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問題の在処(19)

2009年02月11日 | 問題の在処
問題の在処(19)

 幸太が仲良くしてもらっている友達が、父の転勤で引っ越すそうだ。そのことで、転勤という理由も分からない彼は、とても悲しんでいた。その悲しみを軽減する術も分からずにいた。妻は、
「お手紙を書いて、返事をもらって今まで通り、交際しましょうね」と、言った。実現するかは、自分にも分らないが、そうなってくれれば良いという期待だけはもった。

 たまみと同棲していたが、彼女はぼくより一学年上でもあったので、先に卒業した。地元に就職先を決め、二人で住んでいた家も、ぼくの名義に知らない間に変え、ぼくはあと一年住み続けることが出来るようになった。

 最後の日に感傷的なものは、ふたりともなかったように思う。

「また、ちょくちょく来るね」という言葉もなければ、はっきりとした別れの言葉のやりとりも、そこにはなかった。ただ、朝にあった収集されるべきゴミが、気づくといつの間にか消えていたように、二人の関係もそこで終わった。彼女が、ぼくに残したものはいったい何だったのだろうか、とも考えた。ぼくの書いたものは、狭いながらも公にされ、それでいくらかの収入が保てていた。大学生として、生活する分には充分すぎるほどにあった。そこで、自分でなにかを始めるとしたら、それはとても少ない額だった。

 彼女には、不思議なルートがあり、ぼくの書いたものは、どうでもいいドラマになったりした。深夜の低俗なコマーシャルにまぎれた20分ほどの、誰のこころにも残らないものとして化けた。相手として、どんな存在がいたのかは知らないが、最近、たまみが持ってこないと電話がかかってきた。それから、ぼくは、不満の残るような代物を手に、あるビルに向かった。

「君が本人だったのか?」
 と、風采のあがらない男性が、ぼくに声をかけた。彼がぼくの書いたものを作りかえ、その代金の一部がたまみの手に入るらしかった。そこから、たまみは自分の労働に見合うお金を減らしていることもなかったらしい。それは、ぼくが手にした金額からも想像ができた。

「ついでだから、これをある所に持って行ってよ」彼は、またぼくにこの関係の継続を求めてきた。ぼくは、ある伝記でかなりの額のお金を手にしていたので、回数は減ってしまうでしょうと答えていた。「それは、困るな。考え直してよ」というのが彼の答えだった。自らのアイデアが枯渇してしまい、人の原案に化粧を施すような形で彼は生命を維持している人のようだった。ぼくは、自分もそうなることはないだろう、と無邪気に考え、直ぐには返事もしなかった。その返事のないことにも無頓着で、荷物を渡し、ある簡単な地図も手渡された。

 ぼくは、受取り扉を閉めようとした。彼の様子をうかがうと、ぼくの書いたものを封筒から出し、熱心な目つきにかわって、読み進めようとした。それには期待が籠められていた。ぼくの、最初の読者は彼だったのか、と不思議な気持ちになった。彼は、最初はたまみに興味があって始めたはずだが、いまは、ぼくのことも少しは認めていたのだろう。

 ぼくは、そのまま渡された地図の場所に向かって、歩いていた。ぼくの家とちょうど、真ん中ぐらいに位置していた。

 そこは、テレビ関係者が働く会社のようだった。次の深夜に放映される台本を彼らは待っていて、ぼくの数ヶ月前に書いたものが変身されていた。そこには、女優の卵みたいな子が面接を受けていた。ぼくは、それが終わるのを待たされ、面接している方に、台本を手渡した。

「彼は、仕事が遅くて困るな」とぼくをアシスタントとでも思ったのだろうか、吐き捨てるようにものを言った。

 面接された子と、一緒に部屋をでた。自分の魅力は、完全に理解している、という態度がその子にはあった。緊張感から解き放たれ、彼女はぼくに声をかけた。
「なんか書いている人なんですか? 凄いな」と溜め息に似たものが出た。ぼくは、その横顔を眺めた。

 幸太は、手紙を書いている。言葉のいくつかが、誰かに伝わることになっている。それは、受け手によってはダイレクトにも伝わるし、誤解も介入されるようになっている。もちろん、当人は知らないだろうが。
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