爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
http://snobsnob.exblog.jp/
へ変更

繁栄の外で(58)

2014年06月28日 | 繁栄の外で
繁栄の外で(58)

 ぼくは、38になっている。8月から前に関連した職場にかわった。前にいたときから電話で問い合わせたりしていた同僚は、ぼくが移る新しい職場のことを「すごく忙しいよ。かわいそうに」と言った。その言葉どおり終電で帰ることも少なくなかった。翌朝は、眠気を振り払うのに大変だった。終電でも遅いと思ったが、たまには夜中でタクシーを使って帰らないことに、上司は冷たい視線を送ってよこした。

 しかし、そこに入って今でも付き合っている仲間が出来たことは幸運だったのだろう。趣向を変えて以下は、そのことをエッセー風に書いてみることにする。そうしないことには、リアルすぎて生臭くなってしまうかもしれないから。

『同期に入社した仲間が、その後自然と親しくなっていった。

 心細い状況の仲間にとって、直ぐに悩みや心配事をはなせる人もあたりを見廻してもいなかった。口に出しては言わないが、お互いずっと仲良くいようぜ、と瞬時に思っていたのも隠れた本音だろう。

 休憩時間にコーヒーをともに飲んだり、勤務が終わったあとにも二人で話しをすることがあった。そのような時間があれば、仕事以外のことを話すのも当然の流れだろう。そうすることによって、趣味が近いことが分かったりする。

 緊密になるきっかけの一つとして、二人とも旅行や散策とデジカメが好きだったことが挙げられるだろう。

 どちらからともなく誘い、休日にはカメラ片手に旅先を歩いている。ふたりとも契約関連を扱っている部署にいたので思考自体が、そうなってしまったのだろう。簡単な見積もりを提示し、不自然な部分は妥協がないように交渉し、やっと双方の同意が得られれば判子を押すように、次の旅先が決められていく。

 そのようにして、メールで行き先や費用などをやりとりし、スケジュールが合えば、一緒に旅をした。ぼくも計画を立てることが好きだったが、彼のプラン作りにも抜かりがなかった。こうして同年代で趣味も同じならば、より休日が快適なものに近付いていく。

 二人ともブログを開設していて、似たような、またちょっとニュアンスが違う写真をお互いがアップする。それについて、住んでいる距離は離れていてもコメントを通じて、親しさが増していった。

 時間が過ぎ、いまは、それぞれ違う会社に立場を置いているが、友人がひとり増えた事実は間違いないことであろう。大人になって、そういう関係をいちから作り上げることは思ったより難しいものになるのだ。

 いずれ、もっと遠くまで旅をしような、という約束もしたが、それは、なかなかスケジュールも合わず一緒には果たしていない。

 それでも、互いのブログを見ては、彼のひとり旅の楽しさを追体験したりすることもできている。

 沖縄の青い空、韓国の世界遺産。タイの屋台や、出張先である京都の紅葉などは、友人のブログを通じ、身近なものになっていった。

 それを見て、まだまだ知らない景色は多く存在するという事実にも唖然とする。
 
 彼が、ぼくのブログを見て、どう思っているかは問いただしたことはないが、彼のカメラの腕前が徐々に上がっているのを確認しているように、ぼくの文章も多少ましなものに成長出来ていたらと、評価を期待していたりする。

 またメールでスケジュールをやりとりし、一緒に旅をしたいものだと思う。

 ブログが、あれば再び会った時に、近況を言い合う手間が省けることは、知らない間にメリットであることにも気づいてきた。

 インターネット上でのやり取りは面と向かって話し合うほどには密なものではないかもしれないが、いまのところ、忙しい二人にとっては代替案としての成功は守られている。

 その反面、旅を通して、おなじようなハプニングを共有したいという気持ちも捨てきれないでいる。

 いつか、少しだけ自由な時間が与えられれば、遠くまで旅をするという約束を果たしたい。お互い、家族ができてしまえば、青かったころにした約束などは、忘れてしまったり過去に置いてきてしまうようにもなってしまうかもしれないだろうから。』

 このような内容で美しく書きすぎたきらいがあるが、友人がひとりできた。彼は、目的をもって生活してきたらしく、資格を生かせるような仕事にかわってしまった。ぼくも、その後、自分にとってより重要になってしまった旅行のため、その職場をあとにした。そもそもの計画通りにことは運んでいた。

 辞めるときには、盛大に祝ってもらった。皆から、あんなに引き止められるとは思ってもいなかったが、それは自分に対する評価としてはうれしいものだった。もらった有給を使い果たしてから、次に行く職場も決まっていた。もう自分がどれくらいの能力があり、どれだけが限界点であるかを知ってしまったのかもしれない。そう考えると、成長という時期はとっくに過ぎ、あとは下降しないことを祈るばかりになっていた。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿