新・観光立国論 | |
デービッド・アトキンソン | |
東洋経済新報社 |
皆さまの温かいご支援のおかげをもちまして「観光地奈良の勝ち残り戦略」は本日、100回目を迎えることができました。有難うございます。これまで有益なコメントやアドバイスをいただきましたおかげで、何とか私にも「奈良県観光の方向性」が見えてきたように思います。これからも連載は継続するとともに、100回を記念した冊子化も検討しています。今後とも、ご指導・ご鞭撻、よろしくお願いいたします。
さて、今日は100回目にふさわしく、元ゴールドマン・サックス気鋭のアナリスト、デービッド・アトキンソン著『新・観光立国論』の「第6章 観光立国のためのコンテンツ」で取り上げられた「奈良県観光」についての意見を引用し(青字)、私のコメント(黒字)とともに紹介させていただく。30年以上、奈良市に住み、10年以上、奈良県観光について考えてきた私が「まさにその通り!」と膝を打った鋭い提言が満載である。とりわけ奈良県民の皆さんには、シッカリとお読みいただきたい。
観光戦略は、滞在日数から「逆算せよ」
ここでは奈良県を例に考えていきましょう。奈良は京都に隣接しており、京都に負けず劣らず文化財がたくさんあります。京都府の国指定文化財建造物は国宝が48件、それを含む重要文化財が293件なのに対し、奈良県は国宝が64件、重要文化財が261件です。しかし、奈良がそのポテンシャルを活かしているかというと、大いに疑問です(本書259頁)。
京都府は、国宝と重文の建造物が計341件、奈良県は325件ということだ。しかし、もっとすごい数字がある。国宝全体の数では1位が東京都(276件)、2位は京都府(230件)、3位 は奈良県(198件)。しかしここには正倉院宝物(約9000件の超国宝)が入っていない。これを加えると堂々の1位だ (『国家珍宝帳』に記載の由緒正しいものだけでも100件以上あるので、少なく見積もっても300件はある)。
2011年の外国人観光客は、約23万人。これは東日本大震災の影響もありますので、近年はもち直してきていますが、隣の京都が200万人近くであるのと比べると、かなり大きな差がついてしまっているのです。それだけではありません。京都以上にお金が落ちていません。これはなぜかというと、ほとんどの外国人観光客は、京都を拠点にしており、奈良は「日帰り」をするからです。日帰りなので、食事も1回か2回で終わります。
アメリカ政府のデータでは、観光客の支出のうち45.3%が宿泊と食事なので、これは致命的なことです。実際にそれをうかがわせるような調査結果もあります。なんと奈良県は47都道府県のなかで、一番ホテルのベッド数が少ないというのです。このような奈良の現状を考えると、手をつけなくてはいけないのは、単に外国人観光客を誘致するということではなく、奈良に呼んでからいかに長く「滞在」させるかということなのは明白でしょう。このような奈良の現状を考えると、手をつけなくてはいけないのは、単に外国人観光客を誘致するということではなく、奈良に呼んでからいかに長く「滞在」させるかということなのは明白でしょう。
そこで文化財です。世界の文化財を見てください。エジプトのピラミッドでも、カンボジアのアンコールーワットでも、文化財の観光というのは、ほとんどが1日がかりです。フランスのヴェルサイユ宮殿やイギリスの大英博物館などは、1日では回りきれないなので、2日かける人もいます。このような文化財を観光するためにぱ、当然、近くのホテルに宿泊しなくてはいけません。
ホテルにお金を落とす、文化財観光が終われば食事をする。せっかく遊びにきているのですから、食事が終わったらすぐにホテルで寝るという人は少数派で、そこからお酒を楽しんだり、夜の街を散策したりというナイトライフを楽しむのが一般的です。つまり、時間をかけて観光をするような文化財があれば、そこを入口にして、その地域にはシャワー効果のようにお金が落ちるようになっているのです(本書260頁)。
奈良市で最も宿泊観光客の多いのは、秋の正倉院展の時期である。海外を含む遠方から、多くの宿泊観光客が訪れる。宿は高級ホテルから順に満室になり、お土産もたくさん買ってくれる。まさに「シャワー効果のようにお金が落ちる」のである。しかし正倉院展を開催する奈良国立博物館に、多言語での案内システムのないのが残念だ。
では、そのような視点で奈良に何か必要なのかを見ていきましょう。ご存知のように、奈良にも世界に誇るような立派な文化財がたくさんあります。すぐに思い浮かぶものを列挙するだけでも、春日大社、東大寺、興福寺、唐招提寺、薬師寺、元興寺、春日山原始林などです。これらの文化財に1ヵ所1日を費やしてもらえば、理屈上は、奈良は外国人観光客が1週間滞在する観光地になることができるのです。
つまり、1週間滞在してもらうためにどうすればいいかを考えて、それを再分配すると、たとえば春日大社に1日滞在する必要があるという答えが出てきます。そのために何をすべきか考えればいいのです。まず社殿のガイドを充実させることで、外国人観光客から出る質問や疑問に、深く適切に答えるようにしていくことです。これだけしっかりと観光できれば、半日程度はすぐにたってしまうでしょう。逆に言えば、社殿の観光に半日使ってほしいのですから、半日になるように、ガイドの内容を組み立てればよいのです。
ただ、それでもまだ1日にはなりません。そこで何かあるかというと、春日大社には宝物殿があり、萬葉植物園や鹿苑などもある。そこを回ってもらえばいいのです。興味をもって回ってもらうには当然、こちらにもガイドが必要です。具体的には、1日コースを実現するためには1ヵ所に何時間滞在してもらう必要がめるかを考えて、そのために、たとえば宝物殿に何分滞在してもらえばいいのかを考えるのです。さらに、その時間滞在してもらうためには、展示品が何点あるので、1点あたり何分かけてもらうのか、そのためにはどの程度の解説が必要かを考え、整備をしていけばいいのです(本書261頁)。
なるほど。春日大社宝物殿は現在工事中で閉鎖しているが、こないだまで他の社殿で特別開帳を行っていたし、朝の参拝や境内の摂社めぐりなども良いだろう。合計でまる1日になるよう、逆算してプランを組めば良いのである。
これで春日大社を1日かけて観光してもらえるようになりましたが、こうなると新たな問題が出てきます。春日大社に1日いてもらう以上、春日大社周辺から離れることなくランチをとってもらわなくてはいけないのです。ところが、春日大社には庭園喫茶しかありません。メニューは万葉粥などはありますが、日本食が食べたいというニーズにも応えなくてはならないでしょう。また、和食以外の軽食も必要かもしれません。外国人観光客がスムーズに食事をとれるレストランのようなものがなくてはいけません。
外国人観光客のなかには高齢者や身体に障害をもっている方もいるでしょうから、歩き疲れた人たち用のベンチも必要ですし、バリアフリーの設備も必要です。休憩ができるようなカフェもあればいいかもしれません。迷わないような案内板も必要です。
さらに、もっと長く滞在してもらおうとするのなら、見学をするだけでは飽きてしまう人もいるかもしれませんので、外国人でも理解できるようなイベントも必要になってきます。日本の「参拝」をしっかりと体験してもらうようなツアーなどを整備するのもいいでしょう。御神楽、生け花、書道など、さまざまなイベントが考えられます。
このように、春日大社を1日で見学することができないほどの観光地に整備すれば、当然、その近くのホテルも整備しなくてはいけません。先ほどもお話ししたように、ここでも「多様性」が重要になります。バックハッカーが宿泊できるようなドミトリーもあれば、ビジネスホテル、シテイホテルもある。“上”″も見なくてはいけませんので、高級ホテルや富裕層向けの1泊数百万円のホテルもあれば、申し分ありません(本書263頁)。
レストランの充実は必要だろう。欧米人には粥が苦手な人も多いそうだし、ムスリム(イスラム教徒)もいるだろう。ハラール食を含めた多様な食事が提供できなければならない。また奈良はユニバーサルツーリズム(高齢者や障害者が気兼ねなく参加できる旅行の仕組み)への対応が遅れている。この分野でも対応を急がなければならない。
ただ、春目大社とホテルの往復だけでは、地域にお金が十分に落ちませんし、外国人観光客も面白くありません。春日大社周辺の施設が閉まってしまうのは夕方5特くらいですから、ホテルで食事をして、そのまま寝るというわけにはいきません。夜のエンタテインメントが必要です。たとえば、外国人が利用しやすいショッピングセンター、観劇なども整備しなくてはいけません。また、奈良だけではなく京都や大阪なども観光している人ならば、そろそろ違うものも食べたいはずですから、和食以外のレストランも充実していなくてはいけません。外国人観光客がくつろげるバーなども必要になってくるはずです。翌日は東大寺の1日コースでしょうか。
このように外国人観光客の視点で1ヵ所に1日滞在しようと思うと、いろいろなものが必要なことに気づくのではないでしょうか。これを整備していけばいいのです。整備されていないので、外国人観光客は1時間で見学を終えてしまうのです。魅力が尽きない文化財になれば、自然と外国人観光客は長く滞在するのです。外国人がくるのを待つ受け身の観光戦略からは、脱却しなければなりません。
このような整備が終わったら、次はコースの充実です。観光大国になるにはリピーターが必要不可欠なので、日本に何度も訪れるような動機づけをしなくてはならないのです。京都を数日回って奈良に1日、あとは東京か大阪ですべてが終わってしまうような観光では、日本観光は一生に1度でいいという人が大半で、リピーターが生まれません。
そうならないためには、奈良1週間コース、京都1週間コース、日本庭園1週間コース、和歌山1週間コースなど、さまざまなテーマでめぐる観光コースが必要になります。外国人観光客を飽きさせることのないコースをいくつもつくることによって、「今回も日本を回りきれなかった、またきたい」と思わせることが、きわめて重要になってきます。このような整備を終えて始めて、「観光大国」というものが成立するのです(本書264頁)。
ならまちセンターで時々開催する「ならまちナイトカルチャー」は、とても良い工夫である。日本舞踊に落語、怪談話まで、バラエティに富んだ出し物が楽しめる。願わくば、これを年中無休で楽しめる施設がほしい。ちょうど京都の「ギオンコーナー」のように。奈良交通の定期観光バスも、はとバスに見習って、夜のコースを充実していただきたいものである。
「奈良1週間の旅行コース」は、十分に組み立てられる。奈良市に滞在するとすれば、東大寺、興福寺、春日大社、若草山、新薬師寺と史跡頭塔、平城宮跡、薬師寺・唐招提寺、足を伸ばして法隆寺、郡山城跡(大和郡山市)、黒塚古墳(天理市)など、奈良を満喫できるコースがいくつでも組める。夜は元林院の芸妓(げいこ)さんの踊りや、神職・僧侶や学芸員のトーク(字幕または同時通訳つき)もいい。
始まりつつある新たな取り組み
私は滞在日数や観光収入ということから「逆算」して、このような整備が必要だという結論にたどり着きましたが、奈良県でもやはりこのような結論にいたったのか、ここで挙げたような整備が徐々に始まりつつあります。たとえば2015年1月30日には、ITの活用による観光政策の研究を行なっているソフトバンクグループと奈良県が、外国人観光客向けの奈良県公式ガイドアプリ「Nara Audio Guide」の提供を開始しました。iBeaconを活用し、アプリをインストールしたスマートフォンがBeaconに近づくとガイドコンテンツが立ち上がり、動画が再生されるというもので、このようなシステムは日本初です。
現在、英語、中国語(簡体字)、韓国語の3ヵ国語で、春日大社の巫女さんが参拝方法や歴史、祭祀などの解説をしてくれるそうです。春日大社だけではなく、東大寺や興福寺などにも拡大していく予定だということです。
春日大社境内には公衆無線LANなどの通信環境が整備されていないため、外国人観光客向けにポケットWi-Fiの無料レンタルサービスも実施し始めました。また、タブレット型の通訳サービス「SMILE CALL」も導入するそうでこれこそまさにに「文化財に1分1秒でも長く滞在させる」ということを目的とした整備と言えましよう。
さらに、これは奈良ではありませんが、「文化財観光の後」を充実させるための整備も、各地で少しずつですが始まっています。その代表が、京都で上演されている舞台劇「ギア―GEAR―」です。外国人観光客の間で大気となっており、世界最大の旅行クチコミサイト「Trip Advisor」で、京都市内の観光スポット350ヵ所中、伏見稲荷大社に次ぐ第2位になるほど注目を集めているのです。
「ギア―GEAR―」は三条通にある多目的ホール「アートコンプレックス1928」で繰り広げられるノンバーバル(言葉を使わない)舞台劇で、ブロードウェイの「ブルーマン」のようにすべて無言で行なわれるパフォーマンスです。ユニークな動きだけではなく、プロジェクションマッピングなども駆使しており、言葉や文化の異なる人が見ても楽しめるようになっています。
この「ギア―GEAR―」を運営する有限会礼一九二八の小原啓渡代表は、京都は観先客にとって魅力的な場所ではあるが、神社仏閣は拝観時間が短く、観光スポットと呼ばれる地域でも早めに営業を終了してしまう店舗が多いと感じていたそうです。訪れた外国人観光客から「日本の夜は、長くて退屈」という声が上がることもしばしばという現状を痛感し、このようなパフォーマンスを立ち上げたそうです。
まさしく、本章で私か行なった、外国人観光客を満足させるためには何か必要なのかという「逆算」から生み出されたエンターテインメントなのです。このような発想が日本の地方都市で同時多発的に起き始めると、目本の観光産業は大きく変わっていくのではないでしょうか。
「ノンバーバル舞台劇」とは、よく考えたものである。そこまで行かなくても、美術館や博物館を夜遅くまで開けるだけでも、相当歓迎されると思うが…。
とにかく元ゴールドマン・サックス気鋭のアナリストがねここまで詳しく奈良県観光に関する提言を書いて下さっていることに、奈良県民は喜ばねばなるまい。指摘は的確だし、実現不可能なことではない。とりわけ「観光戦略は滞在日数から逆算せよ」は、目からウロコだった。
私は宿泊観光客の誘致のため「観光力創造塾」というセミナー&シンポージウムを年2回開催してきたが、引き続き、県観光最大の課題である「宿泊観光客誘致」に取り組んでいきたい。自治体の観光関連セクションの皆さん、タッグを組んで取り組みませんか?