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問題の在処(20)

2009年02月15日 | 問題の在処
問題の在処(20)

 ぼくの財布の中には、先ほどの原稿料が入っていた。目の前には、ぼくの頭の中でこしらえた女性の姿の原型を、この地上で表してくれるであろう女優の卵がいた。

 二人とも多少の時間があった。ぼくは、夜にはまだ飲食店で働いており、それでもその時間にも早い時間だった。彼女も、話していると東京に出てきたばかりであまり友人が居ないらしく、当然の帰結として話し相手を求めていた。ぼくも、会話が好きなたまみの抜けた穴を誰かで埋める必要も感じていた。

 それで、ある喫茶店に入った。

 彼女の生い立ちのいくつかをきき、ぼくは人の生活を文章にして、今後も生計をたてるのだろうか、とぼんやりと考え始めた矢先でもあったので、熱心に聞いていた。

「それで、どんなお仕事をしているのですか?」
 と、彼女は自分のことを話し終え、儀礼として突然に思い立ったのだろうか、ぼくに尋ねた。

「ぼくは、まだ大学生ですよ」と本当のことを言った。その合間に夜はバイトをして、中途半端な筋書きを書いては、それを売っているとも言った。しかし、ある女性の伝記がぼくのいままでの最大の仕事とだけは言わない約束になっていた。
「将来の進みたい道は?」

「ある出版社に行くことに大体、決まっています。有名人の私生活を覗くような威張れる仕事じゃないと思うけど、なんかの足がかりにはなると思って・・・」と答えた。本当にそれを望んでいたかはともかくとして、そう口から出た瞬間に、ある種の預言のようにも自分には感じた。

 二人で店を出た。歩いていると自然にぼくのバイトをしている店の前になっていた。

「ここで夜中までバイトしているんです」
 開いていない扉を指差し、ぼくは彼女に告げた。なまえは明日香と彼女は教えてくれた。

「こんど、来ても良いですか?」と、彼女は、にこやかに言った。
「当然、歓迎します。」と念のため、定休日を知らせ、そのままそこで別れた。
 3年間、まじめに働いていたので、給料もそこそこ上がり、居心地も良かった。その当時の年齢として、適度な肉体的な疲労もあり、精神的にはまったくの充足とまではいかないが、やりがいもあって好きだった。

 明日香は、何日か経って店に来た。この前の仕事が決まり、そのことをぼくに告げたかった、と言った。その店はきれいな女性が、きれいに見られるように設計されていた。そのために店長は、投資をしていて間もなく回収も終えようとしていた。

 彼女は、ぼくが店をあとにするまで待ってくれた。喜びを共有してくれる人を求めていたのだろう、と過大な評価を自分に与えるのを拒否するかのようにぼくは彼女に接した。

 しかし、彼女はぼくの家まで着いてくることになっていた。ぼくの家は、もともとはたまみが借りていたものなので、家具もどこかに女性が選んだ形跡が残っていた。彼女は、そのことを目ざとく感じ、

「誰かと暮らしていたんですね」と質問のような口調ではなく、かといって同意をしてもらいたい素振りも見せずにいった。

「そうだったんだ。隠しても仕方ないけど、大学の一年先輩の人から譲り受けたものが多くて」と返答した。

 そこでキッチンに移動し、バイト先から貰ったコーヒーを丁寧にいれた。
 彼女は猫舌であるらしく、ゆっくりと飲んだ。きれいな女性のゴールは東京なのだろうかと、感慨をもちながらぼくはその横顔や華奢な指を眺めた。

 深夜になり、彼女が今度、出るドラマの何回か前のものが放送された。彼女は熱心に見ていた。その回も、それはぼくが原型を書いたものだった。たまみとの出会いをモチーフに、大学生の淡い恋らしきものが表現されている内容だった。なかなかだし、悪くない出来だった。彼女は、それを見て泣いていた。
コメント
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