活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

彷徨える艦隊  旗艦ドーントレス

2009-05-05 10:39:23 | 活字の海(読了編)
著者:ジャック・キャンベル 出版社:早川書房(SF1686)
訳者:月岡小穂(さほ) 解説:鷹見一幸(作家)


先日、仕込み編を書いた以降も内容が気になってしまい、積読リストの
順列制御を行って、とうとう先に手を出してしまった。

結果は、早々に読了。
文章もよくこなれており、不自然な翻訳調ではないことと、基本的に
視点が主人公からぶれないために、ごく自然に感情移入しやすいこと。
更に、その作品世界の設定に、それほど違和感が無いことなどが、
読みやすさの主な理由、かな。


さて、仕込み編で書いた本書への印象は、読後も基本的に変わらず。

SF+艦隊物というシチュエーションがもたらす、壮大なスケール感は、
なかなかなもの。

特に、本書を読んで痺れたのが、艦隊戦のシーン。
光速とまではいかなくとも、その速度単位が少なくとも時速から光速
となったような世界を描く場合には、本書で書かれた様な相対速度の
差異を利用した戦い方を意識する必要がある。

あるのだが、これまでのメジャー化したSF作品では、その辺りを
きちんと踏まえて描写してくれているのが、谷甲州等を除けば、
それほど多くは無いのもまた、現実である。

具体的に言えば。
光速に近しいレベルで移動している艦隊の位置を正確に知ろうと思っても、
レーダー等の反射波の到達速度を考えれば、モニターに映った頃には、
既に移動してその場所にはいない、という事態が発生するという、
ごく当たり前のことをさらりと書いてくれる作品が、どれだけあったか
ということでもある。


仕込み編で取り上げた銀河英雄伝説でも、レーダーやモニターで敵影を
映して、ファイエル!という描写は、如何にもこの手のものの第一世代
である宇宙戦艦ヤマトの域を抜けていなかった。

これらの先駆作品における艦隊の挙動は、基本的に3次元というより
2次元のルールに縛られていたように見えていたし、兵装等も水面上の
艦隊装備をそのまま宇宙に上げたような形状であった。

#ヤマトなんか、まんまそのままだもんなぁ。

まあ粗(アラ)を探して得意になるのはまだまだ未熟な証拠。
それを如何にこじつけ、正当化するのも、ファンたるものの手腕の
見せ所でもあるのだが(笑)。

#断っておきますが、僕はヤマトも銀河英雄伝説も好きです。はい。
 それぞれの時代において、彼らはエポックメイキングとも言える
 存在であったことは、論を待ちません。


それでも。
上述したように、今まで皆、心で思っていても敢えて指摘しなかった、
あるいは目を瞑っていたような点を、きちんと描写してもらえると、
それだけでもう、キャンベル偉い!となってしまうのだ。


本書の魅力は、そうしたSFとしての考証や設定だけではない。

主人公であるギアリー大佐。
100年の永き眠り(緊急脱出ポッドの冷凍睡眠装置による宇宙漂流)
から醒めてみれば、自分はその身を盾にして艦隊を守った救世の英雄
として遇されてしまっていた。

まるで生き神様のような扱いを受けることになってしまい、しかも予期
せぬ形で艦隊司令官という重責を任されてしまった彼。

その彼が随所で感じる時代への違和感は、実はそのまま僕たちが
常日ごろから感じているものと、見事にシンクロする。

なぜ、今はこんな風になってしまったのだろう?
どこで、僕たちは道を踏み誤ったのだろう?

それを、100年というスパンを当てはめることで、カリカチュアして
読者の前に提示してくれるからこそ、大佐の苦悩に対して、僕たちは
ハラハラとしながらも、第三者の目線で付き合うことが出来る。

だが、実際には、大佐の苦悩は僕たちの苦悩そのものなのだ。
そうではない、自分はそうした周囲とのギャップになぞ悩まされた
ことは無いという諸兄には、賞賛と尊敬とともに、少し距離を置いた
お付き合いをさせていただきたい。

ギアリーのこの苦悩は、彼が今の世界では伝説の英雄となっている
ことから、更に加速されることとなる。

何せ、彼が何をするにも、英雄としての規範に則った行動が求められる
のだ。
そこには、周囲の無責任な期待と賞賛と憧憬、そして一部には冷ややかな
反発が、常に付きまとう。

彼なら何とかしてくれるに違いない。

そんな無邪気(=無責任)な信頼に対して、眼前の状況は目を覆うばかり。

ざっと列記するだけでも、

 ・戦略、戦術眼も無く、闇雲に敵を見れば突っ込むことが勇気と
  信じている将官達

 ・現代のテクノロジーもよく理解できないままに、いきなり
  艦隊の司令官の立場にされたこと

 ・部下たちは、決して一枚板ではなく、過去の化石に何が出来る
  と反発する向きも少なくない

 ・敵地奥深くの侵攻作戦は見事に失敗し、足の遅い工作船団を
  抱えながら、何とか自分たちの故郷の星系に帰り着かねば
  ならない

とまぁ、絶望的な状況が、彼に用意されている。

しかし、その状況に嘆息しつつも、自分ならこうすべきという
確固たる信念を持って対処しようとするギアリーだからこそ、
読者は支持できるし、ハラハラしつつもどこか安心して見ている
ことが出来る。

これが、シーフォートになると、境遇は同じような絶望的なもの
でありながら、主人公が常に自分のしてきた(あるいはしようと
している)行動に迷い、惑いながら生きているために、読者の
不安感は頂点に達する。

現実世界で、誰もが感じる不安。
それを一時でも忘れる便(よすが)として、人は物語の世界に
触れることもある。
なのに、そこでは自分の感じている不安を数十倍に増幅して悩む
主人公がいるのだから(笑)。


別に、どちらがいい、というものではない。
そのとき、自分にとって必要なものを手に取ればよい。

自分の心が求めるものとシンクロした読書を出来たとき。
それこそが、読書家にとって、至福の時間である。

そして、本書もまた、そうした読書家にとって、慈恵となる一冊
であることは、間違いない。

次巻の翻訳が早からんことを、切に願う。

(この稿、了)




彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス (ハヤカワ文庫SF)
ジャック・キャンベル
早川書房

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大いなる旅立ち〈上〉―銀河の荒鷲シーフォート (ハヤカワ文庫SF)
デイヴィッド ファインタック
早川書房

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表紙のパターンは異なるけれど、彼も仲間に加えよう。

海軍士官候補生 (ハヤカワ文庫 NV 36 海の男 ホーンブロワーシリーズ 1)
セシル・スコット・フォレスター
早川書房

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