滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

国民議会、脱原発に役立つ発議案を大量生産

2011-06-16 22:52:45 | 政策

スイスは今年の秋に総選挙です。だから、今、政治家は国民に嫌われることはしたくないですし、各党それぞれに活躍をアピールしたい、というのは一連の脱原発に関わる決定にも言えることです。

6月8日と9日には、国民議会(下院)の特別会議で、フクシマ後に議員たちより提出された140ものエネルギー関連の発議(立法要請案)が、次から次へと決議されていきました。具体的には、脱原発を求める発議と、再生可能エネルギー及び省エネの促進を求める多種多様な発議に分けられます。

閣議決定されていた段階的な脱原発については、国民議会も明確に可決。中道のキリスト教民主党が左派と組んだことが可決に繋がりました。対して、スイス国民党派は反対、自由民主党は棄権しています。

脱原発に役立つ重要な発議の中で可決したものは下記があります。これらの発議案は、秋の国会で上院でも審議されます。

●全量買取制度の蓋を取る!
これまでスイスの全量買取制度の買取予算には、予算全体の上限と、技術ごとの費用上限の二重の蓋がもうけられており、それにより予算不足に陥っていました。これが8000件(年発電量4TWh分)にも及ぶウェイティングリストを作りだしていたわけで、特に人気の太陽光発電の普及にブレーキがかかっていました。(ドイツに倣って)スイスもこの蓋を取る決断を下院は選んだことは大きな収穫です。環境団体WWFらの計算によると、再生可能エネルギーと省エネだけで脱原発することを前提として、2035年までに25TWhを増産する場合でも、買取のために必要になる電気代への上乗せ価格は最大でも3.1ラッペン(約2.7円)/kWh程度だそうです。

● 建設許可過程のスピードアップ
ドイツやイタリアと比べると、スイスでは特に風力や小型水力の発電所の建設許可課程が異常に複雑で、時間がかかっていたのが問題でした。それを簡易化し、自然エネルギー発電所の実現までの時間を短縮させます。

●2025年までに電気暖房の交換義務
冬の電力消費量ピーク時に電気を浪費する生電気の暖房や給湯器。これを2025年までに再生可能熱源に交換させます。それにより、ミューレベルグ原発一基分の発電量が節約できます。さらに、電気暖房や給湯器に対して格安料金で電気を販売することを禁じます。

●ベスト家電機器戦略
トップランナー機器のみを販売許可することで、電気機器への規制を今よりも強化します。

● 大型化石熱源をコージェネ化
既存のガスや灯油の熱源でサイズの大きな物は、発電も行なうコージェネタイプに交換していきます。それによりCO2排出量を増やさずに、既存の熱源で発電量を増やします。

● その他に可決された発議
「電力消費量が少ないほど安くなる電力料金案」、「分散型電力供給のための送電網強化促進」、「太陽熱への助成強化」、「新築の省エネ規制強化」、「公共の照明の省エネ化」・・等。環境の視点からは、少し困った発議も可決されました。例えば「水力の5TWhの増産」という、少し無茶な増産案も。その他、理不尽だったのは、

●環境団体のエネルギープロジェクトへの団体公訴権の剥奪
環境団体が、大量の再生可能エネルギープロジェクトを阻止しているというデマがスイスでは良く流されています。しかしこれは根拠のないことなので、閣僚もこの発議を否決するよう推薦しましたが、ブルジョア派政治家(中道+右派)により可決されました。例えば小型水力では、全量買取制度に申請する800件のプロジェクトのうち、環境団体が公訴したのは自然保護に関して法的に問題のある43件のみ。多くの場合、これによりプロジェクトは改善されています。脱原発の機会を利用して、ブルジョア派が環境団体をアタックした形になりました。

●節電税を下院は否決
節電効果の大きな発議には否決されたものも多くありました。左派から提案された「電力会社への拘束力のある節電目標」や「電力への環境税」などです。総選挙前では、電気代を高くする印象のある(例え後で還付されるにしても)エネルギー税は、中道派の政治家には受け入れられず、チャンスなしという印象でした。今後、脱原発が具体化して行けば、上院や内閣でも議論が重ねられていくでしょう。脱原発する・しないに関わらず、今後、電気代は必ず大幅に上がると断言されています。

特別会議の前の晩には、国営ラジオは主要政党の代表者を集めて「脱原発」議論を生放送。緑の党、社会民主党、キリスト教民主党は、ブルジョア民主党、緑リベラル党は、原子力利用からの明確な決別を支持。自由民主党とスイス国民党は、内閣の脱原発案は計画性がなく、再生可能技術には実績がなく、「希望の原則に過ぎない」と批判。

自由民主党は、現世代の原発の新設は不可能だが、技術禁止は行なうべきではなく、安全な次世代原発にチャンスを与えるべきと繰り返します。対して特別会議では、エネルギー大臣のドリス・ロイトハルト氏は、安全な次世代原発というまだ存在しないものを待つことこそが「希望の原則」であると言い返しました。

原発推進派の唱える「技術禁止しないこと」、つまり「モラトリアム」は、国民の忘れやすさに期待した時間稼ぎです。スイスではチェルノブイリの後、1990年に脱原発を問う国民投票が行なわれましたが、それは僅差で否決されました。その代わりに10年間原発を建てないモラトリアムが可決されたのです。これにより、多くの自発的な再生可能エネルギーや省エネの促進は進んだのは確かです。

しかし、原発というオプションを残すことで、強い効果のある節電・再生可能電力の促進政策が通らず、電力インフラ構造改革への投資に「失われた20年」を作ってしまったのです。その間違いを繰り返してはならないという言葉が、先日の議論でも何度も聞かれました。

とはいえ、これらの発議が法律となり、実施されるまでにまだ数年かかるとか。少し急がなくては、老朽化した発電設備と送電網の更新に間に合わないのではないでしょうか。


追伸:6月8日の特別会議の2時間に渡る議論は国営ラジオで生中継されましたが、そこで最も頻繁に聞かれた単語が「フクシマ」でした。


■ オーストリア土産2
インスブルックからザルツブルグに電車で移動する途中、ドイツのバイエルン州を通過した時、突如として太陽光発電を備えた建物が頻繁に。太陽光発電の電力生産に占める割合6%のバイエルン、政策の違いは国境を越えただけで見えます。オーストリアもスイスと同様に、全量買取制度の設計が太陽光発電に親切ではないのです。

★ ギュッシング市のバイオガス・パイプライン構想
最先端のバイオマス技術利用により、高度な熱と電力の供給率を達成し、立派な産業立地となったことで有名なギュッシング市。町やその周辺の村のほとんどが、木質バイオマスやバイオガスコージェネによる地域暖房網を所有します。
ギュッシング地域の次の構想は、バイオガスパイプライン。各村にバイオガス専用の配管と、自動車用のバイオガススタンドを設置する計画です。また、地域暖房管よりもガス管は安いため、これまで地域暖房網が届かなかった、集落から離れた世帯にも、再生可能な暖房エネルギー源を供給できます。
さらに、村を結ぶバイオガスパイプラインを設置して、地域間でガスを融通。こういった構想により、ギュッシング一帯は2015年までに15自治体を、電気・熱・交通燃料の全てにおいてエネルギー自立させるというお話でした。利用するバイオマスの原料は残材が中心で、道路や水辺の刈られた草や剪定材、林業の残材、養殖池の藻など十分にあります。


■ ニュース

★ 家庭用、圧縮空気のバッテリー、2013年に市販化目指す
現在スイスでは、圧縮空気のバッテリーの開発が、2013年の市販化を目指して進む。10年来この開発に献身するのは、カメルーン出身の研究者Sylvain Lemofouet博士。スイスのローザンヌ工科大学で圧縮空気バッテリーシステムの研究開発に携った後、「Powertech Enairys」社を立ち上げた。空気を圧縮することでエネルギーを貯める、エコロジカルなバッテリーだが、問題はエネルギーの多くが熱として失われることだった。その損失を最小化するために、水を用いた「水空式」電池を採用。空気を圧縮する際に生じる熱を水に吸収させ、圧縮空気を膨張させ発電するときに熱を返すことで、エネルギー損失を少なくする。蓄電効率は65%。今年の秋から、ベルン州電力が出資者となり「水空式蓄電装置」のフィールドテストがモンソレイユ太陽光発電パーク始まる。 http://www.enairys.com/
出展:Starnews

★ 電気屋見習い生が顧客宅の節電アドバイス
スイスでは中学卒業後にほとんどの若者が、職業学校に通いながら、職業訓練社員として企業で働く。友人の電気工事会社クフェラー・エレクトロ社では、5人の職業訓練社員がエネルギー大使となり、顧客の家庭を訪問して、節電ポテンシャルを調査。提案した省エネ、効率化対策を実施してもらうことで、1年の間に20世帯分の年間電力消費量を節電した。節電効果はもちろんのこと、若手社員の教育を通して、その家族や顧客へ省エネの輪を広げていくことが狙い。「エネルギッシモ」と名づけられたこのプロジェクトは、スイスの気候団体マイクライメート基金から「啓蒙プロジェクト賞」を授賞した。マイクライメート基金の「気候工房」では、職業見習い社員を対象とした省エネ促進プロジェクトを専門家が同伴し、資金的にもスポンサーを募って援助している。

写真:Gfeller Elektro

★ ベルン市ミューレベルグ原発停止を求めるデモ
首都ベルンから15km離れたところにある、高齢・ヒビ入りのミューレベルグ原発。その運転停止を求める議員発議は、6月8日の国民議会では否決された。6月13日の祝日には、ミューレベルグ原発の運転停止を求めて、800台の自転車がベルン市からミューレベルグ原発までサイクリング。現地でのデモには3000人が参加した。ベルン州電力の本社の前の芝生では4月5日以来、ミューレベルグの運転停止を求める市民のキャンプが続いている。

★ フランスに風車パークを購入するバーゼルシュタット州営電力
スイスの市営や州営のエネルギー会社は、国内だけでなく、国外の再生可能エネルギー発電設備への投資に熱心だ。スペインやドイツ、フランスやイタリア等のベストな立地条件の風力や太陽熱発電、太陽光発電のパークである。バーゼル・シュタット州営電力は、既に100%再生可能な電力供給を行っているが、フランスの44基の風力パークに出資。出力61MW分、年発電量にして123GWh分を入手した。3.5万世帯分の発電量で、IWBの電力生産量の7%を占める。パークはフランス北部、中部、南東の3箇所にある。バーゼル州は、2015年までに再生可能電力を25%増産(500GWh)する予定だ。
参照:IWBプレスリリース

★ 企業に162億円のCO2税還付
灯油に税収中立のCO2税が課税されているスイス。税収の3分2は毎年、国民と企業に還付される。企業には6月に、162億円が養老遺族保険経由で還付される。還付額は、その企業の給与額に応じて決まり、給与額900万円につき約6千円。国民に対しては、義務になっている健康保険の保険料と差し引きで還付。今年度は1人頭4400円となる。税収の残りの3分1は、省エネ改修の助成資金に使われている。CO2税は灯油消費量の大きな家庭や企業が損し、少ない企業が得する仕組み。大型消費者はCO2排出量を制限する義務を負えば、税制から除外される。
参照:スイス環境庁プレスリリース

★ 節水ノズルにエネルギーラベル導入
主要家電や車、住宅の省エネ性能をA~Gに分けて示すエネルギーラベルが、年末からシャワーノズルや水栓にも導入される。提示はメーカの任意だ。Aクラスのシャワーノズルは、分あたり4~6リットルの水消費量。Gクラスは21ℓ。洗面所の水栓もAクラスは4~6リットル/分。4人家族では、節水ノズルを用いることで、10年間で3000フランを節約できるという。我が家ではアクアクリック社の5~11リットル/分のシャワーノズルと3~5ℓ/分の水栓を利用している。気泡によって肌あたりが柔らかく、使い心地は快適。http://aquaclic.info/home.php?cat=298

★ ドイツの再生可能エネルギーの旅行ガイド
Baedecker社が2011年に出した旅行ガイド「ドイツ・再生可能エネルギー発見」。ドイツ全国の誰でも訪ねられる再生可能エネルギー設備や、先進的な地域や施設に、文化や娯楽、エコ宿泊情報などの見所を組み合わせて紹介する便利な旅の供。読み物としても勉強になる。 http://www.baedeker.com/de/deutschland.html

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