浦和商業高校のタヌキの食性
高槻成紀・小林邦夫
東京周辺のタヌキの食性はかなり明らかになってきた(皇居:酒向ほか2008,Akihito et al. 2016、赤坂御所:手塚・遠藤2005、明治神宮:高槻・釣谷2021、新宿御苑:Enomoto et al. 2018、東京西部郊外:Hirasawa et al. 2006Sakamoto and Takatsuki 2015, Takatsuki et al. 2017, 高槻 2017; 高槻ほか 2018)。この地域のタヌキの食性は基本的に果実を主体にしており、特に秋と冬は果実をよく食べる。ただし夏には果実が少なくなるので、食物中に昆虫が多くなり、食物が最も乏しい冬の終わりから早春には鳥や哺乳類の羽毛、毛、骨などが検出されるようになる。これらの調査は主に郊外や山地で行われたが、市街地のものもある。ただし皇居、赤坂御用地、明治神宮などは都市に例外的な森林があり、都市的緑地を代表するとは言えない。市街地での調査事例としては川崎市(山本・木下1994)と小平市の津田塾大学の事例(高槻 2017)がある。川崎市では果実とともに人工物が非常に多かったが、小平市ではそうではなかった。これは家庭ゴミの提出方が変化し、1990年代まではゴミ提出法が管理されていなかったためにタヌキが利用できたが、その後カラスによるゴミ被害が増えたために、家庭ゴミはボックスなどに入れて提出されるようになったためにタヌキは利用しにくくなったものと考えられる。このように市街地のタヌキの食性分析例は少なく、さらなる分析事例が必要である。
本調査の調査地である浦和商業高校は埼玉県浦和市にあり、武蔵浦和の駅に近いため開発が進み、緑地は非常に限定的であり、ビルや住宅地に囲まれているため、市街地のタヌキの食性調査事例として適している。最近、浦和商の一角にタヌキが生息し、ため糞場も確認されたので、糞分析を試みることにした。
方法
調査地は武蔵浦和駅の東500mほどの位置にあり、東北新幹線が近く、その西には首都高速道路大宮線があるなど交通の要所であり、開発が進んでいる(図1)。
図1 調査地の位置
浦和商業の西側には白幡沼があり、その東側には弁天神社の小さな祠があって周囲に樹林がある(図2)。タヌキはこのあたりに生息し、昼間でも複数の個体が観察される。ため糞はこの樹林内にあり、そこからフンサンプルを回収した。
図2. 白幡沼南西部から東をのぞむ
採集にあたっては,糞の大きさ,色,つや,新しさなどから同一個体による1回の排泄と判断されるタヌキの糞数個を1サンプルとし,それを複数採取した.
糞サンプルは0.5 mm間隔のフルイで水洗し,残った内容物を次の15群に類型してポイント枠法(Stewart 1967)で分析した.昆虫(鞘翅目,直翅目,膜翅目,幼虫など),節足動物(多足類など),無脊椎動物(甲殻類,貝類など),鳥類,哺乳類,脊椎動物の骨,その他の動物質,果実,種子,緑葉(イネ科,スゲ類,単子葉植物,双子葉植物など),枯葉,植物その他(コケ,キノコなど),人工物(輪ゴム,ポリ袋,紙片など),その他,不明.「脊椎動物の骨」の中には一部に鳥類,両生類の骨とわかるものもあるが,多くは不明であり,哺乳類の骨の破砕された小片も含まれる.
ポイント枠法では,食物片を1 mm格子つきの枠つきスライドグラス(株式会社ヤガミ,「方眼目盛り付きスライドグラス」)上に広げ,食物片が覆った格子交点のポイント数を百分率表現して占有率とした.1サンプルのポイント数は合計100以上とした.
結果と考察
<月比較>
月比較をすると次のようであった(図1)。
図1. タヌキの糞組成の月変化
2021年12月は「植物その他」が多く、コメの種皮の可能性があるが特定できない。
2022年1月上旬にはエノキ、ムクノキなどの果実と種子が増えた。1月下旬にはイネ科が増えたが、糞分析は内容物を面積で評価するのでイネ科の葉のような面的なものは大きく評価されるが、食物としては貢献度は小さいと思われる。
2月には再び果実・種子が多くなり、ポリ袋などの人工物も増えた。
3月は果実・種子がこれまでで最も少なくなった。脊椎動物の骨が多くなったが、これはヒキガエルの骨であった。その占有率は18.6%だが食物としてはその2倍以上の意味があるだろう。種子と人工物は2月より少なくなった。
4月には、種子は1サンプルからセンダンの種子が1個検出されただけだった。昆虫が大きく増加し、無脊椎動物も増えて両者で半量となった。1例ではカニが検出された。人工物も少なくなり、透明なプラスチックと糸が検出されただけであった。植物供給量は増加したが、糞中では減少したので、果実がなくなり、昆虫などの供給状態が良くなって葉を食べなくなったものと推察される。
5月は再びエノキなどの種子が検出された。カエルの骨が10例中7例あった。1例では鳥の羽毛があった。これまでの葉は枯れ葉が主体でイネ科が少量あったが、5月には双子葉草本が見られた。「その他」が26.9%と多かったが、その主体は木質の材であり、ボロボロの微細なブロック状であった。これは古い枯れ木の材と思われ、食物として摂取したものとは思われず、中にいる昆虫などを食べるときに一緒に食べたのかもしれない。人工物としては菓子類の包袋と思われる「銀紙」が2例、紙類が1例あった。
4月と比較するとカエルの骨、種子、「その他」が増え、昆虫、無脊椎動物が減った。なお、小林が設置しているセンサーカメラの動画に5月12日にタヌキがヒキガエルを捕食し、引きちぎって食べるところが撮影された。動画から静止画を取り出したのが図3である。図3左ではヒキガエルが体を縮めたような姿勢をとり、タヌキがこわごわと前肢を出している。図3右はその3分後で、ヒキガエルに噛み付いて、前肢で押さえ、首を引いて引きちぎっている。このことからも、ここのタヌキがヒキガエルを食べることが確認された。
図3. センサーカメラ(動画)が捉えた、タヌキがヒキガエルを捕殺する様子。左はタヌキがヒキガエルに右前肢を伸ばしている。右ではヒキガエルを前肢で押さえて首を上げて口で引きちぎっている。2022年5月12日22:38-22:41。
6月になると糞が見つけにくくなくなった。センサーカメラによってもタヌキの訪問頻度が減り、しかもダンゴムシが群がって分解も進むので、糞が残っていないのである。そこで、小林が早朝に訪問することを試みた。センサーカメラも作動させることで、いつ排泄されたかも確認するようにした。その結果、1日1個くらいは発見されることもあることがわかり、6個の糞を確保した。分析の結果、甲殻類(アメリカザリガニ)が多く、果実は減ったが、前年に落下したエノキが検出される一方、今年のサクラ、クワ、ビワ、ウメなどの種子も検出された。葉と哺乳類もやや増加した。
7月も糞が見つけにくかったが、8個が確保された。エノキの果実が増えた。エノキは今年の果実はまだ緑色で樹枝についているからタヌキが食べたのは去年落下した果実と推察したが、8月11日にはオレンジ色に熟した果実が確認された。8月の結果と総合的に考えると、7月時点でも早めに落下した果実を食べていた可能性がある。またクワの種子も検出された。クワは今年の果実が熟したものと考えられる。人工物はゴムのような弾力のある白い物体が少量検出されたにすぎないから、残飯をあさるというほどの食物不足ではないようだ。
8月も糞の分解が進むため、サンプリングが困難だったが、7月同様に採集確率を高めて10個を確保した。組成は7月と似ており、果実と種子が多く、ほとんどはエノキであった。エノキは8月上旬にはオレンジ色あるいは暗褐色に熟していたから、サンプリングした中旬以降にタヌキが食べたのは今年のものと考えられる。甲殻類と植物の葉は減少した。
9月になると、8月とは違いがあった。ムクノキの種子・果実が増え、エノキ果実・種子とともに果実が26.1%、種子が28.9%となり、合計で75%に達した。その分、昆虫と哺乳類が減少した。気温も低下したので、昆虫が減少し、果実が増えたことを反映しており、これからは「秋の食性」になるものと推察される。
10月にはさらに果実・種子が増えて4分の3を占めた、文字通り「実りの秋」になった。内訳ではムクノキが最も多く、カキノキ、エノキがこれに次いだ。
11月も果実・種子が主要であったものの、果実はやや少なくなり、種子が増えた。昆虫、葉、人工物が増えた。人工物は1例で糞のほとんどを靴紐と思われる紐が占めていた(こちら)。
これまでの結果を見ると、本調査地のタヌキの食性はカエルと甲殻類という白幡沼の動物を利用し、時にはかなり依存的であるということが特徴と言えそうである。また月変化としては3月までは果実が主体であったが、4月以降は動物質が増加した。果実はエノキ、ムクノキが非常に多い。このことは調査地に果実をつける樹木があまり多くないためと思われ、相対的にこれら限定的な果実への依存度が高いこともこの調査地のタヌキの食性の特徴であろう。
2022年11月8日 記