当人相応の要求(13)
例えば、こうである。
スニーカーのたどる運命。
彼は、日常的に履くスニーカーを決めていた。10歳ぐらいからだろうか、まずは足元から、一つのこだわりを有するようになっていた。黒いスニーカー。それを履き潰すと、また同じようなデザインのスニーカーに履き替える。名前は、勝利の女神。
学生時代は、あまり派手なデザインは学校側に受け入れられず、そのことで一悶着を起こすが、こだわりがあるということで自分の意見をつらぬいた。その靴のために。
しかし、靴とその周辺のエピソード。彼は、もう大人になっていたが、そのスニーカーを巡る争いが起こる。あるデザインに高額な値がついたり、その靴が盗まれたりするという事件も起こる。人の履いているスニーカーを盗んで、自分が履くということには、彼には抵抗があったが。
そのメーカーの象徴的な存在。広告塔。シカゴの停まっているように見えるほど、空中にとどまることが出来たバスケット・ボールの選手の影。
1992年。バルセロナ。通称、ドリームチーム。ほかのチームが赤子の集団に感じられる瞬間。敵ではなく、憧憬の眼差しで眺める、よそのチーム。もう、とっくに勝負は決まっている。
また、彼は学校に通っている頃、陸上競技に明け暮れたので、その後もその競技に愛着を感じる。身体に馴染んだ首周りのよれたTシャツのように。ある日、ひとりの圧倒的なスプリンターの存在に興味をひかれる。200メートルと400メートルというトラックを走り抜けるために生まれてきたような俊敏な男性。金色のスニーカー。胴体を傾けさせないで空気抵抗の多いような走り方だが、その選手の驚異的なスピードに畏敬の念を抱く。陸上トラックを丁度一周するためにうまれてきたようなアスリート。全身に脂肪のかけらもない鍛えられた四肢。
現代人。靴に包まれる足。数々の記録のために生み出されるシューズ。
そのスニーカーの需要にこたえる人たち。世界のスーパースターの履く靴や、もちろん普段の生活に一般の人々も欠かせないわけだが、その靴を生産することに、破ることの出来ない約束を交わしてしまったかのように、過酷な状況で雇われているアジアの名もなき人たち。児童労働。
児童労働とチャールズ・ディケンズの世界。オリバー・ツイスト。自分たちの未来を信じられない子供。当然のように口にものを入れるという生き残りの作業に汲々と挑み続ける生活。産業が発達したイギリスで。現在は、繁栄から取り残されそうな、アジアの片隅にて。
彼は、そのニュースを耳にする。利益の反対側で、良い靴を履いている優越感と引き換えに。状況を知ること。感情移入をして、物事を捉えること。無邪気さを失う瞬間。自分の無知を恥じる出来事。それ以来、そのお気に入りだったシューズを履けなくなる。二者択一があるなら、必ず選ばないようになった。わざわざ頭の中に浮かばないようにした。それより、もっと非道いことかもしれないが、選択の範疇から、その会社は消えていった。
ある人が身につけることで、デザインや品物が広まったり、価値が上がったりもする。
勝利の女神という名前。勝つことが義務付けられている人たちにもってこいのスニーカー。
でも、彼の過去を振り返ると、そのスニーカーとともに過ごしてきたことを、ある種の感慨を含め知ることになる。
夢にまで見る世界が一つの共同体になること。やはり、夢であり続けるのか。
100億という単位の円に該当するお金を動かすスポーツ選手。夢想家には辛い現実が待っている世の中なのか。
今後、お金の心配をすることもない人々。かたや、学校にも行かずに勤勉というカテゴリーの中で働く、少年や少女にさえ到達していない子供たち。物事を知ってしまうこと。苦しんでしまう知識の吸収。
テレビの前で観戦するスポーツの楽しさ。世界中を巻き込んでしまうイベント。寝不足の夜。
あの日のバルセロナでのバスケット・ボールのドリームチーム。夢という掴みどころのない感動に似た甘酸っぱいものを与えてくれる大男たち。各個人には、まったく接触することもない、しかし、確かに足をくるんでくれ、石ころや路面の冷たさから守ってくれるスニーカーを縫う子供。今までの世界でもっとも繁栄した日本という国。そこから、そう遠くないアジアの片隅で。
例えば、こうである。
スニーカーのたどる運命。
彼は、日常的に履くスニーカーを決めていた。10歳ぐらいからだろうか、まずは足元から、一つのこだわりを有するようになっていた。黒いスニーカー。それを履き潰すと、また同じようなデザインのスニーカーに履き替える。名前は、勝利の女神。
学生時代は、あまり派手なデザインは学校側に受け入れられず、そのことで一悶着を起こすが、こだわりがあるということで自分の意見をつらぬいた。その靴のために。
しかし、靴とその周辺のエピソード。彼は、もう大人になっていたが、そのスニーカーを巡る争いが起こる。あるデザインに高額な値がついたり、その靴が盗まれたりするという事件も起こる。人の履いているスニーカーを盗んで、自分が履くということには、彼には抵抗があったが。
そのメーカーの象徴的な存在。広告塔。シカゴの停まっているように見えるほど、空中にとどまることが出来たバスケット・ボールの選手の影。
1992年。バルセロナ。通称、ドリームチーム。ほかのチームが赤子の集団に感じられる瞬間。敵ではなく、憧憬の眼差しで眺める、よそのチーム。もう、とっくに勝負は決まっている。
また、彼は学校に通っている頃、陸上競技に明け暮れたので、その後もその競技に愛着を感じる。身体に馴染んだ首周りのよれたTシャツのように。ある日、ひとりの圧倒的なスプリンターの存在に興味をひかれる。200メートルと400メートルというトラックを走り抜けるために生まれてきたような俊敏な男性。金色のスニーカー。胴体を傾けさせないで空気抵抗の多いような走り方だが、その選手の驚異的なスピードに畏敬の念を抱く。陸上トラックを丁度一周するためにうまれてきたようなアスリート。全身に脂肪のかけらもない鍛えられた四肢。
現代人。靴に包まれる足。数々の記録のために生み出されるシューズ。
そのスニーカーの需要にこたえる人たち。世界のスーパースターの履く靴や、もちろん普段の生活に一般の人々も欠かせないわけだが、その靴を生産することに、破ることの出来ない約束を交わしてしまったかのように、過酷な状況で雇われているアジアの名もなき人たち。児童労働。
児童労働とチャールズ・ディケンズの世界。オリバー・ツイスト。自分たちの未来を信じられない子供。当然のように口にものを入れるという生き残りの作業に汲々と挑み続ける生活。産業が発達したイギリスで。現在は、繁栄から取り残されそうな、アジアの片隅にて。
彼は、そのニュースを耳にする。利益の反対側で、良い靴を履いている優越感と引き換えに。状況を知ること。感情移入をして、物事を捉えること。無邪気さを失う瞬間。自分の無知を恥じる出来事。それ以来、そのお気に入りだったシューズを履けなくなる。二者択一があるなら、必ず選ばないようになった。わざわざ頭の中に浮かばないようにした。それより、もっと非道いことかもしれないが、選択の範疇から、その会社は消えていった。
ある人が身につけることで、デザインや品物が広まったり、価値が上がったりもする。
勝利の女神という名前。勝つことが義務付けられている人たちにもってこいのスニーカー。
でも、彼の過去を振り返ると、そのスニーカーとともに過ごしてきたことを、ある種の感慨を含め知ることになる。
夢にまで見る世界が一つの共同体になること。やはり、夢であり続けるのか。
100億という単位の円に該当するお金を動かすスポーツ選手。夢想家には辛い現実が待っている世の中なのか。
今後、お金の心配をすることもない人々。かたや、学校にも行かずに勤勉というカテゴリーの中で働く、少年や少女にさえ到達していない子供たち。物事を知ってしまうこと。苦しんでしまう知識の吸収。
テレビの前で観戦するスポーツの楽しさ。世界中を巻き込んでしまうイベント。寝不足の夜。
あの日のバルセロナでのバスケット・ボールのドリームチーム。夢という掴みどころのない感動に似た甘酸っぱいものを与えてくれる大男たち。各個人には、まったく接触することもない、しかし、確かに足をくるんでくれ、石ころや路面の冷たさから守ってくれるスニーカーを縫う子供。今までの世界でもっとも繁栄した日本という国。そこから、そう遠くないアジアの片隅で。