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「持論のすすめ」「安倍元首相国葬の是非」

2023年07月05日 | 人生訓
🌸橋下流「持論のすすめ」自分の軸を見出す発信法

 ☆自分の軸を見出す発信法
 ☆慶応病院診察後病院の前で購入した本

ただの”情報”と「持論」の違い
 ☆西村博之さん、堀江貴文さん、成田悠輔さんなど
 *今の時代に強烈な個性を発する人々がいます
 *彼らと一般人を隔てているものは、独自の視点、考え方などです
 *確固たる「持論」を持っていることです
 ☆彼らとて得ている情報は、奇抜なものではない
 *「情報」そのものは、我々もグーグル等で得られるものばかり
 ☆彼らの個性が光るのは
 *誰もが得られる情報を独自の視点で調理する能力を持っているから
 *「持論」なしの検索は、無難な情報しか引き出せない
 ☆彼らがもつとも重視しているのは
 *「情報収集」そのものではなくその後のこと
 *得た情報をどう組み合わせて、新しい価値に変えていくこと
 *「オリジナルの持論として吐き出すか」等
 *情報組み立て能力のほうなのだ
 ☆普通の人ならスルーしてしまうような情報も
 *彼らの情報センサーには、「ざらつき」として引っ掛かる
 *その「ざらつき」「違和感」をいくつも脳内に蓄えておくと
 *「ざらつき」が「ひらめき」に代わる瞬間が生じます
 ☆個性ある人には、情報そのものも
 *個性あるかたちで引っ掛かかってくるし
 *その情報が個性ある持論に発展する
 ☆何事にもざらつきが重要なのです.

安倍元首相の国葬について抱いた「ざらつき」
 ☆安倍元首相の国葬については多くの人
 *長く心に「ざらつき」を残したのでは
 ☆いくつもの「持論」が沸き起こりました
 *「安倍元首相は国葬にふさゎしい」「いや、ふさわしくない」
 *「世界が哀悼の意を示しているのだから、国葬にすべきだ」等
 ☆筆者自身は、安倍元首相は国を挙げての葬儀にふさわしい働き
 *したと思っていますが、「国葬」はどうかの疑問が残る
 ☆誰を国葬にすべきか、現時点では明確な規定や定義もない
 *戦後、「国葬」となった首相経験者は吉田茂氏一人のみ
 *戦後のドタバタをまだ引きずっている社会状況の中でのこと

⛳日本にとっての「国葬」とは
 ☆天皇陛下に対して行われる「大喪の礼」という国家的葬儀であるはず
 ☆当時の岸田文雄首相誤った判断をしたと筆者は思っている
 ☆総理大臣が内閣で、一方的に決めていいことではない
 *国民世論が真っ二つに分かれてしまっている国家的な葬儀
 *首相の鶴の一声で決めてしまったのでは、法治国家とは呼べない
 ☆皆の納得感をつくるにはどうすればよかったのか
 *ルールとプロセスを重視することと筆者は思う
 ☆「ルール」で言えば
 *アメリカでは「大統領はすべて国葬」としている
 *日本も「首相はすべて国葬」と決めてしまえば、非常にシンプル
 ☆ルールを定めないのであれば
 *国葬決定までのプロセスを国民が納得するレベルまで、尽くすのが必要
 ☆安倍元首相を国葬にと訴える人々の理由等考え
 *衆院・参院両議長、最高裁判所長官、民間の代表者等の審議会で審議し
 *野党を入れた国会でしっかりと議論する
 *そのプロセスを国民に明らかにする必要があった
 *しかし、岸田首相はそれらをすべてしなかった
 ☆首相の鶴の一声で、「国葬」が決まった
 *安倍元首相が凶弾に倒れた際の世論の慟哭
 *自民党の嘆きといったウェットな部分に押し切られて
 *ドライな論理に基づく議論をすっ飛ばしてしまった
 ☆岸田首相、政治の奥の手である「まあまあ」というウェットな論理で
 *国民全体にも通用すると思ったのかも
 *国葬をしてしまえば、感情的に国民も納得してくれるだろうと
                     (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳投資は、自己責任、自己満足、自己判断で
⛳詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください
⛳出典、『折れない心』






「持論のすすめ」「安倍元首相国葬の是非」
(ネットより画像引用)

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