4/14(木)、大和郡山市(奈良県)の郡山城跡に、花見に行った。桜はすでに「散り始め」で、時おり吹く突風に花びらが舞い上がっては落ち、石畳や石垣に散り敷いていて、これも風情のある眺めだった。地方選の関係か、花の盛りを待たずに「お城まつり」(3/25~4/3)が終わっていたので、訪れる人は少なく、のんびりと桜を堪能できた。
※大和郡山市民・おぜんさんのブログ「昨日の郡山城 桜」にも写真が出ている
なお郡山城は、Wikipedia「郡山城(大和国)」によると《豊臣政権では秀吉の弟秀長の居城となり、江戸時代には郡山藩の藩庁が置かれた》《10世紀後半、郡山衆が雁陣の城を築いたという記録が郡山城の初見とされる。奈良時代には薬園が営まれていた。郡山城は、秋篠川と富雄川の中間に突き出た西京丘陵南端上に位置する。平山城または平城として明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や羽柴秀長らの主導によって改修された》。
《奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石(直径15センチメートルほどの加工されていない石)20荷の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの土塔の一つである「頭塔」が郡山城の石垣の中から見つかっている》。
《15世紀初頭、増田(ました)長盛が改易された後一時廃城となるが、水野勝成入封時に徳川幕府よって改修を受けた。その後は譜代大名が歴代城主を務め、柳沢吉里が入封後は柳沢氏が明治維新まで居城とした。桜の名所として、日本さくら名所100選に選定されている》。
又兵衛桜の名で知られる「本郷の滝桜」(宇陀市大宇陀区本郷)も、満開となった。この桜は、Wikipedia「又兵衛桜」によると《樹齢300年とも言われる桜の古木。瀧桜(たきざくら)とも呼ばれる。県の保護樹。2000年のNHK大河ドラマ『葵徳川三代』のオープニング映像で使用された事で有名になった。大坂の役で活躍した、戦国武将後藤基次(又兵衛)にちなんだもの。豊臣家崩壊後、後藤基次は大宇陀(現 奈良県宇陀市大宇陀区)の地で暮らし、再興の時期を待ったと言われるが、桜はその時の後藤家屋敷跡にある》。滝桜とは、「流れ落ちる滝のように見事な花」という意味だろう。
tenbouさんが4/15に撮影された本郷の滝桜(トップ写真とも)。有難うございました!
奈良新聞(4/16付)「風格ひときわ 又兵衛桜満開に」によると《今年は例年より1週間ほど遅れて今月8日ごろから開花。数日来の陽気で一気に満開となった。大宇陀観光協会の植田安博会長は「桜の開花が遅れたため瀧桜とハナモモやモクレン、ヤマザクラなどが一気に咲いた。数年に1度しかないチャンスを見に来てください」と話していた。又兵衛桜周辺の「桜まつり」は17日まで》。
天益寺(てんやくじ=宇陀市大宇陀区迫間366)の桜(tenbouさんが4/15に撮影)
宝蔵寺(吉野郡東吉野村大字木津58-1)の桜(同上)
奈良市に大和文華館(奈良市学園南1-11-6)という美術館がある。近畿日本鉄道(近鉄)の創立50周年を記念して作られたミュージアムで、ここにも見事な滝桜(しだれ桜)がある。名前は「三春滝桜」。同館の「季刊 美のたよりNo.138」(02.4.5)によると《日本三大桜の1つと言われる福島県田村郡三春町の天然記念物、樹齢1000~1200年の三春滝桜(ベニシダレザクラ)の種子から育てられた苗を頂いて、20年以上になるでしょうか。17本の内、2本枯れてしまいましたが、あとは立派に生長しています。大きなもので樹高9m以上あり、幹周は1m、樹冠は12m×9mに達しています。開花も見事です。親の滝桜は、樹高19m、幹周約9.5mで、樹冠は、東西に約22m、南北に約17mと、較べものにならないほど大きなものですが、樹齢が約25年であることを考えますと、凄まじい生長ぶりであると思われます》。
大和文華館の三春滝桜(4/1の様子)。同館のHPより拝借
私は数年前に大和文華館を訪ねることによって、偶然、福島県の「三春滝桜」のことを知ったわけである。最近になって「東日本大震災で、ご本家の三春滝桜に被害はなかったのだろうか」とにわかに心配になった。何しろ樹齢1000~1200年という老木である。地図を開くと、三春町は郡山市にほど近い山あいの町で、福島第1原発からの距離は約45kmである。ネットで検索すると、日刊スポーツの社会ニュース(4/15付)がヒットした。見出しは「見に来て、福島・三春町滝桜 週末にも開花」だ。
《三春の滝桜は今年も元気です! 桜前線が順調に北上する中、“日本3大巨桜”に数えられる福島県三春町の滝桜が今週末にも開花し、22日ごろに満開を迎えそうだ。毎年30万人以上の観光客でにぎわうが、原発事故が県内で発生した影響で、今年は予約客の9割がキャンセルする旅館も出るなど風評被害に苦しんでいる。町では、昨年約7000万円の財源となった1人300円の観桜料金も無料にして集客を訴える。現在受け入れている被災民の花見会も企画している》。
「三春滝桜のホームページ」より拝借(以下の3枚とも)
《三春町の市街地を歩いていると、大きなしだれ桜に、あちらこちらで出合うことができる。約5キロほど散策すると、山の斜面にピンクの大きな滝のような滝桜が現れる。まだ開花していないが、東日本大震災にビクともせずに立っている。今年の満開は22日ごろ。桜の健在さとは裏腹に、毎年30万人以上訪れる観光客は、減少しそうだ》。
《三春町で80年の歴史を誇る若松屋旅館の3~4月は、連日満室で1年前から予約すらとれない。ところが震災以降は、9割がキャンセルとなった。旅館では「今は被災者の4世帯と報道陣の方だけ。もちろん、部屋は空いています。こんなことは初めて。まだ滝桜のご宿泊も大丈夫です」と話す》。
《町役場では、4月8日から30日まで、夜間ライトアップをして、無料シャトルバスなどを出す予定で、1人300円の観桜料金を設定するはずだった。しかし、県への風評被害や自粛ムードもあって3月25日に「観桜料金の徴収」「夜間照明」「無料シャトルバスの運行」を中止とした。観桜料金だけで昨年は約6992万円の財源となり、観光協会では「大きな痛手。1日で50台ぐらいは大型バスも来ましたが今年は0台。でも、誰でも滝桜をご覧いただける」と必死にアピールした》。
《福島第1原発からの距離は45キロで、震災2日後には県内2053人が避難してきた。今も471人の被災者を受け入れ、7月をメドに仮設住宅600戸も建設する。満開時には被災者を対象とした滝桜観賞も計画する。鈴木義孝(よしのり)町長(71)は「1000年たっても健在な滝桜から元気をもらってほしい。今冬は非常に寒かったから、きれいな桜になりますよ。県外から来る方も、今年は渋滞なしで、みられるからおいでなせえ」とアピールした》。
良かった、良かった。町のHPには「平成23年三春滝桜観光のお知らせ」が出ていて《この度の東北太平洋沖地震では、太平洋側を中心に大きな被害があり、多くのみなさんが避難所生活を余儀なくされており、今後の見通しが立たない状態が続いております。平成23年の三春滝桜の観光については、これまでお客様の受け入れ態勢の充実を図るべく準備を進めておりましたが、次の事項については実施を見送る(中止)こととしましたので、皆様のご理解とご支援をお願いします》。
中止となったのは、JR三春駅からの臨時バスや無料シャトルバス、滝桜のライトアップなどである。《三春滝桜は、このたびの震災による被害もなく元気な状態です。今年の滝桜観光の受入態勢は充分に整えることはできませんが、被災されたみなさんをはじめ、町内外の多くのみなさんにも、ぜひお越しいただき、千年の刻を見守りつづける滝桜から元気を受け取っていただけたら幸いです》。
三春町の有志でつくる三春滝桜のホームページによると、滝桜は4/15に開花した。《滝桜へ大勢の皆さんからメッセージをいただき、ありがとうございます。幸いなことに滝桜は無事です。被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。三春町も避難受入や原発事故の影響があり、大変な状態ですが、みんながんばっています》。
「年々歳々花相似(はなあいにたり)、歳々年々人不同(ひとおなじからず)」という唐の詩(作者は劉希夷=りゅうきい)が、これほど身につまされた年はない。毎年毎年花は同じように咲くが、人の世は年とともに移り変わり、生まれる人がいれば亡くなる人もいて、同じ顔ぶれは続かない。自然の営みは変わらなくても、人の世は変化する。生者必滅の理(ことわり)である。
「まだ滝桜のご宿泊も大丈夫です」とのことなので、急いで駆けつけたいところだが、関西からはそう簡単にはいかない。その代わり、せめて福島の地酒を取り寄せて、気の置けない仲間と一献、傾けることにしたい。
※大和郡山市民・おぜんさんのブログ「昨日の郡山城 桜」にも写真が出ている
なお郡山城は、Wikipedia「郡山城(大和国)」によると《豊臣政権では秀吉の弟秀長の居城となり、江戸時代には郡山藩の藩庁が置かれた》《10世紀後半、郡山衆が雁陣の城を築いたという記録が郡山城の初見とされる。奈良時代には薬園が営まれていた。郡山城は、秋篠川と富雄川の中間に突き出た西京丘陵南端上に位置する。平山城または平城として明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や羽柴秀長らの主導によって改修された》。
《奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石(直径15センチメートルほどの加工されていない石)20荷の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの土塔の一つである「頭塔」が郡山城の石垣の中から見つかっている》。
《15世紀初頭、増田(ました)長盛が改易された後一時廃城となるが、水野勝成入封時に徳川幕府よって改修を受けた。その後は譜代大名が歴代城主を務め、柳沢吉里が入封後は柳沢氏が明治維新まで居城とした。桜の名所として、日本さくら名所100選に選定されている》。
又兵衛桜の名で知られる「本郷の滝桜」(宇陀市大宇陀区本郷)も、満開となった。この桜は、Wikipedia「又兵衛桜」によると《樹齢300年とも言われる桜の古木。瀧桜(たきざくら)とも呼ばれる。県の保護樹。2000年のNHK大河ドラマ『葵徳川三代』のオープニング映像で使用された事で有名になった。大坂の役で活躍した、戦国武将後藤基次(又兵衛)にちなんだもの。豊臣家崩壊後、後藤基次は大宇陀(現 奈良県宇陀市大宇陀区)の地で暮らし、再興の時期を待ったと言われるが、桜はその時の後藤家屋敷跡にある》。滝桜とは、「流れ落ちる滝のように見事な花」という意味だろう。
tenbouさんが4/15に撮影された本郷の滝桜(トップ写真とも)。有難うございました!
奈良新聞(4/16付)「風格ひときわ 又兵衛桜満開に」によると《今年は例年より1週間ほど遅れて今月8日ごろから開花。数日来の陽気で一気に満開となった。大宇陀観光協会の植田安博会長は「桜の開花が遅れたため瀧桜とハナモモやモクレン、ヤマザクラなどが一気に咲いた。数年に1度しかないチャンスを見に来てください」と話していた。又兵衛桜周辺の「桜まつり」は17日まで》。
天益寺(てんやくじ=宇陀市大宇陀区迫間366)の桜(tenbouさんが4/15に撮影)
宝蔵寺(吉野郡東吉野村大字木津58-1)の桜(同上)
奈良市に大和文華館(奈良市学園南1-11-6)という美術館がある。近畿日本鉄道(近鉄)の創立50周年を記念して作られたミュージアムで、ここにも見事な滝桜(しだれ桜)がある。名前は「三春滝桜」。同館の「季刊 美のたよりNo.138」(02.4.5)によると《日本三大桜の1つと言われる福島県田村郡三春町の天然記念物、樹齢1000~1200年の三春滝桜(ベニシダレザクラ)の種子から育てられた苗を頂いて、20年以上になるでしょうか。17本の内、2本枯れてしまいましたが、あとは立派に生長しています。大きなもので樹高9m以上あり、幹周は1m、樹冠は12m×9mに達しています。開花も見事です。親の滝桜は、樹高19m、幹周約9.5mで、樹冠は、東西に約22m、南北に約17mと、較べものにならないほど大きなものですが、樹齢が約25年であることを考えますと、凄まじい生長ぶりであると思われます》。
大和文華館の三春滝桜(4/1の様子)。同館のHPより拝借
私は数年前に大和文華館を訪ねることによって、偶然、福島県の「三春滝桜」のことを知ったわけである。最近になって「東日本大震災で、ご本家の三春滝桜に被害はなかったのだろうか」とにわかに心配になった。何しろ樹齢1000~1200年という老木である。地図を開くと、三春町は郡山市にほど近い山あいの町で、福島第1原発からの距離は約45kmである。ネットで検索すると、日刊スポーツの社会ニュース(4/15付)がヒットした。見出しは「見に来て、福島・三春町滝桜 週末にも開花」だ。
《三春の滝桜は今年も元気です! 桜前線が順調に北上する中、“日本3大巨桜”に数えられる福島県三春町の滝桜が今週末にも開花し、22日ごろに満開を迎えそうだ。毎年30万人以上の観光客でにぎわうが、原発事故が県内で発生した影響で、今年は予約客の9割がキャンセルする旅館も出るなど風評被害に苦しんでいる。町では、昨年約7000万円の財源となった1人300円の観桜料金も無料にして集客を訴える。現在受け入れている被災民の花見会も企画している》。
「三春滝桜のホームページ」より拝借(以下の3枚とも)
《三春町の市街地を歩いていると、大きなしだれ桜に、あちらこちらで出合うことができる。約5キロほど散策すると、山の斜面にピンクの大きな滝のような滝桜が現れる。まだ開花していないが、東日本大震災にビクともせずに立っている。今年の満開は22日ごろ。桜の健在さとは裏腹に、毎年30万人以上訪れる観光客は、減少しそうだ》。
《三春町で80年の歴史を誇る若松屋旅館の3~4月は、連日満室で1年前から予約すらとれない。ところが震災以降は、9割がキャンセルとなった。旅館では「今は被災者の4世帯と報道陣の方だけ。もちろん、部屋は空いています。こんなことは初めて。まだ滝桜のご宿泊も大丈夫です」と話す》。
《町役場では、4月8日から30日まで、夜間ライトアップをして、無料シャトルバスなどを出す予定で、1人300円の観桜料金を設定するはずだった。しかし、県への風評被害や自粛ムードもあって3月25日に「観桜料金の徴収」「夜間照明」「無料シャトルバスの運行」を中止とした。観桜料金だけで昨年は約6992万円の財源となり、観光協会では「大きな痛手。1日で50台ぐらいは大型バスも来ましたが今年は0台。でも、誰でも滝桜をご覧いただける」と必死にアピールした》。
《福島第1原発からの距離は45キロで、震災2日後には県内2053人が避難してきた。今も471人の被災者を受け入れ、7月をメドに仮設住宅600戸も建設する。満開時には被災者を対象とした滝桜観賞も計画する。鈴木義孝(よしのり)町長(71)は「1000年たっても健在な滝桜から元気をもらってほしい。今冬は非常に寒かったから、きれいな桜になりますよ。県外から来る方も、今年は渋滞なしで、みられるからおいでなせえ」とアピールした》。
良かった、良かった。町のHPには「平成23年三春滝桜観光のお知らせ」が出ていて《この度の東北太平洋沖地震では、太平洋側を中心に大きな被害があり、多くのみなさんが避難所生活を余儀なくされており、今後の見通しが立たない状態が続いております。平成23年の三春滝桜の観光については、これまでお客様の受け入れ態勢の充実を図るべく準備を進めておりましたが、次の事項については実施を見送る(中止)こととしましたので、皆様のご理解とご支援をお願いします》。
中止となったのは、JR三春駅からの臨時バスや無料シャトルバス、滝桜のライトアップなどである。《三春滝桜は、このたびの震災による被害もなく元気な状態です。今年の滝桜観光の受入態勢は充分に整えることはできませんが、被災されたみなさんをはじめ、町内外の多くのみなさんにも、ぜひお越しいただき、千年の刻を見守りつづける滝桜から元気を受け取っていただけたら幸いです》。
三春町の有志でつくる三春滝桜のホームページによると、滝桜は4/15に開花した。《滝桜へ大勢の皆さんからメッセージをいただき、ありがとうございます。幸いなことに滝桜は無事です。被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。三春町も避難受入や原発事故の影響があり、大変な状態ですが、みんながんばっています》。
「年々歳々花相似(はなあいにたり)、歳々年々人不同(ひとおなじからず)」という唐の詩(作者は劉希夷=りゅうきい)が、これほど身につまされた年はない。毎年毎年花は同じように咲くが、人の世は年とともに移り変わり、生まれる人がいれば亡くなる人もいて、同じ顔ぶれは続かない。自然の営みは変わらなくても、人の世は変化する。生者必滅の理(ことわり)である。
「まだ滝桜のご宿泊も大丈夫です」とのことなので、急いで駆けつけたいところだが、関西からはそう簡単にはいかない。その代わり、せめて福島の地酒を取り寄せて、気の置けない仲間と一献、傾けることにしたい。
100万石といえば加賀100万石の金沢ですがそれに匹敵していたのが大和大納言の郡山でした。
江戸時代はずいぶん石高が低下してしまいましたが元はと言えば100万石を基準にしてよいかと思います。
豊臣系の大坂城も伏見城も残っていない中、あの時代の遺構が後世の江戸政権によって破壊されずに残っているのは稀有なことです。
本丸の石垣など凄いです。
100万石の資格で観光強化できる余地のある郡山はもっと城郭建造物の復元に取り組んでも良いと思えるのですが。
もったいないことです。。。
> 100万石の資格で観光強化できる余地のある郡山はもっと城郭建造物の
> 復元に取り組んでも良いと思えるのですが。もったいないことです。。。
以前、発泡スチロールで天守閣を造られたことがあり、それは勇壮なものでした。大和郡山市は、城下町の風情も残っていますので、地域おこしの核として、なんとか天守閣を復原していただきたいものですね。
最近、同僚とも三春の滝桜の話をしていました。
三春の滝桜は毎年全国からかなり多くの観光客が訪れるため、ものすごく混みます。
なので、福島県民の私でさえ、あまりに混みすぎて、シーズンの滝桜は見に行ったことがありませんでした。
同僚と、自虐ネタになりますが
「今年は風評被害で県外から誰も福島なんてこないだろうから、ゆっくり近くでみれるねー」
「今年は滝桜見に行ってみようか」なんて話になっています(苦笑)。
でも本当に、今年は滝桜を独り占めできるらしいですw
奈良にも三春の滝桜の子孫がいると初めてしりました。
いつか、その子孫や、郡山城を見に行ってみようと思いました。
> かなり多くの観光客が訪れるため、ものすごく混みます。なので、福島県民の
> 私でさえ、あまりに混みすぎて、シーズンの滝桜は見に行ったことがありません
そうでしたか、さすがは日本三大桜です。
> 奈良にも三春の滝桜の子孫がいると初めてしりました。
> いつか、その子孫や、郡山城を見に行ってみようと思いました。
それは光栄です。大和文華館の三春滝桜は、不思議と地元でも知る人がほとんどいません(私も偶然発見しました)。一般に「奈良で最も早く咲く桜は、氷室神社のしだれ桜」といわれていますが、氷室の桜とほぼ同時に満開になります。寒い東北の桜なので、瀬戸内式気候の奈良では、早く咲くのでしょう。
郡山城の桜とは咲く時期が違いますが、早く来られたら三春滝桜と氷室神社、普通に来られたら郡山城か高田川沿い、遅く来られたら吉野山、と分けられたら良いと思います。
日曜日、奈良市内のリカーショップをはしごして、福島の清酒を探しましたが、残念ながら見つかりませんでした。かわりに、栃木市の北関酒造の生貯蔵酒を入手し、ぬる燗でいただいています。なくなったら通販で、福島のお酒を取り寄せたいと思っています。
福島の清酒を探してくださったとのこと。
ありがとうございます。
県内でも、会津地方はおいしいお酒がたくさんあるのですが、風評被害で困っているようです。
会津は新潟よりで、県内でも一番原発からはなれていますから。
> 会津地方はおいしいお酒がたくさんあるのですが、風評被害で困っている
> ようです。会津は新潟よりで、県内でも一番原発からはなれていますから。
それはお気の毒です、せめてお酒を買って誤解を払拭しなければ…。Wikipedia「会津」には《『古事記』によれば古くは相津と書いた。崇神天皇の時代、諸国平定の任務を終えた大彦命(おおびこのみこと)とその子・建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)がこの地で合流したことに由来するという》とありました。
少し古いですが、手元の『最新日本酒名鑑』を繰ると、会津のお酒がたくさん出てきました。会津ほまれ、末広、宮泉、名倉山、栄川、辰泉など。なかには会津藩、蔵粋(くらしっく)というユニークなネーミングや、花春、此花(このはな)など、今の季節にピッタリのもの、大和川という奈良を連想させるものなどもありました。創業も享保、寛政、天保など、由緒あるものばかりです。
今のお酒を飲みきった頃には物流も安定すると思いますので、ぜひ、取り寄せてみたいと思います。
私も蔵粋(クラシック)は会津に遊びに行ったときにおみやげに買いましたw
モーツァルトをお酒に聴かせながら発酵させていたはずです。
福島県よりも会津の方が名前としては知られているくらいで、ファンも多いですよね。
> 蔵粋は会津に遊びに行ったときにおみやげに買いました
> モーツァルトをお酒に聴かせながら発酵させていたはずです。
思い出しました、テレビでやっていましたね。注文の第一候補に挙げておきます。
喜多方ラーメンも確か風評被害で困っていたはずです。県外から注文していただき、本当にありがたい気持ちで店長さんもカードを添えたのではないかと思います。
会津地方と私の住む中通りはまた気候も違いますが(会津の方が寒い)、中通りは今が桜真っ盛りです。
市民も、きれいな桜に心癒やされています。
私も、ぽかぽか陽気の中、花見を楽しむ市民の姿をみて、やっと頑張る気力が生まれてきました。
> 喜多方ラーメンも確か風評被害で困っていたはずです。県外から注文していただき、
> 本当にありがたい気持ちで店長さんもカードを添えたのではないかと思います。
そうかも知れませんね、全く問題ありませんのに。
> 市民も、きれいな桜に心癒やされています。私も、ぽかぽか陽気の中、
> 花見を楽しむ市民の姿をみて、やっと頑張る気力が生まれてきました。
もともと花見は、米の豊作を祈願するとともに、悪疫を祓う儀式でもありました。この季節は、いつも桜に元気づけられます。被災地の皆さんも、せめて桜で心を癒していただきたいと思います。