高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

植原彰

2015-01-03 07:24:28 | 『唱歌「ふるさと」の生態学』
 唱歌に目をつけたところがさすがです。
 文部省唱歌とは,1910年(明治43年)の『尋常小学読本唱歌』から1944年(昭和19年)の『高等科音楽一』までの教科書に掲載された楽曲のこと。簡単にいうと、昔の小学校の音楽の教科書に載っていた、文部省お墨付きの歌です。今の音楽の教科書にもそのいくつかが載っているんですよ。たとえば,小学校1年生の「うみ(♪うみはひろいな)」「かたつむり(♪でーんでんむーしむし)」、2年「春がきた」「虫のこえ」、3年「春の小川」「ふじ山」、4年「まきばの朝」「もみじ」、5年「こいのぼり」「冬げしき」、6年「おぼろ月夜」「われは海の子」などです。いずれも日本の昔ながらの風景や季節感があふれている歌だと思いませんか?
 ぼくは「観察会や小学校での環境教育はこれらの歌をきっかけにできるよ」と提案しています。たとえば、初秋・夕方の観察会で「♪あれマツムシが…」で始まる「虫のこえ」には5種類の鳴く虫が登場するけど、そのうち聞いたことあるのは?…といった感じです。
 高槻さんが本を出されたことで,あらためて「ふるさと」(高槻さんは本のタイトルだけひらがなの「ふるさと」で、本文は「故郷」と表記していますが、小学校学習指導要領には「ふるさと」とあるし、高槻さんご本人も書いておられますが,「故郷」だとどうしても「こきょう」と読んでしまうので,ここではひらがな表記にします)の歌詞をよく読んでみて、驚きました。長い年月、多くの人といっしょに、自然とじかに関わりながら、その中で「関係性(いろいろな意味があります。気候と植物との関係、植物と動物の関係、動物と動物の関係、それら自然と人間(社会)との関係、そして、その関係性の時系列的な変化)」を探ってこられた高槻さんのよう
な方にとって、「ふるさと」は、まさに当時の自然・当時の生態系が閉じ込められたタイム・カプセルです。このタイム・カプセルを掘り出して紐解き、現状と比べることによって、高槻さんには保全生態学上の課題が見えてきます。高槻さんはそれを目次で表現されています。6章が異質なものに見えるかもしれませんが,これについて
は後述します。
  1章 「故郷」を読み解く
  2章 ウサギ追いし-  里山の変化
  3章 小ブナ釣りし-  水 の変化
  4章 山は青き-    森林の変化
  5章 いかにいます父母-社会の変化
  6章 東日本大震災と故郷
  7章 「故郷」という歌
  8章 「故郷」から考える現代日本社会

 ところで、皆さんはウサギを追いかけたことがありますか? ぼくはノウサギを見かけたことがある程度で、「(子どもが)追いかける」対象の動物だとはとても思えません。ところが、高槻さんは「ウサギはどこにでもいた」といいます。ウサギの棲息地は茅場です。茅場つまり乙女高原みたいなところが減少したことが、ウサギの減った原因だと述べています。そして、茅場の減った背景には日本の人々の生活様式の変化に伴う里山の変化があったといいます。「ウサギ追いし」からどんどん話が発展し,他のことにつながっていく様は,まるでミステリーのよう。「ウサギ追いし」から今のウサギの減少までを説明するのに、ウサギの生態・生息場所の説明、茅場の説明、茅場のある里山の説明、里山の現状の説明など,説明しなければならないことがいっぱいあるのですが、これら全てを説明するのに高槻さんくらい適役の人をぼくは知りません。
 さて、目次を読んで違和感のあった「東日本大震災と故郷」です。いくらご自分の調査フィールドだったところが被災したからといって、感情的に「ふるさと」と東日本大震災を関連づけるのは無理があるだろうと、読む前は思いました。でも、以下の文章を読んで「うーむ」とうなってしまいました。言われてみれば、その通りです。
原発事故後の福島の里山で起きたことは、原発事故というきわめて特異なできごとによる特殊なことであるには違いない。しかし、里山に人がいなくなると何が起きるのかという意味では、現在過疎化が進んでいる日本中の里山に共通の課題を先取りしたことでもあり、その意味では普遍性をもつできごとでもあった。
 東日本大震災と「ふるさと」の関係性までも探り当ててしまったのは、やはり東北で四半世紀を過ごした生態学者である高槻さんだからこそだと思います。
 以上,述べてきましたように、この歌は高槻さんに出会うために生まれた歌なんじゃないかと思えるほどです。これから高槻さんに会うたびに、高槻さんが「ふるさと」(の化身)に見えてしまいそうで、コワイです(笑)。
 最後に、この歌がタイム・カプセルとして高槻さんに紐解かれて本当によかったと思いました。大げさに聞こえるかもしれませんが,この本には、「ふるさと」から導き出された、ぼくらのこれから進むべき道も記されています。高槻さんだから、タイム・カプセルだったから、掘り起こすことができましたが、もう少し後だったら,「ふるさと」は化石になっていたかもしれません。いや、もしかしたら、もうすでに…。

もったいないような文をありがとうございます。著者としてこういう感想を聞かせてもらうことほど嬉しいことはありません。植原さんとは乙女高原(山梨県)でススキ群落の調査をしているので、茅場の話題はつながりがあります。動植物にはなんでも興味あり、で通じ合うものがあります。

2015.1/3

コメント
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