藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

深山 霞の「霞的心」  「長崎平和祈念式典」雑感

2013-08-10 12:12:42 | 社会・経済

8.6の広島の平和運動の一端に触れて、その疲れで昨日一日、ベットの上で暑さにのた打ち回っていた。

TVで長崎祈念式典を一人見入っていた。 やはり形骸化した式典が、プログラム道理に進むだけで、原爆の悲惨さはどこからも見えてこない。 私の子供の頃は、ケロイドを隠すように、祈念式典に参加されていた被爆者の姿もあったが、現在は見かけることがなくなった。 

長崎市長の政府に対する姿勢は、広島の市長とは大きく違い、はっきりと批判すべきところは批判し、内容が被爆者の気持ちに沿ったものであった。 高く評価したいと思う。

いずれにしても広島、長崎の平和運動が大きな転換点に差し掛かっていることだけは間違いない。 最年少被爆者として、今後の平和運動のあり方を今一度考えて見なくてはならない気持ちが大きくなった一日であった。

所で去る7日に改めて気づいたことがあった。

89_001 この建物は、この地区のボランティアの集会所である。 

先日突然に現職のまま亡くなられた、市議会議員が中心となり、町の再開発をされた。 

現在は3つの商業施設を中心に半径300m以内には、広島の中心地に負けない店舗が展開している。 その店舗の支援の下、駅前広場から各施設の清掃などのボランティア活動がなされ、電動車椅子等の無償貸し出しがなされている。 タクシーの無料電話の設置や、その充実振りは見事と言うほかない。

89_002_2 ボランティアスタッフは、歩道の清掃や花壇の手入れなど今では総勢60人を超えているそうである。

よき指導者の存在が街づくりに生かされた例としてご披露したい。

また彼も、68年前家族を原爆でなくされた方であった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深山 霞の「霞的心」   残暑お見舞い申し上げます

2013-08-08 14:15:01 | 社会・経済

昨日当ブログをお尋ねいただいた皆様、更新をお休みしたことをお詫び申し上げます。 この場をお借りして、残暑お見舞い申し上げます。 さて、「立秋」も過ぎ、明日は「長崎原爆記念日」ですね。 

私は昨日一日、5、6日の二日間の疲れを室温37℃の部屋で、扇風機2台で癒していました。 クーラーは呼吸の妨げになる様で、お客様のときだけ使用しています。

6日の「祈念式典」を始めとする広島の一日は、マスコミ等で皆様のところに漏れなく伝わっているであろうと思い、あえて別な面からお知らせできないかと考えていました。 

原爆被爆当日の写真は、数点が残されているのが現状で、それも爆心地から2km以上も離れた御幸橋の救護所等が現存するばかりです。 6日の爆心地は午前8時15分以後、誰一人居ない状態であったであろうことは、容易に推察できます。 

そこででふと気づいたのです。 私たちは8月6日がどんな日であったのか、一番理解する方法は、午前8時15分をもって、全ての動くもの、公共交通機関や、タクシー、自家用車を止めて、午後4時救援隊の第一陣が入市した時間まで、全ての人間が徒歩で行動するという一日にしてこそ、「広島の原爆」を理解できるのではないかと思い始めたのです。

その人間が、来賓の総理大臣であろうと、たとえ天皇陛下であろうと、全てのいける人間が、午前8時15分をもって、昭和20年8月6日救護所となった、草津国民学校、己斐国民学校、三篠国民学校、牛田国民学校、段原国民学校・・・・・・・、へ爆心地から歩き、被爆した人々の苦しみを共有してこそ真の「広島平和祈念式典」となるのではなかろうかと思い始めました。

86_006 この爆心地近くの「原爆ドーム」の前に立った時、気づいたのです。 

なぜ「広島」の「核廃絶運動」が分裂を起こし、統一行動できないのかを目の前にした時、被爆体験者の運動から、非被爆者の運動への転換点で分裂が起きたのではなかろうかと思い始めました。

再び、人間として「核廃絶」に取り組むのならば、同じ体験、同じ苦しみを味わってこそ連帯が生まれるのではないでしょうか。

皆さんは、TVや新聞などの報道を通じて、どの様に感じられましたか。

再来年の、「被爆70周年広島平和祈念式典」は、昭和20年8月6日8時15分の再現こそ、なされるべき「祈念式典」ではなかろうかと、思い始めています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深山 霞の「霞的心」   原爆被爆68周年

2013-08-06 22:42:20 | 社会・経済

あえて広島市主催の祈念式典へは参加せず、原爆ドーム周辺部での、各グループの集会を覗いてみた。

今年の広島は大きな変化がおき始めた予感を感じさせた。 右翼の街宣カーの数が少ない。 体制内改革を目指した、民主党の集会に力がない。 参議院で一定の成果を挙げた共産党系の集会もどこか動員能力にかけて、迫力がない。

86_011 自民党系の主な集会、戦没者学徒動員慰霊祭に地元外務大臣の参加が見当たらない。献花の名簿の中さえない。

大きな地盤変動がおき始めているように感じる。

福島の原発事故が、国民の意識を大きく変え始めたようである。 「カクマル派」と非難されながら67万票を獲得した東京地方区の「山本太郎」の当選現象が、今全国の国民に伝わり始めたようである。 自民党の女性議員も、自民党議員というより、一市民の大衆においが強い。赤いTシャツに、スニーカー。 嘗て「土井たか子」が「山が動いた」と発したときの現象に似ている。 既成政党の中での改革を目指した、鳩山、管、小沢の目論みは国民からはっきり「ノー」を突きつけられた。 

盛り上がるリベラル派の集団が、山本太郎の当選を勝ち取り、今後三年間の指導的役割を果たしていくであろうことがはっきりしてきた。 規制緩和政策は、市民救済の政策ではなく、原発開発事業からはじき出されるであろう企業の、救済政策であることが見えてきた。 

86_003 原爆ドームを取り巻く各種団体の横断幕は共通している。

ないのは、彼らをまとめるリーダーだけである。 それが誰なのか今私の頭の中にはうっすらと姿が浮かび始めた。 被爆70年に向けて各派に呼びかけることの出来るのは、被爆者である私たち以外にいないことを、今年の平和式典で感じた実感である。

広島松井市長は、原発再会を前提にした施策であることから、安部総理の祈念式典の出席を断るべきだとの申し込みに、「たとえヒットラーでも参加を拒むことはない」と、公言した。

昨日私はこの話を聞き、抗議文を市長秘書室に届けた。 受け取ることを拒否されたが、本館地下二階の秘書室のポストに入れてきた。 本名ははっきりと書いておいた。 ただし住所は書かなかった。 トラップを仕掛けたのだ。 本名から住所を調べ送り返して来たときは、公務による個人情報の勝手な利用で市長を告発してやろうと思ったのだ。

福島の原発事故で、日本の地盤変革が始まったことだけは事実である。

安部総理は、福島の新しい被爆者と広島の被爆者の分断のために、広島被爆者の原爆症の認定基準の緩和を祈念式典で公言した。 この一言が、十年後の福島に大きな影響を及ぼすであるう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深山 霞の「霞的心」  四十年ぶりの大会参加

2013-08-05 22:50:53 | 社会・経済

008_2 今日は多く語りたくない。

若者の熱気の中で半日を過ごした。

012 あさこハウスの、「小笠原厚子」氏も参加され大間原発反対に、一人で立ち向かった母親の気持ちを代弁され、会場の「脱原発」の決意をより大きなものにされた。

明日の平和祈念式典が終わって、ゆっくりと報告するつもりでいる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深山 霞の「霞的心」   68回目の暑い夏

2013-08-04 18:45:07 | 社会・経済

Scan0001 安部総理の、「平和祈念式典」への参加を被爆者の一人として拒否する。

平和憲法改正を目論む輩など式典へ参加していただくことを拒否する。

原発の世界売り込み戦略は、福島やアメリカの原発事故で頓挫した。

日立、東芝、三菱・・・・原子力村の企業救済の為の「軍需産業」の為の再軍備。 

まるで戦前の軍国主義時代の再現である。

企業の為の戦争を再び目論む「自民党」。

「規制緩和」の名の元で、兵器開発自由競争を、経済再生の根幹に据えようとする政府の言動や行動が、先の参議院選挙で国民から許されたと思っているらしい。

暑い一日をひたすら耐えながら、井伏鱒二の「黒い雨」を幾度と無く読み返してみた。(今、広島の上空を数台のヘリコプターが飛びまわっている。六日の式典への警戒態勢に入ったのだ。税金の無駄使いである。総理が式典に参加しなければ余分なお金も騒音も無い。)

幾度となく読み返すうちに、第11章の最後の9行の所で、息が詰まってくる。

「この屍(むくろ)、どうにも手に負えなんだのう」

トタン板を舁(か)いて来た先棒の兵がそう云うと、

「わしらは、国家のない国に生まれたかったのう」

と相棒が云った。

安部総理に申し上げる。 「自民党軍国主義国家」 など誰も望んではいないと。

われわれが望む 「国」 は、平和な心休まる国であり、特定の企業や特定の地域のみが、政治の恩恵を受ける 「国家」 ではないのです。

東京都が電力不足ならば、東京都下に、「原発」をお作りなさい。 安全でないから、東京から遠く離れた福島や新潟で「原発」を稼動させているのでしょう。

明日は広島市長に、安部総理の平和祈念式典参加を断るよう抗議に出かける事にした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする