当人相応の要求(18)
例えば、こうである。
立体的なものを、立体的に写す試み。また、立体的なものを平面というキャンバスに、移動させる技術ある人。
そもそもの絵画のはじめは、どういうものだろう。ある日、過去の技術ある人が描いた、色彩豊かな絵が暗い洞窟の中で発見される。無記名だが、真贋を詳しく調べないで、その長年たっても、人間は記録したいという事実に圧倒される。そして、年月はずいぶんと経ち、数名のこの暗い洞窟のような鬱々とした世の中に、絵画という光を残してくれた人。指先のバランス。
カジミール・セヴェリーノヴィチ・マレーヴィチ。1878年のウクライナに生まれたとされる。調べると、別々の言語で、読み、書き、生活するということになっている。そのことが与える影響。一つの言語で、まったく不自由のない生活を送る彼には分からない。ただ、いくつかの分裂的な症状が、体系的に将来訪れそうな予感は残る。
その人が描く人間。丸味がないようでいて、それにも関わらずふっくらして、機械的にも見えるが、そのために別の面から覗くと、なによりも動物としての人間のようにも見える。
カラフルな色彩の時代もある。実際に、その画家が住んでいる地域の人がどのような色合いの服を着ていたかは、彼は知らない。だが、本物の農民は、そんな色の洋服を着ない感じもするが、しかし、残されたものとして、絵を確認すると、それ以外の地味な絵の具ではなく、その画家が使った黄色い色でしか、内部も外部もある瞬間の人間を表現できない気がしてくる。
その画家は、変貌を遂げる。まったくのピカソ的な意味合いで。もちろん、ピカソほど、変貌することを評価されることも、一般的な名声を得る(デパートでの単独の展覧会などないという意味で)こともなく。しかし、この物語の彼には、それだからこそなのだろうか、素晴らしい画家というのは、こころを開いている限り見つけられるのだ、という事実にひきつけられる。具象とか、抽象とか、専門的な判断は、一切抜きにして。
首の長い人間を描く画家。さらに、アーモンド形の瞳のない眼。アメデオ・モディリアーニ。モンパルナスという地名のイメージ。創作に励んだ形跡ではなく、日常のごたごたの積み重ねの記録の結果としての芸術作品。
1884年生まれ。絵という芸術の最盛期。写真前なのだろうか。その画家の描く人間の形は、最高な形でバランスが取れているように彼は思う。現実の人間は、そんなにひょろ長い首を有しているわけでもなく、どこを見ているか分からない瞳を外界に向けるわけでもないが。しかし、彼は、その画家の絵の前で、立ち止まる。なんて、人間が分かっている人なのだろう、という感激を足掛かりにして、その場から立ち去れ難くなる。深みのある色合いの背景だけでも、名作であるという動かぬ事実に感激する。現世に土台を築かない人のように、1920年に36という若さで没する。
もう一人。モーリス・ユトリロという人。1883年。将来の自分の一生をコントロールできる力を与えられていない人のように、この世に送り込まれる。実際のパリの、それも裏町がどのような風景か、日本に生まれている彼は知らない。だが、彼が思うに実際のパリは、ユトリロが描いたような寂れた白色であってほしいように思う。現実は動かせないことは身にしみて感じているにしても。時代は、機能的な建物を、無暗に生み出そうと働き続けているとしても。
アルコールという活力(たくましい人から見れば現実逃避だろうが、そんな人々は、そもそも絵画の前で立ち止まるだろうか)と引き換えに、身の回りの景色を描く。その街並みを愛しているのか、愛想を尽かしているのかは知らない。ただ、何より、その街に縛られているようなことだけは理解できる。その画家が、いなかったらモンマルトルという町は、どのような印象を人々のこころに残すことになったのだろう。そして、訪れることもないであろう小さな教会に思い入れをもって眺めることになったのだろう。架空の街のような風景を描いた、幸いの少なそうな画家は、この地上の街並みを描くことが1955年に出来なくなる。残してくれたものは偉大という言葉が似合わないが、真実味ということでは、偉大すぎる。
付け足しのように1898年に佐伯祐三という画家は大阪に生まれる。だが、その画家も本領を発揮するのは、パリという町を描いたことによって。30歳という若さで亡くなるまでに、そもそも活動時期が短いというハンディキャップを抜きにしても、本物より郷愁を感じさせる街並みを残す。
例えば、こうである。
立体的なものを、立体的に写す試み。また、立体的なものを平面というキャンバスに、移動させる技術ある人。
そもそもの絵画のはじめは、どういうものだろう。ある日、過去の技術ある人が描いた、色彩豊かな絵が暗い洞窟の中で発見される。無記名だが、真贋を詳しく調べないで、その長年たっても、人間は記録したいという事実に圧倒される。そして、年月はずいぶんと経ち、数名のこの暗い洞窟のような鬱々とした世の中に、絵画という光を残してくれた人。指先のバランス。
カジミール・セヴェリーノヴィチ・マレーヴィチ。1878年のウクライナに生まれたとされる。調べると、別々の言語で、読み、書き、生活するということになっている。そのことが与える影響。一つの言語で、まったく不自由のない生活を送る彼には分からない。ただ、いくつかの分裂的な症状が、体系的に将来訪れそうな予感は残る。
その人が描く人間。丸味がないようでいて、それにも関わらずふっくらして、機械的にも見えるが、そのために別の面から覗くと、なによりも動物としての人間のようにも見える。
カラフルな色彩の時代もある。実際に、その画家が住んでいる地域の人がどのような色合いの服を着ていたかは、彼は知らない。だが、本物の農民は、そんな色の洋服を着ない感じもするが、しかし、残されたものとして、絵を確認すると、それ以外の地味な絵の具ではなく、その画家が使った黄色い色でしか、内部も外部もある瞬間の人間を表現できない気がしてくる。
その画家は、変貌を遂げる。まったくのピカソ的な意味合いで。もちろん、ピカソほど、変貌することを評価されることも、一般的な名声を得る(デパートでの単独の展覧会などないという意味で)こともなく。しかし、この物語の彼には、それだからこそなのだろうか、素晴らしい画家というのは、こころを開いている限り見つけられるのだ、という事実にひきつけられる。具象とか、抽象とか、専門的な判断は、一切抜きにして。
首の長い人間を描く画家。さらに、アーモンド形の瞳のない眼。アメデオ・モディリアーニ。モンパルナスという地名のイメージ。創作に励んだ形跡ではなく、日常のごたごたの積み重ねの記録の結果としての芸術作品。
1884年生まれ。絵という芸術の最盛期。写真前なのだろうか。その画家の描く人間の形は、最高な形でバランスが取れているように彼は思う。現実の人間は、そんなにひょろ長い首を有しているわけでもなく、どこを見ているか分からない瞳を外界に向けるわけでもないが。しかし、彼は、その画家の絵の前で、立ち止まる。なんて、人間が分かっている人なのだろう、という感激を足掛かりにして、その場から立ち去れ難くなる。深みのある色合いの背景だけでも、名作であるという動かぬ事実に感激する。現世に土台を築かない人のように、1920年に36という若さで没する。
もう一人。モーリス・ユトリロという人。1883年。将来の自分の一生をコントロールできる力を与えられていない人のように、この世に送り込まれる。実際のパリの、それも裏町がどのような風景か、日本に生まれている彼は知らない。だが、彼が思うに実際のパリは、ユトリロが描いたような寂れた白色であってほしいように思う。現実は動かせないことは身にしみて感じているにしても。時代は、機能的な建物を、無暗に生み出そうと働き続けているとしても。
アルコールという活力(たくましい人から見れば現実逃避だろうが、そんな人々は、そもそも絵画の前で立ち止まるだろうか)と引き換えに、身の回りの景色を描く。その街並みを愛しているのか、愛想を尽かしているのかは知らない。ただ、何より、その街に縛られているようなことだけは理解できる。その画家が、いなかったらモンマルトルという町は、どのような印象を人々のこころに残すことになったのだろう。そして、訪れることもないであろう小さな教会に思い入れをもって眺めることになったのだろう。架空の街のような風景を描いた、幸いの少なそうな画家は、この地上の街並みを描くことが1955年に出来なくなる。残してくれたものは偉大という言葉が似合わないが、真実味ということでは、偉大すぎる。
付け足しのように1898年に佐伯祐三という画家は大阪に生まれる。だが、その画家も本領を発揮するのは、パリという町を描いたことによって。30歳という若さで亡くなるまでに、そもそも活動時期が短いというハンディキャップを抜きにしても、本物より郷愁を感じさせる街並みを残す。