滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ドイツの最新研究報告「原子力発電所の周辺では女児の誕生数が少ない」

2010-12-08 17:09:29 | その他

2007年の報告書「原子力発電所の周辺では小児癌のリスクが高くなる」



Quelle: IPPNW Deutschland



日本のメディアではほとんど取り上げられていないようですが、2007年にドイツで発表された研究報告書「原子力発電所の周辺における小児癌に関する疫学調査」は、スイスやドイツの社会に大きなショックを与えました。(ブログ2010年3月9日で報告)

調査の結果からは、原発の5km以内では小児の白血病の罹患率が通常の2倍であり、原発から50km離れた地域まで高い罹患リスクが認められ、また
距離が離れるほどリスクも低くなることが証明されています。

原子力発電所は通常運転時でも、周辺に放射性物質を排出しています。それが「許容値」とされる量であっても、特に胎児や幼児に大きな影響を与えるといいます。このドイツの調査を受けて、スイスでも2008年から原発と小児癌の関連性を調べる研究が進められています。2011年に結果が発表される予定です。

研究報告書「原子力発電所の周辺における小児癌に関する疫学調査」は、下記アドレスから見られます。
  http://www.ippnw.de/commonFiles/pdfs/Atomenergie/bfs_KiKK-Studie.pdf 



2010年の研究報告書「原子力発電所の周辺では女児の誕生数が少ない」

さらに今年10月にはドイツのミュンヘンで、「原発周辺では女児の誕生数が少ない」という研究報告書が発表され、今話題になっています。
タイトルを訳すと「人間の誕生時における性別オッズ比は原子力施設周辺でゆがんでいるか」。
著者はRalf Kusmierz, Kristina Voigt およびHagen Scherbの3人。Kuscmierz氏はブレーメン大学の研究者、Voigt氏とScherb氏はミュンヘンのヘルムホルツ環境健康研究所の研究者です。

この調査では、ドイツとスイスの原子力発電所31箇所の周辺にある、1万件の自治体における200万人の誕生が調査されました。
結果は、原発周辺35km以内では、それ以外の地域と比べると、過去40年で1~2万人の女児の誕生数が少ない、というものです。男児105~106人に対して女児100人が生まれるというのが普通だそうですが、その比率が原発周辺では異なるのだそうです。
スイスの原発周辺地域だけをとれば、一年に女児の誕生数が40人少ない‐流産されている‐ということになります。

上記の研究書の英語版サマリーを下記アドレスから見られます。 
  http://ibb.helmholtz-muenchen.de/homepage/hagen.scherb/KusmierzVoigtScherbEnviroInfoBonn2010.pdfhttp://www.youtube.com/user/IPPNWgermany

バーゼル市のサンタクララ病院の腫瘍学者のクラウディオ・クニューズリ博士は、この研究結果について、週間新聞WOZのインタビューでこう答えています。

「この結果は非常に重要なものであり、厳しい統計的な追加試験や敏感度分析(SensitivityAnalysis)にも合格しています。原発周辺で子供達が失われているという結論は避けて通れません。原子力発電所が通常運転時に排出する放射線が、これに責任を負うと考えるべきです。またこれにより遺伝子が変容することもあり、すぐには死に到らずとも、何年も後になって白血病のような重病に至ることもあります。

私たちは、この遺伝上の変容を真剣に受け止めなければなりません。遺伝子は『人類の最も貴重な財産』と世界健康機関が形容していますが‐それが破損されることが証明されているのですから。責任意識のある社会は、このような重大な影響を及ぼす核技術を使うべきではありません。この医学的な論拠は無視できないものですから、我々は原子力エネルギーを諦めるべきです。」  (WOZ誌2010年11月18日)


医師たちのNPOの要求「放射線制限値を胎児に合わせよ」

核戦争の防止を目的とした世界的な医師NPO団体であるIPPNWのドイツ支部は、11月23日のプレスリリースの中で上記の調査結果について次のように説明しています。少し長くなりますが以下に訳します。

「IPPNWはこの研究が、放射線と細胞破壊の因果関係を確証するものであると考える。 2007年にドイツで『小児癌研究』が行なわれ、原子力発電所の近辺では小児の白血病や癌のリスクが高まることを証明した。

上記の女の胎児の損失は、原子力発電所が周囲に放出する電離放射線による遺伝子の破損を示している。同様な効果が、チェルノブイリ事故や原爆試験による影響でも観察されている。チェルノブイリ事故後、ヨーロッパでは死産や奇形が数多くあっただけでなく、男女の胎児の割合に異変があった:1986年後ヨーロッパでは急激に生きて生まれる女児の数が減ったのだ。

原発は通常運転時にも放射性同位物を放出する。例えばH3(トリチウム)や放射性炭素(C14)が周辺に放出され、それが気付かずに人体に取り入れられ、内部放射を起こす。燃料棒交換の際や、故障時、急速停止時には、この排出量が高まる。それが『許容値』以下であっても、生まれていない子供たちが危険に晒されているのは明確だ。この『許容値』の基準は古く、本当のリスクを過小視している。

『少ない女児誕生数に関する最新の研究結果は、小児癌調査と同様に、警鐘をならしています。』と、ドイツIPPNW代表委員のReihold Thielは話す。また、IPPNWの小児科医Winfrid Eisenberg博士は、『放射性核種が、低放射量の領域においても、生殖細胞や胎児、幹細胞を、電離放射線によって極度の危機に晒すことは知られています。おそらく女の胎児は男の胎児よりも放射線に敏感に反応するのでしょう。とはいえ、女児に加えて、男の胎児に関しても千単位での被害があると考えられます。』と、語る。

IPPNWはドイツ連邦政府に、この危険性を減少することを求める。胎児と小児の放射線への敏感さを考慮に入れて、放射線防護の基準と制限値は、若い健康な男子(Reference Man)ではなく、極度に放射線に敏感な胎児(Reference Embryo)を基準とすべきである。」 (IPPNWドイツの11月23日のプレスリリース)

ドイツだけでなくIPPNWスイス支部も、「この研究結果は、たとえ低放射線量であっても妊娠初期において胎児に深刻な被害を与えうることを警告している。IPPNWスイスは国の担当局にこの報告結果の早急の審査を求める。」と、発表しています。

IPPNWドイツが製作したヴィデオ「原子力発電所の周辺の小児癌」(4分間)が下記アドレスから見られます。 原子力発電所からの放射性物質による胎児への影響を説明しています。
 http://www.youtube.com/user/IPPNWgermany



 スイス国営放送の科学番組「アインシュタイン」でも報道

12月2日にスイスの国営放送の科学番組「アインシュタイン」でも、「原発の周辺では女児の誕生数が少ない」というドイツの調査結果が報道されました。番組の中で、この調査を審査したチューリッヒ工科大学の生物統計学者の方が、「誕生数の減少は少量であるが、明らかに証明できる量である」と、話していました。 また、スイスの連邦放射線防護委員会の会長は、「どのような追加の低量放射線も健康被害に繋がる。」と発言していました。

この番組では、通常運転する原子力発電所から放出される低量の放射線のほか、フランスにある再処理工場セラフィールドでの作業時に西欧に振りまかれる放射能が、600km離れたスイスアルプスのユングフラウヨッホですらも観測できることを報告しています。

科学番組「アインシュタイン」のヴィデオ「原発周辺で女子出生率が低くなる」が下記アドレスで見られます。
  http://www.videoportal.sf.tv/video?id=96d98ad4-f3be-46cb-ab6f-892ac8cadcde

科学番組「アインシュタイン」のヴィデオ「通常運転時の原子力施設からの放射線汚染」が下記アドレスで見られます。
  http://www.videoportal.sf.tv/video?id=02236d90-9195-4fc7-bbec-6b8f3c4654a8


日本でも、スイスでも、原子力エネルギー利用のこれからを考える際に、低量の放射線が住民の健康に及ぼす影響についての調査や議論が欠かせなくなると思われます。(日本の場合は、この技術を海外輸出するというのですからなおさらです。)
ドイツの科学的研究が証明した原子力エネルギー施設と小児癌や流産の関係について、日本の厚生労働省はどのように考えているのでしょうか。日本でも、中立な立場から、徹底した科学的調査を行なって欲しいと思います。



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