活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

裁判長!ここは懲役4年でどうすか

2009-06-16 00:21:43 | 活字の海(読了編)
著者:北尾 トロ 文春文庫刊 価格:629円(税別)
初版:2006年7月10日刊行
入手版:2007年2月20日刊行 13刷


5月から、裁判員制度が発足した。
自分はまだ裁判員への招待状は届いていないが、Mixi等で
自分が選ばれた!と開示して、物議を醸し出した話があった
ことも、耳目に新しい。

そうした中で。
いきつけの古本屋で見つけた、この一冊。
100円の一山幾らの山にあったこともあり、GET。

さて、その内容は…。


最初は、読んでいて物凄く気分が悪くなった。

物見遊山で裁判に行く。
確かに、傍聴人は国が認めた個人の権利だ。

それでも。
そこに繰り広げられるのは、まごう事無き一人の人物の人生
そのものを舞台にした物語なのだ。

それを、岡目八目よろしく、自分は安全圏に身を置いて、あれこれと
注文をつけながら裁判をトレースしていく。
更には、もっと突っ込んだ話を聞けよと、被告はおろか被害者の心理を
逆撫でするような言動を繰り返す。

こうした著者のスタンスに、最初は辟易した。

それでも。
読み進むにつれて、次第に思いは変化していった。
その理由は、結局はどのような人生であれ、自分で責任を取ることから
回避できる人生は無いのだ、ということ。

自分がそうした境遇になっていないから、そんなことは言えるのだ。
そういう謗(そし)りがあることは、百も承知で言うけれど。

被告として法廷に立つ。
人生において、そうした役回りが回ってきたのは、誰のせいでもない。
自分なのだ。

聞くも痛ましい冤罪。
事情を斟酌するに同情を禁じえない犯罪。
純粋な犯罪者といえないような、こうした事例を見ても尚。
それを招いたのは誰なのだ?と問われれば、本人としか、応えようが
無い。
勿論、最近でもあったが冤罪事件のように、きちんと被疑者の主張が
届いていれば、当初からこんな有罪判決にはならなかったであろう、
という事件は類を待たない。

それでも。
そうしたこともひっくるめて、その人の人生なのだ。

そうしたことを考えると、こうして第三者の目線で裁判を俯瞰し、
それを記録としてこうした書物に書き起こすということは、
それなりに意義があったのでは、と思えてしまう。

著者がどこまでリアルにそれを実感しているのかは判らないが、
もっともそのことを感じさせてくれたのが、第20幕。

事件のあらましはここでは言及しないが、この中で著者は、
今ここ(=傍聴席)にいる自分と、あの被告席にいる被告との間は、
思った以上に近い。そして、何かの弾みですぐにその境界を人は
飛び越えてしまうものだ、と述懐する。

このことは、真実なんだと思う。

そうした思いがあるからこそ。
本書で取り上げられた、著者から見た裁判の実情というものを、
より多くの人が知ることは、意味があると思う。

本書の内容や書き方については、AMAZONの書評でも実に
様々である。
最低ランクの一つ星から、最高ランクの五つ星まで。
本当に様々な人が、それぞれの思いを本書の書評としてUPして
いる。

それらの言葉は、ある意味正しい。
誰しも、自分の人生を物見遊山な気分で横から眺めて、茶々を
いれて欲しくなどは無いはずである。

それでも。
いつか、何かの弾みで自分もあの席に座ることがあるのでは。
そう思わせるだけでも、本書の存在価値はあると、僕は思う。



ちなみに、現在、この本を原作として、週刊バンチでマンガが
連載中である。
それについては、本書の趣向の枠を出るものではなく、あくまで
傍観者の視点から無責任に裁判についての思いを吐露している
流れであることは変わりない。

そういう視線しか持ち得ないものが、仮に裁判員に選ばれた時。
どのような反応を示すのだろう?ということには、とても興味が
あった。

その、自分は安全地帯において、相手を見下す視線そのままに、
自分はこうだと思う判決を下してしまうのか。

あるいは、人の一生をこれで左右するという事実に初めて直面
して、その行為の重さに恐れおののくのか。


どうやら、そうした思いは、それこそ杞憂だったようである。

本書の末尾についている、裁判傍聴常連者による座談会。
その中で、彼らは異口同音に、裁判員制度が発足すれば、
自分も是非やりたいと唱えるのだ。

人によっては、10年を超える傍聴暦のある中で、人生の
究極の場面に何度も遭遇してきたであろう傍聴人。

その人たちが、自らの手で人を裁く行為を、嬉々として
受け入れるということ。

今の僕には、到底到達しえない境地であることを実感する
とともに、人の強(したた)かさを改めて痛感した次第で
ある。


(この稿、了)


上述のように、AMAZONの書評氏の中でも評価が分かれる
本書であるが、一度読んでおいて損はないと思う。
裁判長!ここは懲役4年でどうすか (文春文庫)
北尾 トロ
文藝春秋

このアイテムの詳細を見る



本書の売れ行きに気をよくしてか、続編ともいえるシリーズを数多く
出版している著者と出版社。
その中でも、本書は少し毛並みが変わっている。
これも上述のように、これだけ裁判というものを見てきた人が、
裁判員制度をどのように考えているのかを知ることが出来る書。
裁判長!おもいっきり悩んでもいいすか―裁判員制度想定問題集
北尾 トロ,村木 一郎
文藝春秋

このアイテムの詳細を見る


本書のコミック版。
本書からは、更に深堀が為されていて、これはこれで面白い。
裁判長!ここは懲役4年でどうすか 1 (BUNCH COMICS)
北尾 トロ
新潮社

このアイテムの詳細を見る


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 水脈   荒川 洋治(現代... | トップ | リッツ・カールトン20の秘密... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

活字の海(読了編)」カテゴリの最新記事