかったです…。
今日はゴミの日(私の住む地域は火金が収集日)で14時まで持って行けば大丈夫だろうと思って行ったら終わっていた…。
15時近くにお開きになって後はゴロゴロの予定が姪が再度大暴れ。
炊飯器までいじっていたのでこれはまずいと思って自分の部屋に持ってきました。
夕食はお昼の残りと中華料理のオードブルでした。
祭壇も片付けて、遺影も鴨居に掛ける準備をするだけです。
モンベルの服は買い取り業者に宅急便で送るだけです。
遺骨は来年納骨です。
本当は有給で3連休にしたかったけど、職場も大変なので連休にしました。
悲しむ間もなくお盆になります。
母が亡くなってから母の実家のある新潟に行こうと考えているけど、コロナウイルスが収束しない限り無理なのも事実。いつもは東京のいとこに会いに行っていましたが、私が新潟に行くのを母が嫌がっていたので今がしかチャンスがないんです。いとこの母でもあるおばの面会にも行きたいし。弟は仕事なので行けるけど。
最後に何回も大江千里さんの言葉を借りますが、自分がどう生きるかは自分で決めるというのはこのことなんだなあと母の死をきっかけに思うようになりました。