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拒絶の歴史(30)

2009年12月31日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(30)

 妹が高校受験に受かり、これからの未来が決まった。彼女が選んだところは結局のところ、裕紀と同じ女子高だった。そのことを裕紀は、ぼく以上によろこび、彼女らは親しげにその報告を共有していた。

 ぼくは裕紀のアドバイスを受け、無難なセーターを妹に送った。それをどう評価したのかは分からないが、こっそりと試着をしているようだった。両親もともに喜んでおり、ぼくら二人がとりあえず高校生になったということで安堵しているようだった。彼らの役目のいくつかは、そこで終わっていたのだろう。

 上田先輩もぼくらの意に反して美術系の大学に進み、ぼくらは彼の引越し荷物をトラックに積み込み、代わりに一食分を手に入れた。彼の父は淋しいらしく、会社で見せる顔とは違い、終始泣きそうな表情をしていた。その愛情深さにぼくや手伝っている仲間は圧倒されている。

「試合があるときは戻ってくるからな」と期待をこめた言葉を残し、彼も去っていった。彼は、ぼくの幼馴染と交際しており、たびたびこちらに戻ることは予想できたが、たくさんの視線や熱意をぼくはラグビーを通して感じていた。彼らが成し遂げられないことは自分にも出来ないかもしれないが、また逆に可能性は無限のようにも思えた。その合間に勉強も手を抜かず、そこそこの成績を維持していた。一流の大学にはいけないかもしれないが、希望の大学は受け入れてくれそうな予感があった。それぐらいでよしとして、それ以上の情熱は一先ずはスポーツにとっておいた。

 裕紀との関係でも、将来のことがさまざまな形をとって口にのぼりはじめる。成長が次の段階や別れを示唆するならば、それは仕方がないことだとぼくは少し考え始めている。もちろん、そんなことがあれば辛いだろうが、壊れないコップがないように、自然の風向きというものをいたく感じた。口では彼女は淋しいといっては否定するが、海外の大学にいくことも彼女の未来のひとつの選択肢にはあるようだった。ぼくは、話が複雑になると、あとはなるようになるだろう、と責任を回避した。

 ぼくの頭の一方に眠り続ける河口という女性は忘れた頃にぼくの目の前に表れた。実際に表れないとしても、美容室のまえでにっこりと笑う表情で、髪型がいくらか変わるタイミングでそこにいた。ぼくは、こころの中でそれを期待していたのだろう。その前を通るときはゆっくりと歩いた。年齢の差というものは依然としてあったが、前ほどには考えなくもなっていた。ぼくはチームを引っ張ることで自然とちょっとずつだが大人に変化していったのだろう。

 だが、頭の中にそうして潜み続けさせることによって、後で手に負えないほど巨大化していってしまうことは簡単に予想ができたが、もう種はとっくの昔に蒔かれてしまっていたのだろう。それは、とても危険なことだった。だが、その種を掘り返すことも、もっと成長した何かを伐採することもできなかったし、自分はしなかった。

 その頃の彼女はぼくのことをどう考えていたのだろう。最後まで聞くことは出来なかったが、島本さんが占めている愛情の数パーセントでも、ぼくは奪いたいと考えていたのかもしれない。それは、難しいことだったのだろうか。それとも容易なことだったのだろうか。誰に分かるわけでもないが、誰かに聞きたかったし、その誰かを当然のこと見つけることも出来なかった。

 その頃には、ぼくにも世間の目というものが出来つつあった。ぼくは、スポーツに秀でて、ラグビー部を引っ張り、ひとりの女性を大切に守っているという形のない偶像がひとり歩きしていた。だが、実際は自己中心的であり、手に入れられない女性に憧れており、いくらか隠された野心ももっていた。その危険を何人かは知っており、誰かが監視していたかもしれない。後輩の山下は、ぼくが河口さんに対して示す愛情の萌芽を察知していた。おそらく、危険な沼にぼくが足を踏み入れているかもしれないと考えていたのだろう。図体のおおきな身体をしながら、繊細な一面も彼は兼ね備えていた。そのことで、彼を避けまたそのことでぼくは彼を手なずけようとしていたのかもしれない。自分のことをいささか悪く考えすぎているのだろうが、ぼくの内面にはそのような部分もあった。ラグビーで汗をかき発散させているときは忘れたが、ひとりになると自分自身を見つめすぎた。しかし、そうしながらもぼくは裕紀の身体も求めていたのだろう。彼女は、いつも従順であった。恐すぎるぐらいに従順であった。

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