滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

スイスのCO2法改訂が成立~パリ協定への最初の一歩として

2020-12-02 20:03:05 | お知らせ

© Schweizer Solarpreis 2020 
(写真)スイスソーラー大賞を受賞した817%のプラスエネルギー住宅、詳しくはページ最後参照


 初雪が降り、山の集落にも冬が訪れました。

 3月以来、視察セミナーの仕事がすべてキャンセルとなり、多くの旅行・文化業界の方々と同様に、私もコロナ禍の打撃を正面から受けてきました。しかし、それは人生や仕事の方向性を、一度立ち止まって考え直す良い機会にもなりました。

 現在は、集合住宅の植栽設計の仕事を中心として、本の仕上げ、小さな翻訳・通訳、家・オフィスの整理などを行っています。

 昨年から取り組んできたオーガニックホテル(ビオホテル)を紹介する単行本の出版時期は、少し遅れて来年の3月になりました。出版時期が近づいてきましたら、オンライン講演会を展開していきたいと思っています。


「緑の波」のCO2法への影響
 
 スイスでは「緑の波」が、静かに今年も継続しています。
 2019年から続く若者たちによるフライデイ・フォー・フューチャー運動が、大人の行動にも影響を与えて、様々な州や自治体の選挙で緑の党や緑リベラル党が議席を増やしたり、気候保全に積極的な決議が行われる現象のことです。

 その一つの成果として、昨年、「緑の波」の最盛期に選ばれた新しい上院・下院により、この秋にCO2法の改訂がようやく成立しました。3年間も合意形成ができずに来た法案が、若者たちのおかげでようやく着地したのです。2050年までの気候中立に向けて、とりまずは2030年までの歩みを具体化する重要な法律です。

 今日は改訂の主なポイントを紹介します。


改訂CO2法の特徴
  • スイスの削減目標:2030年までに90年比で半減。そのうち75%を国内で削減する。つまり国内での削減量は37.5%、残りは国外で相殺。

  • 既存の建物:既存の建物で熱源を交換する際には、2023年から建物のCO2排出量に制限値が導入される。それにより断熱性能の優れた建物以外では、オイルボイラーの更新は不可能になる。制限値は最初は㎡あたり20kgから始まり、5年毎に5㎏減らされる。(新築の熱源については基本的に再エネ以外は不可能とする法律が州により導入済み)

  • 新車:CO2目標をEUと歩調を合わせて厳しくする。新車・業務用車・軽量セミトレーラー車への規制だけでなく、重量トラックにも条件が導入される。自動車産業のないスイスでは輸入業者がこの目標値に責任を担ってきた。目標値を達成しない場合には輸入業者が相殺金を支払う。

  • ガソリン代:化石エネルギーによる交通燃料の輸入業者は、CO2排出量のほぼ全量を相殺する義務を負い、その多くを国内で行う。これまでと同様に、相殺費用はガソリン・ディーゼル代に上乗せされる。上乗せ額には上限が設けられており、2024年までにはリットルあたり最大10ラッペン(11.6円)、25年までに12ラッペン(13円)までの値上げが許容される。

  • 熱源燃料:熱源の燃料に対して以前から課されているCO2課徴金は、削減が十分に行われない場合には、CO2一トンあたり今日の120スイスフラン(1.4万円)から、210スイスフラン(2.4万円)に値上げされる。

  • 公共交通:エコロジカルなエネルギー源への転換を進めるために、公共交通への交通燃料税還付を止める。2026年までに市内公共交通が、30年までにはすべての公共交通が対象となる。地形的な理由から代替エネルギー源に転換できない場合は例外措置。

  • 航空チケット課徴金:航空チケットには新たに、30スイスフラン(3500円)以上、120スイスフラン(1.4万円)以下の課徴金が、距離と利用クラスに応じて課金される。課徴金収入の半分は住民に還付される。残りの半分は新設される気候基金に入れられる。飛行機を使う頻度が少ない人が得をする仕組み。

  • 気候基金:これまでの複数の気候関連の基金に代わる新しい器。CO2課徴金収入の3分1と航空チケット課徴金の収入の半分が入れられる。これが気候保全関連のイノベーション、建物省エネ化、気候適応対策への助成金の財源となる。

  • 産業:産業的設備の新設・改築に際しては、温暖化ガスの発生量を可能な限り最小限に抑えさせる。排出権取引に参加する大手企業は含まれない。

  • 気候適応対策:国と州はリスク予防、災害克服、資金算出においてコーディネートを強化する。


パリ協定への具体的な一歩

 ようやく成立した改訂版のCO2法ですが、石油業界を代弁するスイス国民党がレファレンダムを準備しており、国民投票に持ち込まれる見込みです。2030年までの気候中立を理想に掲げる若い気候活動家の一部もこのCO2法に不満を抱いています。

 確かにお隣の国のオーストリアでは2040年までの気候中立が政策目標に掲げられ、暖房用オイルボイラーの更新が2021年から禁止されている事を考えると、脱化石エネルギーの規制については甘いかもしれませんし、厳しい規制が後ろ倒しになっている印象は否めません。

 ただこのCO2法が国民投票で否決されてしまうと、2030年までに効力のある気候政策を実施していくことは時間的にも困難に。そのため、とりまずはこのCO2法を受け入れることがパリ協定への最初の一歩であるというのが、幅広いコンセンサスとなっています。


エネルギー展望2050+:100%再エネによるゼロシナリオ

 こういった動きと並んで先週には、連邦エネルギー庁が「エネルギー展望2050+」を発表しました。これまでの国のエネルギー展望を発展させた、すべてのエネルギー分野の脱炭素化のためのシナリオです。別の機会に紹介しますが、国産の再生可能エネルギーとセクターカップリングによる脱炭素化を前提としています。エネルギー源の中で太陽光が45%も占めていたのは驚きました。

 2050年までの気候中立については2019年8月に閣議決定しています。
気候中立の目標とその道筋を憲法化する事を求める国民発議案「氷河イニシアチブ」の投票は、2022~24年頃に予定されています。これに関して今年の9月には、閣僚が国民発議案への対案を発表。その中でも気候中立の目標が取り込まれています。

というわけで、スイスは常に亀の歩みですが、気候中立の憲法化は、数年後の国民投票まで待つことになるようです。


参考資料:
・連邦環境庁プレスリリース
・連邦エネルギー庁プレスリリース



【冒頭の写真】
817%のプラスエネルギーハウス、ブルンナー・バプスト邸

 グラウビュンデン州、標高1000mのヴァルテンスブルク村で有機農家を営むブルンナー・バプスト夫妻。視察でも何度かお世話になった、スルセルヴァ谷の有機農家連盟の代表も務められている方です。
 そのご自宅が、今年のスイスソーラーエネルギー大賞で、ノーマン・フォスター・ソーラーアワードの第一位を獲得しました。デザインとエネルギー性能が最も優れた建築に与えられる賞です。
 農村の景観にも溶け込み、ガラス面が軽やかな木造建築で、東西向きの大屋根は48kWの太陽光発電から成っています。
 良好な断熱性能(20~36㎝なので超厚い訳ではない)と省エネ家電により、建物の年間エネルギー消費量(熱・電力)は5000kWh弱であるのに対して、生産量が4万kWh以上。
 設計はクールに拠点を置くBearth&Deplazes Architekten。同事務所は、2017年にもタミンス村の住宅でこの賞を受賞しています。
 どのような考え方で、こういった設計になったのか、視察が可能になれば是非お聞きしたいものです。


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