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爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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拒絶の歴史(7)

2009年09月19日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(7)

 秋の心地よく晴れた一日だった。何回も腕時計をみて、待ち合わせの時間に遅れないように支度をした。財布には高校に通うときの定期が入っており、父親からもらった映画のチケットもなかにあった。玄関で靴のひもを結んでいると扉がひらき、父親が数本のゴルフのクラブを手にして、家の中に入りたそうにしていたので、立ち上がった。父はなにか言いたそうな顔をしていたが、結局はなにも言わなかった。

 歩き出すと、しばしば脱走する隣の家の犬が、ぼくに近づいてきたので、頭を撫でた。そうしてもらうと満足したように自分の家に戻っていった。ぼくが幼少のころから飼われていたので、ぼくの写真のなかにもその犬の成長がときには混ざって写っていた。

 3駅ほど電車に乗ると、小さな繁華街にでた。そこに若い子達が待ち合わせのために使う場所があり、ぼくらも電話で確認したようにそこで逢うことになった。そのような場所なので人目につくことも気になったが、今日は知り合いの顔は見えなかった。すこし立って待っていると、裕紀という名前の智美の同級生が向こうから歩いてきた。黄色いワンピースのようなものを着ていて、その上からセーターを羽織っていた。その色柄からか彼女の周りだけ、ぼくにだけ見える特別な光線のようなものを感じていた。

 映画がはじまるまでには時間があったので、ファーストフードの店に入り、飲み物だけを頼んだ。彼女を目の前にして、ぼくは少し緊張していたかもしれない。彼女は育ちの良さそうな雰囲気があり、ゆっくりとした話し方をした。それを見ていると自然に自分もいつもどおりの自分に戻った。ぼくは、ラグビーのはなしをして、先輩の愉快なエピソードをいくつか並び上げた。彼女は、それを聞いて笑ってくれた。あまり内面を出さないタイプのように思っていたが、笑うと人懐っこい顔に変わった。

 彼女は、学校のことを話し、友人たちへの愛と評価をいくつか並べ、家族のことを簡単に教えてくれた。父親は製薬関係の仕事をしており、子供たちにも化学の勉強をさせたがっているようだが、自分では本を読んだり、歴史を学んだりすることの方が楽しいと言った。ぼくは、いくつかの質問を挟み、その答えにうなずいたり、納得したりした。

 時間が来たので、映画館に入り座席にすわった。あれは、「愛と哀しみの果て」という長い映画だったように思う。文化的に背伸びをしたかった自分だが、ぼくはいささか飽きてしまっていた。横では、彼女は静かにハンカチで目の辺りを拭いていた。

 また、外に出た。いくらか日は沈みかけ温度も下がり始めていた。運動日和の一日だったなと思って、身体を動かしたい衝動にかられたが、背伸びをする程度でおさめていた。

「どうだった? むずかしい映画に誘ったみたいで悪かったかな」とぼくは言った。
「そんなことなかったよ。とても、感動的だった」と彼女は、一切のうそがない声でそう言った。ぼくは、単純に男女の差のことだけを考えていた。物事の捉え方が、まったく違うのだろう。

 座っているだけだったのに、いつも以上にお腹が空き、近くにあったピザ屋に入った。焼かれたばかりのカットされた数枚を皿にのせ、ジュースを飲みながらぼくらは段々と打ち解けていくようになる。よくよく考えると、ぼくはデートらしいデートをしたことがなかったことを知る。それまでは知らない者同士が意思を通わせ、共通点を見つけようとする作業なのだろう。彼女はおいしそうにピザを食べていた。ぼくも、何枚でも食べる自信があったが、そこそこにして止めておいた。それよりも話が弾み、彼女のこれまで過ごしてきたアウトラインがぼんやりと分かってきたことが楽しかった。

 その店をでてから、ぼくらはデパートで洋服を一緒に見て、CD屋で何点かの音楽の好悪を話し合った。横には小さなキーボードが置いてあり、彼女はそれを手馴れた様子で弾きはじめた。

「どう、うまいでしょう?」と彼女は言ったが、それは特技の範疇を越えているように思えた。

 あまり最初から遅くなっても悪いので、ぼくらはそれぞれの家に帰ることにした。小さな町なのでそれほど遠くもないことから彼女の家まで送ることにした。直ぐにそこに着いてしまい別れ際にぼくは、
「今度、強豪校とラグビーの試合をするんだ。負けたくないので、見に来てくれる?」と誘ってみた。

「うん。行くよ」と言って家に向かって歩いていった。そこは大きな建物であるのは間違いがないようだった。しかし、自分はそれを見て、ささやかな自分の家と小うるさい家族を、本当は愛しているのだろう、と感付くことになる。

 駅まで運動の不足を解消するように走った。そうしていると、自転車に乗っている同級生と偶然すれちがった。

「こんな場所でなにしてるの?」と訊かれた。
「知り合いのところまで行ってきた」とそれ以上質問されないようにまた走り出した。