滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

ドイツなら運転が許されないスイスの高齢原発

2013-06-22 21:01:29 | 政策

5月にブログを書きかけたまま、イギリスとスコットランドに旅立ってしまいました。夫の庭園調査の付き合いで、ロンドン北部からスコットランド北西部にかけて車で走りました。道中、あちこちで陸上風力パークが見られ、オフショアパークにも出くわし、風力に関しては(スイスよりもずっと)エネシフ進行中なことが肌で感じられました。6月頭にスイスに戻ってからは、溜まった仕事に埋もれ・・・今やっとブログにたどり着いたところです。

先月、書きかけていたのは「ドイツなら運転が許されないスイスの高齢原発」についてです。
5月6日のことになりますが、環境団体スイスエネルギー財団の主催で、スイスの原発の運転終了年に関する公開議論「安全に脱原発」が、チューリッヒで開催されました。2人の講演者のうち1人は、連邦核安全監督局(ENSI、スイスの原子力規制局)の代表者であるハンス・ヴァンナー氏。もう一人は、ドイツの連邦環境省で規制を担当してきたディーター・マイヤー氏。講演後には、緑の党の議員で、国民議会のエネルギー委員会に属するバズティヤン・ジロ氏を交えてのパネルディスカッション。最後に、開場からの質問が講演者にぶつけられるという構成でした。200人弱を収容する会場は満席で、年配の方が目立ちました。

マイヤー氏は規制代表者として、15年前にドイツのヴューガッセン原発とオブリグハイム原発を、安全基準をクリアできないことを理由に廃炉にさせる決断を行いました。前者の原発はスイスのミューレベルク原発(沸騰水型、1972年運転開始)、後者はベッツナウ原発一号・二号基(加圧水型、1969年、72年運転開始)と全く同じモデルです。ミューレベルクやベッツナウを熟知するマイヤーさんは、スイスのこれらの原発は危険なので即時廃炉にすべきだ、と明言しました。理由は、古いモデルであり改善しようのない構造的なミスが多い、安全性の向上に限りがある、素材の経年劣化も激しく、様々な事故の発生が増える時期にある等です。

またマイヤー氏は、スイスの連邦核安全監督局(ENSI)が、電力会社の経営を配慮した安全審査の決定過程をとっているとしか思えない、とも発言しました。これに対してENSI代表のヴァンナー氏は一度反論しましたが、その後、経済性を考慮しての対策のみを運転会社に義務付けている旨を自ら発言していました。

ヴァンナー氏はプレゼンで、ENSIが法律で決められた運転許可の最低基準の上に安全マージンを上乗せして、より高い安全性を運転者に維持させていると説明。そして、長期運転に際しても、(高額な投資を厭う)運転者に最後の日まで安全マージンを保たせることを求めると言いました。様々な安全性の問題が指摘されているミューレベルク原発でも、まだこの安全マージンを下回っていないため、新しい安全対策の実施には2018年までの猶予を与えても(法律的に)問題ないのだと弁明します。

しかし、この安全マージンや最低基準というのが理不尽で、一つの基準が全原発に適用されるのではなく、各原発ごとにクリアしなければいけない安全性のレベルが異なるのです。つまりミューレベルク原発にとっての安全は、ライプシュタット原発にとっての安全とは違う、ということです。さらに、ミューレベルクやベッツナウといった古いモデルの原発は、どんなにお金をかけて安全対策を講じても、比較的新しい(とはいっても80年代の)ゲスゲン原発やライプシュタット原発の現状レベルすらにも安全性を高められません。ヴァンナー氏すらも議論の中でそのことを認めていました。

スイスでは以前より、すべての原発に無期限運転許可が与えられています。ヴァンナー氏は、連邦核安全監督局(ENSI)の任務は唯一、スイスにある原発が原子力法の基準にかなっているか否かの判断であり、それ以上の責務はない、とあっけらかんと言いました。そして、原子力法にかなっている限りは、運転許可をはく奪する理由も権利もないと。

その原子力法は、2003年に改訂されたものとはいえ既に古びており、脱原発や原発事故に備えるようなものとなっておらず、現在も改訂中です。この原子力法を改訂するのは、政治(国会)の役割です。しかし、国会も連邦閣僚も専門知識の不足を理由に、判断をENSIに一任。実質的にENSIが独裁的で不透明な機関になってしまっています。そのため緑の党の議員のジロ氏は、ENSIを監視する、国会の核安全委員会の予算と人材増強が不可欠であると強調しました。

またジロ氏は、原発のリスクがない社会を作るために新設禁止を決めたのに、大きなリスクを持つ古い原発をずるずる動かし続ける非論理的な現状を厳しく批判しました。ジロ氏は、確立性の計算からするとミューレベルク原発を1年運転する際に生じるリスクは、新しい原発の数十年分のリスクに相当する、と言います。マイヤー氏も「こんなに低い安全基準で運転されているのは理解できない」、「スイスのような先進国にはもっと別の方法がある」、「(ENSIが行動できるように)法律を変えるべき」とまとめました。質疑応答では多数の質問が寄せられましたが、中にはあまりにも悠長な脱原発と不透明なENSIにブチ切れてしまった方も何人かいました。

スイスエネルギー財団では寿命を40年に制限する国民イニシアチブ案の署名を集めています。しかし、6月12日に国民議会は、エネルギー委員会が提案したスイスの原発に最長50年の寿命を導入する案すらを否決しました。

ドイツではリスクが大きすぎて運転できないという、世界最高齢の原発3基を抱えるスイスでは、事故が起これば首都機能が失われる可能性もあります。高密度な居住地域に原発が立地しているため、大量の避難民が生じ、被害はすぐお隣の国々にも広がります。エネルギー戦略2050の目標は立派ですが、スイスの脱原発政策は、運転終了年が決まらない限り、事故のリスクを増やすだけでなく、エネルギーシフトへの投資や政策の計画性を困難にし、勢いを削ぐため、エセ脱原発なのではと勘ぐられても仕方のないところがあります。


イベントのリンク:http://www.energiestiftung.ch/aktuell/archive/2013/04/02/ses-veranstaltung-raus-aber-sicher.html#post_content_extended


ニュース

・風力で電力自立したハルデンシュタイン村
クール市の隣町ハルデンシュタインに竣工した風車が、5月半ばよりフル稼働での運転を開始した。この風車は、同村に拠点を置くガッサー建材社の社長で緑リベラル党の国会議員であるヨシアス・ガッサーさんと、元村長のユルク・ミヒェルさんの2人が出資して建設したもの。風車はヴェスタス社製のギアなしの3MWの製品で、中レベルの風量のある内陸部での使用に適したデザイン。毎秒の風速2~3mから発電を開始し、10mで最大出力に到る。人口1100人の村の産業を含めた全電力消費量に相当する電力量を発電する。立地は村の居住地から離れた、工場地帯や砂利採掘場と高圧電線と高速道路が近い場所で、景観や騒音の問題はない。実現にあたっては、コウモリの棲息地であることもあり、自然保護側からの制約が多く、コウモリが飛ぶ季節には朝晩にそれぞれ3時間運転を停止することが義務付けられている。そのような厳しい条件にも関わらず、経済性はとれるという。 小さいながら勇気付けられる事例だ。
www.calandawind.ch、Suisse Eole

●スイスの風力設置量はヨーロッパでビリ
EUプロジェクト「EurObserv‘ER」は、2012年度のEU内の太陽光発電量を比較したデータを発表した。スイスエネルギー財団は、このデータとスイスの風力・太陽光の発電量を一人頭の発電量に換算して、欧州9か国を比較。同財団によると、このランキングにおけるスイスの座はビリ。ドイツと比べると風力・太陽光の発電量は一人頭15倍も違う。チェコではスイスの4倍の太陽光からの発電量があり、オーストリアではスイスの26倍の電気を風力から生産している。これらの問題の根は、風力や太陽光のポテンシャルではなく、政治制度にある。スイスの買取制度には買取予算に上限が設けられているため、現在2.3万軒のウェイティングリストができており、プロジェクトの実現にブレーキをかけているのが現状だ。ランキングはこちらから見られる。 http://www.energiestiftung.ch/files/textdateien/energiethemen/erneuerbare/ses_laendervergleich_balken_2013_druck.pdf 参照:SESプレスリリース

●欧州中部でも「エネルギー難民」が増える?
イタリアの統計庁によると、不景気で失業率が高いことが理由で、イタリア人の5人に一人が既に居室内を十分に暖房できなくなっている。こういった「エネルギー難民」はオーストリアでも増えており、主に灯油の価格高騰により、既に33万人が冬の間に住居内を適切な温度に暖房することができなくなっているという。オーストリアの場合は、この問題を解決するために低所得者向けの省エネプログラムの実施に力を入れる。また、同国フォーアールベルク州では、以前から「暖房難民」を予測しており、低所得者向けの公益集合住宅には高度な省エネ仕様を義務付けている。この仕様では、20度を保つのにごく僅かなエネルギーしか必要としない。建物の省エネ改修は、エネルギーシフトだけでなく、生活保障の面においても緊急の課題である。
参照:SRF2ニュース、オーストリア気候・エネルギー基金新聞

●ドイツの「エネシフ~エネルギーを市民の手に」キャンペーン
ドイツでは市民が中心となったエネルギーシフトの継続・推進を求める環境団体連盟のキャンペーンが展開されている。自治体や住民レベルでキャンペーンに参加できる。参加の種類は、エネルギーカルタへのオンライン署名、そしてエネシフ現場の写真投稿による参加の二つ。キャンペーンに必要な横断幕やパネルは主催者より無料で提供される。署名・参加はこちらから:
http://www.die-buergerenergiewende.de/
既に参加した人や地域たちの沢山の投稿写真がこちらから見られる。
http://www.die-buergerenergiewende.de/energiebuergerinnen/
私も省エネ建築の視察団の皆さんと参加し、プラスエネルギー建築の前で撮影した写真を投稿。横断幕は「私達がエネルギーシフト」。
http://www.die-buergerenergiewende.de/energiebuergerinnen-beitrag/energiewende-weltweiter-austausch/
写真や署名はドイツの連立政府に提出される。

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