竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
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食べ残された西瓜の赤さ蜻蛉の谷   兜太

2018-07-06 | 金子兜太鑑賞
食べ残された西瓜の赤さ蜻蛉の谷   兜太




昭和57年、「猪羊集」より。

「食べ残された西瓜の赤さ」から
人はどんなことを思うのだろうか? 
わたしは、すぐに贅沢な食べ方って思う。
真ん中の甘いところだけ食べるのだから。
西瓜は中心ほど甘く、周りに行くほど水っぽくなる。
そのことと「蜻蛉の谷」の配合である。
子どもが小さい頃は
毎年のように8月は尾瀬に出かけていた。
尾瀬にも蜻蛉を見かけるが、
尾瀬を出て片品村の渓谷に見る蜻蛉の群れは
まことに美しく今でも鮮明に思い出す。
特に、日の出後のまだ日が高く上がらない頃の、
朝日に、羽根を透かせる蜻蛉の群れは
きらきらとまことに美しい。
句の景は、食べ残されたまだ赤いところのある西瓜を
脇に蜻蛉の群れる渓谷の村に作者は座しているのであろう。
眼前の美しい、渓谷の蜻蛉の群れを作者は贅沢に思ったのではないだろうか。
その贅沢感も「食べ残しの西瓜の赤さ」というのが
兜太さんらしい、生活感にあふれた言葉である。
晩夏の、濃い緑と赤のコントラストが、くっきりとこころに残る、
色彩の効いた句である。
ちなみに私は西瓜は赤い所がなくなるまできれいに食べます。
甘いところから、
だんだん水っぽくなってさっぱりと食べ終われるので、
甘いところだけ
ですと口に甘さが残る感じで好きではない。
さっぱり食べ終わりたいので、最後まで食べます。


参照 http://www.shuu.org/newpage24.htm
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