滝川薫の未来日記

スイスより、持続可能な未来づくりに関わる出来事を、興味がおもむくままにお伝えしていきます

地域風車がやってくる!

2016-11-13 21:19:51 | 再生可能エネルギー

先週は初雪が降り、今年も冬がやってきました。8月に今回のブログの内容を書き始めたものの、視察や講演、〆切、収穫に保存、そして国民投票キャンペーンなどが忙しく、書きかけのまま放置していました。国民投票のことについては次回に報告するとして、今日は地域風車についての報告です。

 

地域エネルギーの協働による風車に建設許可

近年歳のせいか、「飛び上がるほど嬉しい」、ということが少なくなった気がします。そんな私でも飛び上がることが数か月前にありました。地元シャフハウゼン州から数百メートル離れた南ドイツ・ヴィークス村の山の上に計画されていたウィンドパークに建設許可が下りた、というニュースが届いたからです。それだけのこと?と思われるかもしれませんが、同プロジェクトに建設許可が下りるまでの3年半は事業者にとって茨の道でした。

 

ドイツの中では風車後進地域のバーデン・ビュルテムベルク州と、それに輪をかけて風車が少ないスイスですが、ヴィークス村の風車はコンスタンツ郡でなんと第一号。郡行政にもぜったいに失敗しないように、念には念を入れての審議でした。事業者は100近くの土地所有者と契約を結び、数千万円の環境アセスを行い、さらに動植物に関する様々な追加調査や対策を重ね、林道脇の蟻塚の移植などまで行っていました。

 

それでも風車に反対する勢力によるメディア上での執拗な批判や妨害は最後まで続きましたが、立地自治体の若い村長(2015年に25歳で選ばれたドイツ最年少の村長)が熱心に地元住民をまとめあげ、事業者もメディアで広げられた嘘を丁寧に解説し、なんとか建設開始に漕ぎつけたのです。

 

フェレーナフォーレン・ウィンドパーク(ドイツ側)

フェレーナフォーレン・ウィンドパークが素晴らしいのは、国境を超えた地域風車である点です。事業者はIG Hegauwind(へガウウィンド協働体)による合資会社で、立地自治体に本拠地を置いています。

 

この事業者は、地域の11の自治体エネルギー公社と市民エネルギー会社、そして市民エネルギー協同組合の共同体です。地域の風力資源の開発を地域のお金で共同で行い、リスクも収穫も分散させるコンセプトです。うち2社は国境のスイス側の会社で、シャフハウゼン市の公社シャフハウゼン・パワー社と、シャフハウゼン州の公社EKS社になっています。開発は南ドイツの市民エネルギー会社のソーラーコンプレックス社が委託されています。

 

ゆるやかな山林の上に建設中の風車の出力はNordex131で各3メガワットのものが3基。現在、基礎工事が進行中です。風の弱い内陸向けの設備で、タワーの高さは134メートル、ブレードも合わせた総高は200メートルになります。2万人分の電力を生産する予定です。投資額は1630万ユーロ。出資したい市民は、市民エネルギー協同組合経由で出資することが可能です。来年の夏には運転を開始し、まだ買取制度の対象になります。

 

フェレーナフォーレン・ウィンドパークは、この地域(ボーデン湖北部・シャフハウゼン)で初の大型風車です。周辺に風車が存在しないことから、漠然とした不安感や偏見を持っている住民も少なくありません。住民が身近に現代風車に触れ、順調な運転を確かめ、景観や自然への影響についても経験を集められるようになることで、こういった偏見も減っていくことを期待します。
こちらのリンクから工事の様子を見ることができます:http://www.verenafohren.de/

 

クローバッハ・ウィンドパーク(スイス側)

上記のプロジェクトから15キロメートルほど離れた国境近く、スイス側の山の上では、シャフハウゼン州の初の「クローバッハ・ウィンドパーク」プロジェクトが計画中です。州の風力計画の中で、風況・環境・景観面から選ばれたベストな立地の一つです。開発は、州営電力EKSと市営電力シャフハウザー・パワーの協同で行い、4基の風車を今後2~3年の間に建設することを目標にしています。現在、住民参加のプロセスが進行中です。http://chroobach.ch/

 

このほかにも、ボーデン湖北部や北東スイスでは、複数の小さなウィンドパーク・プロジェクトが進行中です。同時に、南ドイツの住民による風車反対運動が声高になってきています。その声はドイツの別地域やスイスの反対派とも連動し、勢いを増しています。様々な理由により反対する住民がいますが、「風車のある景観が嫌い、憎い」という人、「調査されていてもこうもりと鳥類への影響が不安」という自然保護の一派、そして原発推進派に大きく分けられるようです。

 

地域風車反対派の運動

先日、クローバッハ・ウィンドパークに反対する両国のグループの集会を聞きに行きました。300人ほどの住民が小学校の体育館に集まり、強烈な怒りと嫌悪のパワーを発散していました。現在計画されている地域内のプロジェクトをすべて阻止すべしという趣旨でした。はじめに風車の見え方を独自手法でシミュレーションしたヴィデオを20分ほど戦争映画の音楽付きで見せられました。中には将来的に風車が乱立する「恐怖の未来図」もありました。

 

続いて2時間ほど講演がありましたが、すべて反対派の講演で、プロジェクトに関する説明は一切ありませんでした。ドイツの有名な風車反対講演家も話しましたが、立て続けに嘘を並べる話法には驚きました。講演の後に会場から批判的な質問やコメントもありましたが、その人たちは聴衆からブーイング・嘲笑され、怖い雰囲気が漂っていました。

 

現在、事業者による住民参加プロセスも行われていますが、反対グループは頭から参加を拒否しています。これらの原理的反対派を説得することはほぼ不可能ですが、その分、地域の幅広い市民のコンセンサスを住民参加により構築していくことが重要な段階です。直接民主制のスイスでは、風車の建設に必要な土地利用計画の変更に、自治体での住民投票を伴うからです。

 

いつもドイツの風力先進地に視察に行っていると、風車があることが当たり前で、あたかも簡単なことのように見えます。しかし後発組の地域では、まだまだ社会的に繊細な一歩を踏み出したばかりです。

 

準備が進むスイス各地の風力プロジェクト

昨年、スイスでは一基も新しい風車が建ちませんでした・・。国全体でもたった37基しかありません。周辺国の中ではビりです。しかし、これはスイスが風力に恵まれていないことが理由ではありません。

 

もともとスイスでは、風力の実現には複雑な許認可や住民合意を経て、建設に到るまで10年近くの歳月がかかるのが普通でした。福島第一原発事故後に許認可プロセスを合理化し、また各州で脱原発に向けたエネルギー政策とそれに基づく風力プロジェクトが形成され、そのうちのいくつかは自治体での住民投票をクリアして実現に一歩一歩近づいています。

 

標高2500メートル、グリース峠のウィンドパーク

そのため今後数年の間に、パイプラインにあるプロジェクトが実現されるようになります。(ゆっくりとした歩みですが、直接民主制のスイスでは素早い展開は風力分野では難しいのです。)買取制度において買取許可を得ている風車プロジェクト数だけでも554基あります。これとは別に、買取待ちのウェイティングリストに載っている風車数が350基もあります。プロジェクト開発への意思、ポテンシャルはあるわけです。

 

今年は大型風車のリパワリングと新設を合わせると7基の設置がありました。年100基単位で新設されているお隣のバーデン・ヴュルテムベルク州やオーストリアと比べると本当に笑ってしまうくらい小さな規模です。それでもアルプスのグリース峠、標高2500メートルの揚水発電のダムのすぐ隣に増設された3基(2・35MW×3)は今年の大きな成果で、2850世帯分の電力を作っていく予定です。グリース峠ウィンドパークの写真はこちらから:

http://www.suisse-eole.ch/de/news/2016/10/3/windpark-gries-von-bundesratin-doris-leuthard-eingeweiht-168/

 

立地自治体の住民投票が前提・・

スイスでは、2012年から15年の間に13の自治体で風力プロジェクトに関する住民投票が行われました。そのうち12の自治体でプロジェクトに賛同する決断が下されています。ですので、地元住民の大半は、地域の事業者が主体となった丁寧なプロジェクトに対して肯定的と言うことができます。

 

例えば、西スイス・ヴァリス州の自治体シャラの住民は6月に2基の風車を増設するための土地利用計画変更を65.6%の賛成で可決しています。ワット州ヴァロルブでも6基のウィンドパーク建設に対して6割の住民が可決票を投じました。ベルン州ユラ山脈のトラムランとセックールでも、6割の住民が可決票を投じ、6月には7基の風力設備の建設許可が下りました。

 

しかし、スイスでは環境団体や景観保護団体、一個人などがプロジェクトに対して異議申し立てを行うことができるため、許可されたプロジェクトであっても、建設が延長されることがあります。こういった事情から、これまで多くの都市エネルギー公社が、自国ではなく、ドイツやフランスのウィンドパークに出資してきました。現在、それらの隣国にある風車がスイスの電力需要の8%分の電気を生産しています。

 

風力はスイスでも冬の重要な電源

最近では、エネルギー庁が発表した新しい風力アトラスで、スイスの風力のポテンシャルがこれまで考えられていたよりも大きいことが分かりました。古い知見に基づくエネルギー戦略2050では電力需要の7~10%と想定されています。新しい風力アトラスでは、特にスイスの中部平原と東北地方でのポテンシャルが見直されています。

 

スイスの100%再生可能エネルギーによる電力供給の未来は、現在と同様に水力の割合が一番大きく、それに太陽光が続くとされています。しかし電力の消費ピークである冬には太陽光も水力も発電量が減ります。対して風力発電は冬に発電量が多いため、スイスでは風力が、水力と太陽光を補う不可欠な重要な電源であると考えられています。

 

 

追伸:

風力関連では、新エネルギー新聞に寄稿したオーストリア・ブルゲンラント州の先進事例についての記事も御覧ください。

オーストリア:ブルゲンラント州、10年間で電力自立を達成 ~鳥類保全との協働による風力開発が鍵に

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/47419850.html

 

この春に風力設備が立地するブルゲンラント州北部を現地に見学に行きましたが、地域が主体となった開発により、観光と自然保護、風力を中心とした電力自立見事に実現していました。また国際的に重要な鳥類のビオトープであるノイシードル湖周辺の自然観察も行い、現地の専門家や住民とも話をしましたが、丁寧な計画により鳥類保全の観点からは問題が起きていないことが確認できました。

ブルゲンラントで州は風車設置を風況が優れ、景観・自然の面で問題のない一部の地域(主にブルゲンラント北部の自然保護地から離れた農地)に集中させています。ですので、その地域に行くと当然のことながら風車が多すぎる印象を受けます。さらにだだっ広い平原なので数十㎞先の遠くまで風車が見えます。とはいえ今後リパワリングを重ねることで、よりすっきりとしていくことと思われます。

 

 

●新エネルギー新聞への寄稿記事より

下記リンクより、新エネルギー新聞に寄稿したニュース記事を読むことができます。

 

スイス:全国版のソーラー屋根台帳を作成

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/47559172.html

  

オーストリア: エネルギー小売り会社に年0・6%の省エネ対策を義務化

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/47203820.html

 

「ドイツ: ヴィルポーツリート村発の蓄電池メーカー:ドイツ市場をリードするゾンネン社」

 

http://blog.livedoor.jp/eunetwork/archives/48422001.html

 

 

 

 

●短信

エネ庁が新築建築の熱消費量を調査~設計値と消費値を比較、ミネルギー戸建ては優秀

スイスのエネルギー庁は、建物の省エネ規制基準とミネルギー基準に関して、大規模な実測調査を行った。目的は、設計値と消費値がどの程度に合致するのかを調べることである。214棟において暖房面積毎の年間熱消費量を調査した。調査対象は、ミネルギー、ミネルギー・A、ミネルギー・P、そして規制基準による新築そして改修の建物である。

 

214棟の建物の消費量調査から見えてきたことは、すべてのミネルギー基準の新築戸建てにおいて、ミネルギーの制限値が、中央値では守られているということである。ミネルギー・Pについては、戸建てでもオフィスビルでも制限値が守られていた。ミネルギー・Pの集合住宅は、わずか制限値を上回っていた。ミネルギー改修については、すべての建物カテゴリーで制限値が守られていた。

 

対して、大半の建物が制限値を上回っていたのが、ミネルギー基準の集合住宅およびにオフィスビル、そして規制基準の新築および改修の集合住宅である。これらの建物群で設計値が守られていない理由として、設備技術の機能や設定の問題、およびに熱源効率が設計値よりも低いこと、そして利用者の使い方が原因であると推測されている。建物の建築上のミスがこの差異の原因であるか否かは調査されていない。

 

この調査では、ミネルギー建築の品質について、建築家と施主にアンケート調査が行われた。ミネルギー建築の住民の満足度は大きい。5人のうち4人が再度ミネルギー基準で建設すると返答している。ミネルギー基準は販促に繋がっていることも分かった。しかし、50人の専門家へのヒアリングからは、従来建築の性能向上により、ミネルギー基準の先進性が薄れてきていると考えられていることも分かった。これはミネルギー基準により、従来建築の性能が向上したためでもある。

ミネルギー住宅の住民はアンケート調査において、防音、隙間風の防止、キッチンの臭いに関して満足していると答えている。しかし冬場の空気が乾燥していると返答している。

 

これらの結果に基づいてエネ庁のエネルギー・シュヴァイツ・プログラムでは、スイス建築家エンジニア協会(SIA)と建物設備技術者連盟、その他の市場プレイヤーと共同で、建物の運営の最良化を行い、サポートしていく予定だ。

 

調査のベースとなる数字は、最低でも二年間の消費データに基づき、これらのデータの信ぴょう性を確認するためにすべての建物を現場訪問した。加えて、ミネルギー建築を建てた260人の建築家と990人の施主にアンケート調査を行った。そして、規制基準で建てた262人の施主と78人の建築家からの回答と比較した。この回答からは、規制基準で建てる建築家や施主よりも、ミネルギーで建てる施主や建築家の省エネ意識が高いことが分かった。

 

計画・建設プロセスについて、ミネルギー建築は規制基準と比べると、手間がかかると感じられている。しかし品質とイノベーションに関しては、より高いと感じられている。住民に関しては738人のミネルギー建築の住民と、302人の規制基準建築の住民がアンケートに回答した。

★2014~2015年に実施された調査の最終レポートのダウンロードはこちらから

https://www.newsd.admin.ch/newsd/message/attachments/43534.pdf

参照:連邦エネルギー庁プレスリリース

 

●ソーラーコンプレックス社ニュースレター夏号

ソーラーコンプレックス社ニュースレター2016年夏号を、下記リンクから日本語で読むことができます。

「気候保全に必要なのは石炭・褐炭電力の減少であり、増加ではない 

http://48787.seu1.cleverreach.com/m/6573317/

 

 

 

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