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爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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雑貨生活(11)

2014年11月23日 | 雑貨生活
雑貨生活(11)

 書き初めというものを思い出している。手の外側が汚れる。あの姿が頑張りだった。

 同時に筆という文字がつかわれる最初の経験も思い出している。筆には是認も抵抗もできない。ただ名称を受け入れる。自分の名前もそうだった。抗議はできないのだ。

 同じ顔がないように、自分の名前も同じ字画のひととは会わなかった。「ジョン・スミス」という名前があるらしい。「山田太郎」のような不特定で匿名性を与えるものとして。例題。太郎と花子は買い物をして、のこりのお釣りと買ったもののりんごとみかんの数を調査される。

 はじめるのもむずかしく、途中からの再開もなかなか困難だった。ぼくの頭は寄り道を理由づけられている。フェリーニならその過程を映画にできるのだろうが、物語という根幹を離れられない自分には受け入れられない内容だった。斬新さをおそれている。

 つづきが思い浮かばない。ひとは困ると空中をぼんやりと眺める。視線がただよっている。見たい対象もない。取り敢えず意味もなく冷蔵庫を開ける。CDが終わってしまったので盤を変える。音符の数と、文字の数と、その組み合わせを考えてみる。考えて、もし、答えが出たとしても、さらにつづきが生まれるわけでもない。タバコでも吸えるひとは、ここで一服という瞬間だろうか。すると、電話が鳴った。ぼくはそこにあるのを忘れていた。リモコンで音楽の音量を落とし、受話器を取った。

 間違い電話だった。また音量を上げる。劇的な変化など世の中には一切ないようにも思えてきた。

 にわとりならば、じっと座っているだけで卵が産まれるような気もする。卵というぼくの作品を数種類の料理として誰かが加工してくれる。

 家のチャイムが鳴る。新聞の勧誘だった。サービスの条件を提示する。集中できないことを言い訳にする環境をみなが作り上げているようだった。机に向かう。また、空中を飛翔する我が目であった。ドリブルが下手なサッカー選手。潔癖症なラグビー選手。スクラムもできない。シャイな関取。一枚、覆うものを常に欲しがる。文字を操れない自分。すすめたい。一ヤードでも遠くに。

 紫外線をおそれるゴルファー。対人恐怖症のテニス選手。手のふるえが止まらない画家。仕事は我慢の連続なのだ。

 夕方になり、夜になる。豆腐屋の到来を告げる音がして、学校のチャイムも終わる。こういう無為な一日もあるのだろう。彼女がやがて帰ってくる。ぼくは風呂場を掃除する。毛というのは、いったん身体から離れると気味の悪い代物だった。

 彼女が帰ってきた。料理をはじめる。手際がいい。ふたりでだらしない格好で寝そべり、ドラマのつづきを見る。

 主人公は意外なことに若い活発そうな女性に惚れられて、誘われるままに外で会っている。何をしていたか問われてウソの捻出が苦手であることを暴かれる。あたふたして、追求されるまま白状してしまう。

「これも、やばいね」ぼくだと思っているひとが複数いるのだ。
「なにが?」
「みな作り物を、作り物と思わないひともいるからね」
「あなた、あんなことしないじゃない。してるの?」
「まさか」

 ぼくは契約というものを大事にする性質なのだ。自由契約になってから次を求める。次のトレード先を事前調査して確約してから、前の契約にケリをつけるひともいる。いろいろだ。

「どうだった?」
「楽しいね。これなら反響もいいんだろうな」
「そうみたいだね」

 評判がよければうれしいものだ。褒め言葉がひとを動かす原動力として有効な働きをする。貶されてよろこぶひとも稀にいる。負をエネルギーに変換させるときこそ力を発揮するひと。いろいろだ。

 ぼくはグラスやコーヒー茶碗を洗う。彼女は手に入念にクリームを塗っていた。眉も心細げだ。一日を終えるときにいっしょにいるひと。ぼくは一日、ウソをつかなかった。

 電気を消す。ぼくの周辺にインスピレーションの泉があるようにも思う。それは彼女のものかもしれない。

 ぼくは大工のような職業をイメージする。道具も揃っている。どれも、使い慣れたものだ。木材もあり、釘も瓦も用意されている。準備は整い、あとは作業手順通りに動けばいいのだ。創造性も感じられる。達成感もある。高揚も味方になり、ひとに使われるうっとうしさもない。ぼくは眠ろうとしていた。となりの女性はすでに入口から出口に向かう数時間のうちにいるようだった。トンネルの中。明日も生きているという確証もないのに、みなが簡単に眠った。

 あっという間に翌朝になっている。夢も見なかった。彼女は仕度をしている。目の周りも手がかかっている。ぼくは急に思い立って、キッチン・タイマーを三分にセットして歯をみがきはじめた。歯のみがきかたを完成させなければならない。しかし一度、達成したら終わりというものでもない。毎日、毎日、一日数回、くり返すものなのだ。アラームがなる。口をすすぐ。ひとが不快にならないようマナーにも気を付ける。だが、今日も誰かと会う約束はない。鉛筆でも削ってこころの準備をしたいが、その作業もいらない。中空を見る。ヒントが欲しい。若い子に誘われる運命を考える。完全なアリバイを検討する。ウソには、均衡をはからすためか、いつもと違う要素がまぎれこんでしまうのだろう。挙動によってばれてしまう。ばれて困らないこともあるだろうが、多くはのちのち損害を、代償を払うはめになるのだ。