著者:鯨 統一郎 創元推理文庫刊 520円+税
1995年5月29日 初版刊行
(入手版は1999年7月9日 15版)
先日。
邪馬台国がついに発見された! 奈良にある箸墓古墳がそれだ!
という記事を読んだ。
いや、冗談ではない。
僕が目にした、読売新聞の引用記事を見て欲しい。
調査に当たった、千葉にある国立歴史民俗博物館の春成秀爾・
同博物館名誉教授は「これで箸墓古墳が卑弥呼の墓であることは
間違いなくなった」とのたもうているのだから。
でも、である。
しかし、である。
記事をよく読めば、この古墳から出土した土器に付着した炭化物を
放射性炭素年代分析した結果、卑弥呼の時代と被っていることが
判ったらしいというだけである。
#ちなみに、箸墓古墳については、こちらに詳しい来歴等が
挙げられている。
ここに眠っているとされる倭迹迹日百襲姫尊命
(やまとととひももそひめのみこと)は、ある事件が
きっかけで、箸で自らの秘所をついて死んだとなっている。
勿論、そのとおりの出来事が起こったというよりは、
何かの暗喩であろうことは想像に難くない。
それを以って邪馬台国論争の終止符とするならば、まだ
こちらの方が説得力が有るのではないかい?と思って、
自宅の書架から引き出してきたのが本書である。
この本は、作家・鯨統一郎氏のデビュー作である。
より正確に言うと、本書の表題ともなった「邪馬台国は
どこですか?」が、創元推理文庫を刊行する東京創元社の
主催する創元推理短編賞に投稿され、その最終候補にまで
残った、というところが氏の小説家としての起点となる。
本書のジャンル分類上の問題から、同賞の受賞は惜しくも
逃したが、本書に書かれている内容がとてもエキセント
リックであり、かつ知的好奇心を刺激してくれることは、
本書の解説に引用されている同賞の選考委員・宮部みゆき氏の
コメントを読んでも明らかである。
また、本作品を単なる選考漏れの山の中に埋もれさせるのは
惜しいとして、東京創元社の編集者・伊藤詩穂子氏が作者に
働きかけたことが、作者のデビューになったことを考えると、
伊藤氏の眼力の素晴らしさは元より、出会いとか縁の不思議、
といったものを感じる。
ちなみに、鯨氏は自営業という本業を営んでおり、二束の草鞋
を履いているという、僕の尊敬する堀晃氏と同じパターンの作家である。
それでは、本書では邪馬台国はどこだと比定されているのか?
なんと、岩手県八幡平市である。
その詳細な論旨の展開は、本書をご一読していただくとして。
本書のスタイルを、簡単に紹介しよう。
舞台となるのは、カウンター席しかない小さなバー。
登場人物は、4名のみ。
バーの雇われマスター兼バーテンダー、松永。
バーのお客として、某私立大学文学部日本古代史専攻の三谷教授。
その助手で才媛の誉れも高い早乙女静香。
そして、自称歴史家の宮田六郎。
宮田については、ライターらしいという以外は、松永にもよく
判っていない。
この極めて閉鎖的なシチュエーションの中で、合計6篇の
歴史談義が4名の間で交わされることとなる。
もっとも、殆どの会話は、静香が常識論的な立場、宮田が
その揚げ足を取るようにエキセントリックな立場を主張
することで進められる。
自分の才能に自信を持ち、毒舌家の静香にとって、自分が
思いもつかなかった論説を主張し、しかもそれに対して
反論出来ないシチュエーションを構築する宮田は目の上の
タンコブといってもいい存在である。
自然、毎回の談義は回を追う毎に熱を帯びてくることとなる…。
それにしても。
本書の帯にあるキャッチコピーが、実にキャッチーである。
「九州? 畿内? そんなところにあるもんか!!」
これを読んで、興味を引かれない歴史好きはいないだろう。
6編の歴史談義は、それぞれ以下のような内容となっている。
「悟りを開いたのはいつですか?」
>仏陀は実は悟りなんか開いていない。
「邪馬台国はどこですか?」
>表題作ともなった。邪馬台国は実は東北だ!
「聖徳太子はだれですか?」
>女帝・推古天皇と聖徳太子、蘇我馬子は同一人物だ!
「謀叛の動機はなんですか?」
>本能寺の変は、織田信長が仕組んだ自殺だった!
「維新が起きたのはなぜですか?」
>明治維新は、勝海舟の催眠術によって全てがコントロール
された。
「奇蹟はどのようになされたのですか?」
>イエス復活の真相は、ユダの身代わりによるものだった。
の六篇。
この紹介を読んで、「んな馬鹿な!」と思った貴方。
是非、下部のリンクから本書をご購入してみて下さい。
「んな馬鹿な!」
⇒「え? そんな見方も出来るの?」
⇒「う~ん。ひょっとして、そうなの?」
の、思考の三段活用変化を楽しむことが出来るだろう。
どの篇も、意外性に満ちた宮田の説が開陳され、それに対して
静香が切り返しを試みるもゲシュタルト崩壊を起こして論破
されていくという展開。
どれも皆、ほんまかいな!?とは思うが、それでも僕には反芻
しても、宮田への反論が思いつかなかった。
例えば、表題作の「邪馬台国はどこですか?」。
魏志倭人伝にある距離と方角どおりに辿れば、邪馬台国は
太平洋上に位置することになってしまう。
それを、当時の中国人の日本の地理的認識には重大な誤認が
あったとして、東北に着地させてしまう。
その誤認の証跡として彼が主張するのが、15世紀に朝鮮で
作成された混一疆理歴代国都之図。
この地図では、日本が上下逆に描かれているという。
そうした誤認こそが、方角表記を鵜呑みにしてはいけない
根拠だとするのだ。
どこまでが史実で、どこまでが作者の創造物なのか不明だった
ため、上記の地図名をネットで検索してみたら、なんと!
本当に宮田が主張するような形で日本が描かれている本地図が
現認出来たでは無いか。
その他、細かなところも含めて。
宮田は魏志倭人伝の記述内容を分析し、解説しながら、
最終的には邪馬台国=岩手県八幡平市にあるという自説を
押し切ってしまうのだ。
これを、素直に日本史に新説登場!とそう捉えるのか。
それとも、作者の知的遊戯と捉えるのか。
それは、読者の自由である。
少なくとも、ネットで検索してみても、この説が考古学界
ではまともに取り上げられた事跡は無いので、世間一般
には後者なのだろう。
だが。
そうであれば、尚更。
作者の主張を完膚なきまでに論破しているような、そうした
HPが有っても可笑しくないと思うのだが、そういった
存在もまた、見当たらないのだ。
#どなたか、ご存知であれば教えてください。
宮田氏の論理の矛盾点が指摘されない限りは、僕の中では
邪馬台国は東北に有り続けるのである。
(この稿、了)
(付記)
鯨統一郎という、一風変わったペンネームの由来は?
この作品を思いついた背景は?
といった、読者の様々な疑問・質問を直接作者に伺うことが
出来た稀有な座談会の模様は、こちらで。
謎宮会という、創元推理文庫の一種のファンサイトが主催した
会合だが、こうしたアクティブな動きが出来るファンサイト
って凄いと思う。
このコラムを書いた後、思わず注文してしまった作品。
ちょうど今、日本の童話のその後の二次創作募集をしている出版社が
あり、反応してしまった…。
なんだ!ちゃんと続編があったんだ!ということで、こちらも
思わず注文済。
いわずと知れた、海の向こうのSFの巨匠。A・アジモフ氏による
同じ趣向の作品。
1995年5月29日 初版刊行
(入手版は1999年7月9日 15版)
先日。
邪馬台国がついに発見された! 奈良にある箸墓古墳がそれだ!
という記事を読んだ。
いや、冗談ではない。
僕が目にした、読売新聞の引用記事を見て欲しい。
調査に当たった、千葉にある国立歴史民俗博物館の春成秀爾・
同博物館名誉教授は「これで箸墓古墳が卑弥呼の墓であることは
間違いなくなった」とのたもうているのだから。
でも、である。
しかし、である。
記事をよく読めば、この古墳から出土した土器に付着した炭化物を
放射性炭素年代分析した結果、卑弥呼の時代と被っていることが
判ったらしいというだけである。
#ちなみに、箸墓古墳については、こちらに詳しい来歴等が
挙げられている。
ここに眠っているとされる倭迹迹日百襲姫尊命
(やまとととひももそひめのみこと)は、ある事件が
きっかけで、箸で自らの秘所をついて死んだとなっている。
勿論、そのとおりの出来事が起こったというよりは、
何かの暗喩であろうことは想像に難くない。
それを以って邪馬台国論争の終止符とするならば、まだ
こちらの方が説得力が有るのではないかい?と思って、
自宅の書架から引き出してきたのが本書である。
この本は、作家・鯨統一郎氏のデビュー作である。
より正確に言うと、本書の表題ともなった「邪馬台国は
どこですか?」が、創元推理文庫を刊行する東京創元社の
主催する創元推理短編賞に投稿され、その最終候補にまで
残った、というところが氏の小説家としての起点となる。
本書のジャンル分類上の問題から、同賞の受賞は惜しくも
逃したが、本書に書かれている内容がとてもエキセント
リックであり、かつ知的好奇心を刺激してくれることは、
本書の解説に引用されている同賞の選考委員・宮部みゆき氏の
コメントを読んでも明らかである。
また、本作品を単なる選考漏れの山の中に埋もれさせるのは
惜しいとして、東京創元社の編集者・伊藤詩穂子氏が作者に
働きかけたことが、作者のデビューになったことを考えると、
伊藤氏の眼力の素晴らしさは元より、出会いとか縁の不思議、
といったものを感じる。
ちなみに、鯨氏は自営業という本業を営んでおり、二束の草鞋
を履いているという、僕の尊敬する堀晃氏と同じパターンの作家である。
それでは、本書では邪馬台国はどこだと比定されているのか?
なんと、岩手県八幡平市である。
その詳細な論旨の展開は、本書をご一読していただくとして。
本書のスタイルを、簡単に紹介しよう。
舞台となるのは、カウンター席しかない小さなバー。
登場人物は、4名のみ。
バーの雇われマスター兼バーテンダー、松永。
バーのお客として、某私立大学文学部日本古代史専攻の三谷教授。
その助手で才媛の誉れも高い早乙女静香。
そして、自称歴史家の宮田六郎。
宮田については、ライターらしいという以外は、松永にもよく
判っていない。
この極めて閉鎖的なシチュエーションの中で、合計6篇の
歴史談義が4名の間で交わされることとなる。
もっとも、殆どの会話は、静香が常識論的な立場、宮田が
その揚げ足を取るようにエキセントリックな立場を主張
することで進められる。
自分の才能に自信を持ち、毒舌家の静香にとって、自分が
思いもつかなかった論説を主張し、しかもそれに対して
反論出来ないシチュエーションを構築する宮田は目の上の
タンコブといってもいい存在である。
自然、毎回の談義は回を追う毎に熱を帯びてくることとなる…。
それにしても。
本書の帯にあるキャッチコピーが、実にキャッチーである。
「九州? 畿内? そんなところにあるもんか!!」
これを読んで、興味を引かれない歴史好きはいないだろう。
6編の歴史談義は、それぞれ以下のような内容となっている。
「悟りを開いたのはいつですか?」
>仏陀は実は悟りなんか開いていない。
「邪馬台国はどこですか?」
>表題作ともなった。邪馬台国は実は東北だ!
「聖徳太子はだれですか?」
>女帝・推古天皇と聖徳太子、蘇我馬子は同一人物だ!
「謀叛の動機はなんですか?」
>本能寺の変は、織田信長が仕組んだ自殺だった!
「維新が起きたのはなぜですか?」
>明治維新は、勝海舟の催眠術によって全てがコントロール
された。
「奇蹟はどのようになされたのですか?」
>イエス復活の真相は、ユダの身代わりによるものだった。
の六篇。
この紹介を読んで、「んな馬鹿な!」と思った貴方。
是非、下部のリンクから本書をご購入してみて下さい。
「んな馬鹿な!」
⇒「え? そんな見方も出来るの?」
⇒「う~ん。ひょっとして、そうなの?」
の、思考の三段活用変化を楽しむことが出来るだろう。
どの篇も、意外性に満ちた宮田の説が開陳され、それに対して
静香が切り返しを試みるもゲシュタルト崩壊を起こして論破
されていくという展開。
どれも皆、ほんまかいな!?とは思うが、それでも僕には反芻
しても、宮田への反論が思いつかなかった。
例えば、表題作の「邪馬台国はどこですか?」。
魏志倭人伝にある距離と方角どおりに辿れば、邪馬台国は
太平洋上に位置することになってしまう。
それを、当時の中国人の日本の地理的認識には重大な誤認が
あったとして、東北に着地させてしまう。
その誤認の証跡として彼が主張するのが、15世紀に朝鮮で
作成された混一疆理歴代国都之図。
この地図では、日本が上下逆に描かれているという。
そうした誤認こそが、方角表記を鵜呑みにしてはいけない
根拠だとするのだ。
どこまでが史実で、どこまでが作者の創造物なのか不明だった
ため、上記の地図名をネットで検索してみたら、なんと!
本当に宮田が主張するような形で日本が描かれている本地図が
現認出来たでは無いか。
その他、細かなところも含めて。
宮田は魏志倭人伝の記述内容を分析し、解説しながら、
最終的には邪馬台国=岩手県八幡平市にあるという自説を
押し切ってしまうのだ。
これを、素直に日本史に新説登場!とそう捉えるのか。
それとも、作者の知的遊戯と捉えるのか。
それは、読者の自由である。
少なくとも、ネットで検索してみても、この説が考古学界
ではまともに取り上げられた事跡は無いので、世間一般
には後者なのだろう。
だが。
そうであれば、尚更。
作者の主張を完膚なきまでに論破しているような、そうした
HPが有っても可笑しくないと思うのだが、そういった
存在もまた、見当たらないのだ。
#どなたか、ご存知であれば教えてください。
宮田氏の論理の矛盾点が指摘されない限りは、僕の中では
邪馬台国は東北に有り続けるのである。
(この稿、了)
(付記)
鯨統一郎という、一風変わったペンネームの由来は?
この作品を思いついた背景は?
といった、読者の様々な疑問・質問を直接作者に伺うことが
出来た稀有な座談会の模様は、こちらで。
謎宮会という、創元推理文庫の一種のファンサイトが主催した
会合だが、こうしたアクティブな動きが出来るファンサイト
って凄いと思う。
邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)鯨 統一郎東京創元社このアイテムの詳細を見る |
このコラムを書いた後、思わず注文してしまった作品。
ちょうど今、日本の童話のその後の二次創作募集をしている出版社が
あり、反応してしまった…。
浦島太郎の真相 恐ろしい八つの昔話 (カッパノベルス)鯨 統一郎光文社このアイテムの詳細を見る |
なんだ!ちゃんと続編があったんだ!ということで、こちらも
思わず注文済。
新・世界の七不思議 (創元推理文庫)鯨 統一郎東京創元社このアイテムの詳細を見る |
いわずと知れた、海の向こうのSFの巨匠。A・アジモフ氏による
同じ趣向の作品。
黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1)アイザック・アシモフ東京創元社このアイテムの詳細を見る |
邪馬台国はどこ?・・・70ぐらいの諸説があると聞いたことがありますが、さてさて、本当は、どこにあるのですかねぇ。
どうせなら、僕らの存命中に。
でも、どこだどこだと言っているうちが、華なのかも?(笑)
この本、面白いですよ。
宜しければ、以前にお借りした本をお返しするときに、お貸しします。
お礼はハンマースホイの絵葉書でいいや(笑)。
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