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破約の世界史  この1000年、彼らはいかに騙し、裏切ったか

2008-03-24 01:21:16 | 活字の海(読了編)
清水馨八郎著 祥伝社 平成12年7月21日初版刊行 1600円(税別)

この本は、もうかなり前に復活書房で入手(300円)したものの、そのまま
積読になっていたもの。

今回、チベット問題をきっかけに、過去に読んだ本のレビューコラムを書く
ついでに、本書を手にとってみた。

あまり本腰を入れて読めていない(=斜め読み)だが、おおむね著者の主張は
理解した、と思う。

考え方としては、特に目新しいものではなく、世界史を俯瞰して、これまでに
人類がどのような破約を行ってきたかを紐解くというものである。

但し、本書のサブタイトルに注目していただきたい。

「この1000年、彼らはいかに騙し、裏切ったか」

この「彼ら」という三人称複数が誰を指すのか。
僕は当初人類全体にかかるものと思っていたが、著者の思いとしては、
「彼ら」=「白人」であるらしい。

ウィキの著者の項目を見ると、著書には正に「白人」と書かれてある。
当初誤記だよ、と思ったが、このコラムを書くために本の後付を見てみると、
そこに描かれていたものは、正に「白人」となっているサブタイトルだった。

一体、どのような経緯で、一冊の本で表紙と後付で、サブタイトルとはいえ
表記が違うようになったのかは不明であるが。

まぁそれはともかく。
千葉大学名誉教授である著者が本書で主張していることは、以下の四項目に
整理できる。
#その割には、千葉大学研究者情報データベースで検索しても、出てこない。
 もう退官しているのだろうか?

 ① 世界史は、ある意味裏切りの歴史である。

 ② それは西洋文明の有り様と密接に関連し、不可分である。

 ③ 日本人は、長らく鎖国をしていたことなどから、あまりにも初心(ウブ)で、
   西洋のそうした側面に気づかないまま先の大戦まで引き込まれていった。

 ④ 人類と世界が破局を迎えないためには、日本文明の持つ良さを広く啓蒙
   していくことが肝要である。

こうした氏の主張について、真っ向から否定するものでもないが、それでも
さすがにこう言い切られると鼻白む(特に④)。

価値観の多様性を認めないのであれば、それはそのまま氏が否定する西洋文明と
同じではないか、と思えるからである。

ここまで突き抜けてしまうと、おそらく同様の感想から、却って氏の主張全体を
受け入れられなくなってしまう読者も多いのでは、と老婆心ながらに推察する。

もっとも、そうした軟弱な精神を持つものは迅く去れ!と言い出しかねない
思い入れが著者からは感じるが。

氏の四つの主張のうち、①と②については、事例紹介によりそれを裏打ちして
いる。

これらの中には、色々と気付きをもたらしてくれたものもある。
例えば、ゲルマン民族の大移動。
年号覚えの語呂合わせこそ、375年=皆殺しと詠んでいたが、民族が大挙して
移動するということは、その進路にある先住民族と当然衝突が起こる訳であり、
その中でゲルマン民族による略奪、侵略が行われていった、とする氏の主張は、
確かに僕にとってこれまで考察不足であった。
中学校の歴史の授業では、単にその言葉でしか習わなかったし、まるで無人の
野にゲルマン民族が広がっていったような印象を持ってしまっていたのである。
#実際に、どのような民族間の攻防が大移動の間に起こったのかについては、
 「ゲルマン民族大移動概観」に詳述されている。

例えば、坂本竜馬と万国公法の逸話。
剣より銃を、そして最後には万国公法(=力の論理から、共通認識に立った
話し合いによる問題の解決を!)とするこのエピソード。ご存知の方も多かろう。
そしてそれは、坂本竜馬の先見性を物語るものとしても、よく知られている。
僕も、この話を初めて知ったときは、そう思った。
それを氏は、こう撃破する。
曰く、万国公法などというものは、白人が自らの戦乱の世の仲裁のために
作ったルールであり、あくまで対象範囲をヨーロッパに閉じた、西欧人に
とって「自己の戦争を優位かつ合理的に展開するためのルール」である。
それを、万国に適用されると夢のような理想主義に陥り、無邪気に信じていた
竜馬の無知が痛ましい、と氏は切って捨てるのである。
この指摘は、ある意味正しい。
裏付けるものとして、一橋大学の山内教授による論文『明治国家における
「文明」と国際法
』を紹介しておこう。
この中で、山内氏は様々な文献からの引用を元に、当時の万国公法の適用範囲が、
あくまで基督教国家(=文明国家)に限定されるとしている。
ではどのようにして文明国家の仲間入りを認めてもらえるのかについては、
文明国家として既存の文明国に承認されるという、極めて恣意的なルールが
あっただけである。このことからも、著者の主張するとおり、万国公法が
結局は「万国」などではなく、その実相も知らずに喜んでいた竜馬が哀れ
となる(もっとも、竜馬がそこまで万国公法、というよりも西洋列強を
見切っており、その上でツールとして活用しようとした、という可能性も
ある。単純に竜馬ファンとしては、是非こちらを採用したいものである)。

確かに、万国公法が人類全般に普遍的に適用されると列強が思っているので
あれば、所謂不平等条約を列強が迫ってくる筈も無いのであり、その事実と
照らし合わせてみれば、上記の見解も容易に推察できるというものである。

だが、この著者を持ち上げるのは、ここまで。

ざっと読んだだけでも、些細な誤記、または誤認が多すぎる。
これは、はっきり言って興醒めしてしまう。
では、どのような誤記があるのか?

・アングロサクソンはオーストラリアで先住民のアポリジニを虐殺し、
 根絶やしにした(P72)
 ⇒アポリジニは絶滅していない。
  確かに人口を90%程も虐殺等により減らされてしまった上に、
  白人との混血児を、幼少時に無理やりアポリジニの親から話して
  白人家庭に養子に出し、文化的承継を人工的に出来なくしていく

  といった、アポリジニ受難の歴史はあるが、根絶やしとは言い過ぎ
  である。
  (もっとも、部族単位で言えば、絶滅させられたものも多いと聞く)
  なお、こんな国が、日本の捕鯨は残酷で野蛮だと公然と非難する
  のだから、臍が茶を沸かすというものである。

・フランスのルイ16世は『朕は国家なり』と宣言(P83)
 ⇒上の台詞は、太陽王ルイ14世のものである。
  ルイ16世の台詞で有名なものは、フランス革命勃発当日の日記に、
  「今日も何も無かった」と書かれていたことだろうか。
  だがルイ16世の凡庸さを現すエピソードとして紹介されるこれは、
  ルイ16世の狩の獲物が無かったことに関する記述であり、加えて
  日記記入時には、まだ彼は革命勃発を知らなかったことも附しておく。

・第二次大戦で、日本はアメリカの非戦闘員には一切攻撃しなかった(P145)
 ⇒風船爆弾の存在をご存じない?
  IF論で言えば、中島飛行機による富嶽の開発が進んでいれば、どうなって
  いたか?という議論も有りだ。

・チベットは人口300万人のうち、120万人が中国人に虐殺された(P183)
 ⇒虐殺の事実はともかく、チベット人口はダラムサラの亡命政府の発表では
  元々600万人
。そこに既に漢民族が750万人も移住し、混血を促進し、
  チベット民族という存在を、地上から抹消しようとしている。
  ちなみに300万人と言う数字は、中国当局発表のもの
  そちらを採用するなら、120万人虐殺という中国当局が断じて認めない
  数字を使うのも、またバランスを欠く。
  
ざっと見渡しただけでも、これ位は容易に見つかったことから、じっくりと
検証していけば更に誤記率はUPするものと思われる。

せっかく、面白い指摘も行っているのに、勿体無い話である。
改版時には、是非きちんとメンテしてほしいものである。

ただ、情報を鵜呑みにせず、検証する視点を持ちながら読む分には、本書の
価値は十分にある書物である。


付記
本書では、白人だけが槍玉に挙げられていると思いきや、中国についても一つの
章を使ってその「破約」の歴史が紹介されている。
有色人種の中では唯一の扱いは、正しく名誉白人である。

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