(64)
みどりとの交際を通じて、確実にぼくの体内に残ったものは、サッカーを見ることだった。もちろん、それだけではなく、多数の影響を受けるのは当然であるが、いまでも見続けているので、最前列に置いても問題はないだろう。
アメリカで行われるワールド・カップの予選は引き続き行われていた。Jリーグの熱狂とともに、そちらの応援も加熱していた。応援されるだけの魅力がそのチームにはあった。
アジアには2つの出場する枠が用意されていた。Jリーグの一部に入っていないチームから選ばれたフォワードの活躍もあり、その後、北朝鮮と宿敵の韓国にも勝ち、予選のトップに立った。誰もが期待をもたないでいることは不可能だったろう。とにかく、あと一勝までもちこんだのである。目の前には、自力で念願のワールド・カップへの出場だ。
季節は秋である。
みどりとはたまに連絡を取り合っている。自分から電話をかけたりすることはまれだが、共通の友人もいるので、互いが同席することもあった。憎み合って交際を終えたわけでもないので、顔を合わすことも不快だとは思わないが、話しあえることや許せるこころの範囲を自分で設け、それを飛び越えてしまうことは必要以上に避けた。彼女がどう思っているかは分からなかったが。
ある友人とお酒を飲んでいるときに、仕事を終えたみどりがいつものように大きめの取材バックを抱え、そこに入って来た。そのことを知らされていない自分は驚いた。彼女は、ぼくがいることを知っているらしくいつものように微笑んだ。その友人はぼくとみどりが大きな喧嘩でもして別れて、それで修復も可能か判断しかねている様子で、ぼくらを会わせたがっていたらしかった。しかし、ぼくの一方的な気持ちの変化であることに気付くと、ぼくをなじった。それでも、みどりは同調せず、お互い大人なのだし、これからも別れをたくさん経験すると思うけど、これはそのはじめなのだとも言った。それを聞いて、ぼくは返す言葉もなかった。
友人は酔い潰れ、ぼくとみどりは彼をタクシーに詰め込み、目的地を運転手に告げ、閉まるドアを見送った。それから、久しぶりに秋の涼しげな夜を二人で歩いた。
「みんなに心配させてしまっているね」と彼女は小声で言った。
「そうだね、いろいろごめん」
「別にあやまることないよ。きちんと誠意をもって対応してもらって不満もないよ」
だが、そう言われれば言われるほど自分のこころは痛んだ。地下鉄の駅に着き、彼女は反対側のホームに向かおうとしている。その時に、今度サッカーの取材でドーハに行くことになった、と言った。彼女の待ち望んでいたことの一つが叶いそうなことに、当然のごとくぼくも喜んだ。なんの心配もなく、もう出場は確かだよね、とぼくは宣誓した。彼女も60%ぐらいはそのことに同意したが、あとの残りは油断ということへの不注意さを自分の生活にように心配もした。
駅のホームの反対側に彼女の姿があらわれ、人込みにまぎれてそのまま消えた。その瞬間、なぜか自分は喪失感に包まれた。このときに、きちんと自分は別れてしまったんだな、と実感したのだろう。
ぼくも次にくる電車を待った。直きに轟音とともにあらわれ、多くの客を吐き出し、あらたに自分をのせて出発した。車内でもサッカーの話題をしているサラリーマンたちがいた。ちょっとした人に与える希望の効能のようなものを自分は感じた。となりの車両に空いている席があったので、ぼくは移動し座席に座った。みどりが働いている出版社のサッカーの雑誌を読んでいる若者がとなりにいた。見るともなく見るが、きっとみどりが関わった記事も載っていることだろう。うとうとしかけたが最寄り駅に到着し、階段をのぼり、ひんやりとした外気に触れ、ここちよさを実感し、少しだけのどの渇きを覚えたので缶コーヒーを買い、それを飲みながら歩いた。
家につき、服を脱いだ。電話をおおく要求する由紀ちゃんに合わせ、遅い時間だが彼女の家にかけた。寛いでいる時間のせいか、いつもより低めの声だった。会社を出てからのことを話したが、みどりのことには当然のように触れなかった、友人が見事に酔い潰れたことだけを告げ、あとは彼女の話に聞き入った。それをしながらも、頭の片隅には、あと一勝でワールド・カップに行けるのだ、ということがこだまのように響いていた。
みどりとの交際を通じて、確実にぼくの体内に残ったものは、サッカーを見ることだった。もちろん、それだけではなく、多数の影響を受けるのは当然であるが、いまでも見続けているので、最前列に置いても問題はないだろう。
アメリカで行われるワールド・カップの予選は引き続き行われていた。Jリーグの熱狂とともに、そちらの応援も加熱していた。応援されるだけの魅力がそのチームにはあった。
アジアには2つの出場する枠が用意されていた。Jリーグの一部に入っていないチームから選ばれたフォワードの活躍もあり、その後、北朝鮮と宿敵の韓国にも勝ち、予選のトップに立った。誰もが期待をもたないでいることは不可能だったろう。とにかく、あと一勝までもちこんだのである。目の前には、自力で念願のワールド・カップへの出場だ。
季節は秋である。
みどりとはたまに連絡を取り合っている。自分から電話をかけたりすることはまれだが、共通の友人もいるので、互いが同席することもあった。憎み合って交際を終えたわけでもないので、顔を合わすことも不快だとは思わないが、話しあえることや許せるこころの範囲を自分で設け、それを飛び越えてしまうことは必要以上に避けた。彼女がどう思っているかは分からなかったが。
ある友人とお酒を飲んでいるときに、仕事を終えたみどりがいつものように大きめの取材バックを抱え、そこに入って来た。そのことを知らされていない自分は驚いた。彼女は、ぼくがいることを知っているらしくいつものように微笑んだ。その友人はぼくとみどりが大きな喧嘩でもして別れて、それで修復も可能か判断しかねている様子で、ぼくらを会わせたがっていたらしかった。しかし、ぼくの一方的な気持ちの変化であることに気付くと、ぼくをなじった。それでも、みどりは同調せず、お互い大人なのだし、これからも別れをたくさん経験すると思うけど、これはそのはじめなのだとも言った。それを聞いて、ぼくは返す言葉もなかった。
友人は酔い潰れ、ぼくとみどりは彼をタクシーに詰め込み、目的地を運転手に告げ、閉まるドアを見送った。それから、久しぶりに秋の涼しげな夜を二人で歩いた。
「みんなに心配させてしまっているね」と彼女は小声で言った。
「そうだね、いろいろごめん」
「別にあやまることないよ。きちんと誠意をもって対応してもらって不満もないよ」
だが、そう言われれば言われるほど自分のこころは痛んだ。地下鉄の駅に着き、彼女は反対側のホームに向かおうとしている。その時に、今度サッカーの取材でドーハに行くことになった、と言った。彼女の待ち望んでいたことの一つが叶いそうなことに、当然のごとくぼくも喜んだ。なんの心配もなく、もう出場は確かだよね、とぼくは宣誓した。彼女も60%ぐらいはそのことに同意したが、あとの残りは油断ということへの不注意さを自分の生活にように心配もした。
駅のホームの反対側に彼女の姿があらわれ、人込みにまぎれてそのまま消えた。その瞬間、なぜか自分は喪失感に包まれた。このときに、きちんと自分は別れてしまったんだな、と実感したのだろう。
ぼくも次にくる電車を待った。直きに轟音とともにあらわれ、多くの客を吐き出し、あらたに自分をのせて出発した。車内でもサッカーの話題をしているサラリーマンたちがいた。ちょっとした人に与える希望の効能のようなものを自分は感じた。となりの車両に空いている席があったので、ぼくは移動し座席に座った。みどりが働いている出版社のサッカーの雑誌を読んでいる若者がとなりにいた。見るともなく見るが、きっとみどりが関わった記事も載っていることだろう。うとうとしかけたが最寄り駅に到着し、階段をのぼり、ひんやりとした外気に触れ、ここちよさを実感し、少しだけのどの渇きを覚えたので缶コーヒーを買い、それを飲みながら歩いた。
家につき、服を脱いだ。電話をおおく要求する由紀ちゃんに合わせ、遅い時間だが彼女の家にかけた。寛いでいる時間のせいか、いつもより低めの声だった。会社を出てからのことを話したが、みどりのことには当然のように触れなかった、友人が見事に酔い潰れたことだけを告げ、あとは彼女の話に聞き入った。それをしながらも、頭の片隅には、あと一勝でワールド・カップに行けるのだ、ということがこだまのように響いていた。