圧倒され、戦慄させられる、麻薬戦争の姿
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ザ・カルテル (下) (角川文庫) |
峯村 利哉 | |
KADOKAWA/角川書店 |
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捜査陣の中に、裏切り者がいる。
選び抜かれたメンバーの誰が?
密かに調査を進めたケラーは、驚愕の事実に対峙する。
そんな中、バレーラが次なる狙いと定めたシウダドフアレスでは、
対立する勢力が衝突し、狂気と混沌が街を支配していた。
家族が引き裂かれ、命と尊厳が蹂躙される。
この戦争は、誰のためのものなのか。
圧倒的な怒りの熱量で、読む者を容赦なく打ちのめす。
21世紀クライム・サーガの最高傑作。
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「ザ・カルテル」怒涛の下巻。
前作「犬の力」も相当強烈なストーリーだと思っていましたが、
本作を読むとそんなのはまだほんの前哨戦に過ぎなかったのだということがわかります。
ケラーが信頼を寄せていた捜査陣の中に裏切り者がいたことが発覚します。
どこまでも政治や警察等の中枢部に入り込んでいる麻薬カルテルの触手。
ケラーは思うのです。
以前は麻薬撲滅のために戦っていた。
麻薬で苦しむ人を無くしたいという純粋な思い。
しかし今はただひたすらアダン・バレーラを"狩る"ためだけに生きている・・・。
そのためには手段も選ばない覚悟で・・・。
ところが作中で混迷を深めてくるのは、そのアダンの思惑ではありません。
様々なカルテルの抗争が続く中、アダンと同盟関係にあるセータ隊が暴走し始める。
これはもう完全な軍隊なのですが、やりたい放題、狂気の殺戮軍団。
例えば自分たちのことを批判する記事を書くジャーナリストを惨殺。
あらゆる目立つ人物には無理やり金をにぎらせて味方につける。
拒めば即、死あるのみ。
また例えばバスに標的の人物が乗っていたとすれば、他の乗客も巻き込んで皆殺し。
女も子供も、実際に内通者であるのか、ないのかもお構いなし・・・。
悲惨な出来事の日常化に、打ちのめされてしまいます。
そんななか、ケラーとアダンの関係性に予想外の変化が・・・!
いよいよ佳境、セータ隊の本拠地に乗り込むシーンは本当にこちらまで緊張してしまいます。
前回にも書いたとおり、この物語は全くのフィクションというわけではなく、
メキシコで起こった事実を元にしているということに戦慄を禁じえません。
作中で私達が愛着を覚えた幾人かもやはり犠牲者になってしまうというところで、
より出来事を自分の身近に感じることもできました。
アダンも嫌いじゃなかったんだけどな・・・。
巻末の解説で村上貴史氏が、この麻薬戦争の概要を次のようにまとめています。
アメリカが麻薬を非合法とし、それとの戦争に大金を注ぎ込みながらも、
一方でアメリカは大金を支払って非合法な麻薬を購入し、
それを楽しんでいる姿が語られている。
麻薬との戦争に注ぎ込んだアメリカの金が、
メキシコの腐敗を増進させ、メキシコ国内の争いを加速させ、
麻薬商人だけでなく一般市民の命をも奪い、
麻薬の価格を高水準で安定させ、アメリカの武器商人を潤わせる。
様々な人物をリアルに描きつつ、このような構図をくっきりと浮かび上がらせる。
バイオレンス描写は決してダテではない。
なんとも圧倒される力を持った作品なのでした・・・。
「ザ・カルテル 下」ドン・ウィンズロウ 峯村利哉訳
満足度★★★★★