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県内35の芭蕉句碑と、奈良を詠んだベスト10句/奈良新聞「明風清音」第116回

2025年04月02日 | 明風清音(奈良新聞)
先月(2025.3.29)の『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』(テレビ朝日系 午後6時30分~10時)では、「教科書が変わる !? 戦国時代ヤバい新説スペシャル」を放送していた。「TVでた蔵」には、
※トップ写真は、磯村洋一さん。「私の推し」のプレゼン大会(2025.2.24付)で

歴史好き博士が選ぶ戦国時代の新説ベスト10を発表。2位は「俳句はカモフラージュ 松尾芭蕉は忍者だった!?」。周真くんが松尾芭蕉忍者説について解説した。

根拠1つ目は「足腰強すぎ!!歩行距離1日50km!」。おくのほそ道の総移動距離2400キロを5か月で踏破した。厳重な関所も難なく通過しているため幕府から通行手形をもらっていた可能性があると指摘した。

根拠2つ目は「敵地仙台で句会を開かずコソコソ」。地方の俳人と句会を開いていた芭蕉は仙台では開かなかった。松島を詠んだ句は弟子が作ったものと言われている。幕府は仙台藩に日光東照宮修繕のため莫大な費用を負担させ、仙台藩は不満が募っていた。仙台藩で忍者とバレるのを恐れた芭蕉がコソコソしていたのではと指摘した。


芭蕉が忍者だったとは、大胆な仮説であるが、ものすごい距離を移動していたことは、よく知られている。伊賀上野(三重県伊賀市上野赤坂町)出身の芭蕉は、約6回、奈良県に足を運び、たくさんの俳句を詠み、句碑も県内に35基が立つ。そのことを私は、磯村洋一さんの発表で知った。ぜひ、皆さんにも紹介したいと思い、奈良新聞「明風清音」(3/20付)に寄稿した。以下、全文を紹介する。

奈良県内の芭蕉句碑
興味深い話を聞いた。2月24日、奈良まほろばソムリエの会が会員向けに毎年実施している「私の推し」のプレゼン大会(研究発表会)で、「大和路の芭蕉句碑を巡る」という発表があった。発表者は同会会員の磯村洋一さん(大和高田市在住)。磯村さんは会社に勤務されながら、観光ボランティアガイドとして、また講演会の講師として活躍されている。

会の案内状には〈松尾芭蕉は生涯の後半の10年は江戸を離れ旅に出て、6回ほど「大和行脚」を行いました。『野ざらし紀行』や 『笈(おい)の小文』の紀行文の中で大和を詠んだ句碑を紹介しながら、句に込められた芭蕉の思いに触れていきます〉。奈良県内には芭蕉の句碑が35もあり、それを建碑順に紹介された。以下、当日の資料から引用する。

(1)春の夜やこもり人床し堂の隅(長谷寺参道・崇蓮寺境内)
(2) 菊の香や奈良にはふるき佛達(奈良市東木辻町・称念寺)
(3) さくらがりきとくや日々に五里六里(五條市・桜井寺)
(4) 綿弓や琵琶に慰む竹の奥(葛城市竹内・綿弓塚)
(5) けふばかり人も年よれ初時雨(大和郡山市・良玄禅寺)

(6) くたびれて宿かる比(ころ)や藤の花(天理市三昧田町)
(7) 花ざかり山は日比(ひごろ)の朝ぼらけ(吉野山・下千本)
(8) 梅が香にのつと日の出る山路かな(宇陀市榛原・宗祐寺)
(9) 若葉して御目の雫(しずく)拭はばや(奈良市・唐招提寺)
(10) 奈良七重七堂伽藍(がらん)八重ざくら(奈良市・若草山麓)

(11) 露とくとく試に浮世すすがばや(吉野山・苔清水)
(12) 芳野にてさくら見せうぞ檜木(ひのき)笠(吉野山・下千本)
(13) 世にさかる花にも念仏まうしけり(大淀町・世尊寺)
(14) 春もややけしきととのふ月と梅(奈良市月ヶ瀬梅林)
(15) 春の夜はさくらに明てし舞けり(桜井市・来迎寺)

(16) 猶見たし花に明行(あけゆく)神の顔(御所市・一言主神社)
(17) 水取や籠りの僧の沓(くつ)の音(奈良市・東大寺二月堂下)
(18) 僧朝顔幾死(いくし)にかへる法(のり)の松(葛城市・當麻寺中之坊)
(19)うぐいすを魂(たま)に眠るか嬌柳(たおやなぎ)(天理市・在原神社)
(20)飯貝や雨に泊りて田螺(たにし)きく(吉野町・本善寺)

(21)雲雀(ひばり)より空にやすらふ峠かな(吉野町・細峠)
(22)龍門の花や上戸(じょうご)の土産(つと)にせん(吉野町・竜門滝前)
(22)酒のみに語らんかかる瀧の花(同右。1つの碑に2句)
(23)ほろほろと山吹ちるかたきの音(川上村・大滝茶屋前)
(24)碪(きぬた)打ちて我にきかせよや坊が妻(吉野山・東南院)
(25)御廟(ごびょう)年経て忍は何をしのぶ草(同・如意輪寺)

(26)木の葉散(ちる)桜は軽し檜木笠(同・金峯神社)
(27)春雨のこした(木下)につたふ清水哉(同・苔清水)
(28)はなのかげうたひ(謡)に似たるたび寝哉(吉野町平尾)
(29)(6)と同句(橿原市北八木町)
(30)うち山やとさま(外様)しらずの花ざかり(天理市・内山永久寺跡)

(31)ぴいと啼(な)く尻声悲し夜の鹿(奈良市・春日大社)
(32)蛤のふたみに別行(わかれゆく)秋ぞ(下市町・中央公園)
(32)みのむしのねを聞にこよ草の庵(いお)(同右。1つの碑に2句)
(33)夏草や兵共(つわものども)が夢の跡(下市町・中央公園)
(34)馬ぼくぼく我を絵に見る夏野かな(同右)
(35)(10)と同句(奈良市・なら100年会館)

句碑は以上であるが、磯村さんはご自身の「推しの10句」も紹介された。うち9句は句碑にある(2)、(3)、(4)、(6)=(29)、(9)、(10)=(35)、(11)、(17)、(25)で、もう1句は「初雪やいつ大仏の柱立て」(大仏さまに降りかかる初雪を見て「いつ大仏殿が完成するのだろうか」と悲しんだ句)だそうだ。

磯村さんは「このリストにない県内の芭蕉句碑をご存じの方は、ぜひご教示ください」と呼びかけている。ご存じの方は、奈良まほろばソムリエの会(info@stomo.jp)まで、ご連絡をお願いいたします。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事、きき酒師)


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