goo blog サービス終了のお知らせ 

爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
http://snobsnob.exblog.jp/
へ変更

最後の火花 37

2015年03月16日 | 最後の火花
最後の火花 37

 ぼくと山形さんは川原で釣り糸を垂れている。浅瀬ではもっと原始的な筒状の網を放り込み、いったん入り込んだら抜け出せない仕組みを利用したものに魚がかかるのを待っていた。

 竿先は揺れなかった。時間の経過もまったく気にしないでぼんやりと川面を吹き抜ける静かな風を感じていた。草の匂いは濃厚だった。生命の放出をまったくためらっていなかった。その後、山形さんは小さな魚を二匹だけ釣った。あまりにも小さい方はまた川のなかに離すと、身体を左右にきれいに動かしながら、あっという間に逃げて見えなくなってしまった。魚は学習するのかと考えている。しかし、目の前に餌があれば注意を忘れてしまうだろうことは予測できた。だが、ぼくの餌の周囲には学習済みの魚のみがいるようだった。

「ダメだな。あれ、あげてこいよ」

 と山形さんは仕掛けのある方を指差してから言った。ぼくは期待をしながら糸を引っ張る。なかは重かった。

「入ってるよ」
「いっぱいか?」
「うん」

 山形さんも竿を置き、こちらに近付いてきた。
「入ってるな」山形さんが腰辺りまで持ち上げると、水が勢いよく出た。「うなぎもいて、ナマズもいる」

 小さな魚もかなりいたが、水といっしょに川原に落ちてしまったものもあった。網には破れ目があった。ぼくはそれらをすくい取り、川のなかに放り投げた。
「ナマズって食べられるの?」
「食べられないこともないけど、地震を予知するっていうぐらいだから賢いんだろうな。飼ってみようっか?」

 山形さんは持ち帰り用の袋に移した。その際に、小魚がナマズの口からでてきて驚くことになった。
「でてきた!」
「消化されてないみたいだな」といいながらも手慣れた様子で、ウナギもナマズも袋におさまった。

 ぼくも片方の取っ手をもち、ゆっくりとふたりで歩きながら運んだ。水の量は少なかったがそれでも重かった。ウナギは今晩の夕飯に出るだろう。ナマズは水槽に移される。あの顔は美しいとはいえないが、味があるともいえた。観察の楽しみを想像する。

「むかし、さっきの小魚のように大きな魚に呑み込まれた男性がいた」
「ウソだ。無理だよ」
「無理と言ったら、その話が成立しなくなる。つづきがあるからな」
「直ぐ吐き出されるんでしょう?」

「違うな、しばらくだ。ある使命に背いて船で逃げてしまう男性だった。だが、他の船員にばれてしまい、海に落とされる。使命は使命だ。まだ、有効だから助けられて、数日間、魚のなかにいた」
「気持ち悪いな」

「そうだろうな。何日か経って、吐き出される。それで、あきらめて逃げてきた仕事を果たそうとする」
「どんな仕事?」
「悪いことをやめなさいと隅々まで触れ回ること。彼は、きちんと任務を果たす」

「最初から、やればいいのに」ぼくは自分の身勝手さも忘れ、正論を放つ。
「性格はそれぞれだからな。でも、勤勉に働けば働くほど、自分がうそつきの側に廻ってしまうおそれもあった」
「むずかしいね」ぼくにはそれがどういうことだか、まったく分からなかった。「働くって、いちばん、正直さが大事なんでしょう?」
「その通り」

「どうして、うそつきになるの?」
「悪いことをしているひとが大勢いるので、ここを滅ぼすと告げ廻っているんだ」
「自分で?」

「告げるのだけで、滅ぼすのは別の方」
「いやな役目だね」
「そうだな。だけど、彼は勤勉だって言っただろう。みんな、悪いことを止める」
「すると、どうなるの?」

「町を滅ぼすという指令は撤回されてしまう」
「それでいいのに」
「だが、人間には面子というものがあって、最初の約束をしまい込むにはなかなかむずかしいんだ。彼はふて腐れる。あなたは最初からあの町を滅ぼすことなんか望んでいなかったんでしょう? とな。徒労に終わった自分のためにふて腐れる」
「うん。気持ちは分かるね」

「彼は日陰で休む。燃え尽きたんだろうな。だが、その日陰を作ってくれた植物を枯らしてしまう」
「どうして?」
「彼にものの大事さ、道理を教えるためだよ。こんな小さなものを惜しむなら、ひとの命はもっと大切だろう、とね」

 ぼくは黙る。約束を果たそうとして、自分の遊びですっかり忘れてしまう場面に直面したことを。やろうと思っていたのも確かであり、ごまかそうとする気持ちも同じぐらいに大きかった。だが、結果だけを見て注意される。結果は苦しいほど大切なものだった。今日、釣れた魚の数字。この重さ。夕飯になるもの。

「理解した?」
「どうだろう。結末はオレも知らないんだ」
「気持ち悪いね」
「すんなり終わることもなかなかないんだぞ。ほら、もういいよ。ひとりでもつよ。竿だけ頼む」

 ぼくは二本の釣竿をもった。ぼくと山形さんの背丈のように竿も長短があった。竹の節が手にしっくりと馴染む。たくさん釣れるのも運ならば、引っ掛からないことも運だった。だが、ぼくは山形さんと川にいることが好きだった。魚たちはその楽しい時間を彩る副産物に過ぎない。ぼくは電気を発する魚たちがいることを昨日知った。そのナマズが違うことを願っている。腹のなかの魚はショック死をしたのかもしれない。電気による痺れ。しかし、こころのどこかで感電してみたいとも思った。ぼくは教えてもらえなかったことにふて腐れるかもしれない。だが、ぼくは甘えのなかに存在している。慰められることも期待している。母の胎内にいることの象徴なのかと、さっきの話を反芻していた。出てからの指令も期待して。