映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「たんぽぽのお酒」レイ・ブラッドベリ

2019年05月04日 | 本(その他)

人生のもっとも大切なことを学ぶ夏

たんぽぽのお酒 (ベスト版文学のおくりもの)
北山 克彦
晶文社

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輝く夏の陽ざしのなか、12歳の少年ダグラスはそよ風にのって走る。
その多感な心にきざまれる数々の不思議な事件と黄金の夢…。
夏のはじめに仕込んだタンポポのお酒一壜一壜にこめられた、
少年の愛と孤独と夢と成長の物語。
「イメージの魔術師」ブラッドベリがおくる少年ファンタジーの永遠の名作。

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先に見た「マイ・ブックショップ」の映画の中に出てきた
レイ・ブラッドベリによる本作。
読んだことがなかったので、この際、手にとってみました。
実はこの本、うんと若かりし頃に読もうとしたことがあるのですが、
読み始めてすぐに挫折した記憶があるのです。
今回読んでみて、やはり始めの方で、なかなか入り込めずに苦戦。
この本の言葉はまるで詩のように、イメージの膨らむ情景を描き出します。
どうも私はそこを焦って、早くストーリーを見出そうとしてしまっていたようです。
途中から気持ちを改めて、
じっくりこのイメージの咲き乱れる野原を味わってやろうじゃないかと思うことにしたら、
間もなく物語の中の人々が動き始めました。


12歳の少年ダグラスが、ちょうど夏を迎えたところから物語は始まります。
少年の日の夏。
ワクワクした思いがこみ上げますよね。
田舎町、家族や友人とともにいて、身の回りのすべてが輝く初夏の日に、
彼は自分が「生きている」ことに気づきます。
もちろんこれまでだってわかっていた。
けれど本当のその意味を、空から降ってきたように直感的に「理解」する。
そういう事はあるものです。


そうしてこの街に住むいろいろな人のちょっとしたエピソードが語られていくのですが、
それは圧倒的に"老人"が多い。
ダグラスの父母の年代ではなく、祖父母やもっと上の世代が多く登場します。
それというのも、普通に働き盛りの世代は「何かをする」世代。
それに比べて子供や老人は「する」のではなく、
何もしなくてもただ「ある」だけなのです。
(この言い方は、実は「ゲド戦記」の中に出てきます・・・)
では役立たずなのか。
否。
ダグラスはお年寄りたちがとても好きなのです。
子供と老人は実はとても近いところにある。
本作は老人の存在意義をうたっていると言っても過言ではないくらいです。
その意味では、私、この年になって本作を読んだのは大きな収穫でした。


ところが、物語の後半、物語はどんどん重苦しくなり
ダグラスの試練の時がやってきます。
というのは、ダグラスは「生きる」ことを知りましたが、
それはつまり、「死ぬこと」をも知らなければならないということでした。
まずは親友が去り、「喪失」を経験するダグラスは、
その後本当の喪失である「死」の意味を目の当たりにすることになるのです。
あんなに輝いていた夏の日が、ただひたすらどんよりと重く暑苦しい日に変わる・・・。

一人の少年が、人生で最も大切なことを「理解」するひと夏。
素晴らしい物語です。


弟トムも同じ夏を過ごしながら、彼はダグラスについてこんなふうに言います。

「いろいろなことがあった、イヤな夏だった。
一番いいおはじきを失くしたり、キャッチャーミット盗まれたり、
大事なコレクションを変なものと交換してしまったり・・・」

と、トムのいう兄のイヤなできことはまだまだ続くのですが、
全くマトはずれなことばかりなんですね。
トムは兄と2歳違いくらいで、利口ではしっこい感じの子なのですが、
そこがまだ、大人の入り口にさし掛かったダグラスとは違うのです。
同じことを見聞きしているはずなのに、
ダグラスの苦悩の本当のところが何もわかっていない。
そういう対比にも、唸らされてしまいました。

図書館蔵書にて
「たんぽぽのお酒」レイ・ブラッドベリ 北山克彦訳 晶文社
満足度★★★★★