INSIDE SORAMAME

私の頭の中のキオクを綴っていくつもりです・・

人事異動?

2005年10月09日 | マスコミ
原ジャイアンツの打撃コーチとして、RKB野球解説者の岸川勝也が就任することが発表された。
また、ヤクルトの投手コーチとして、KBC野球解説者の西村龍次の名前もあがっている。
来季は、福岡の解説者の顔ぶれが大きく変わりそうだ。
西村氏については、はじめは「解説向きじゃないな~」という印象だったが、最近はそのキャラがツボにはまっていただけにやや残念な感がある。
新しく解説者が加わるとすれば、浜名千広、渡辺正和、吉田修司あたりだろうか?

●●月曜から東京出張のため、更新をお休みするかもしれません。●●
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欠番を訪ねて(2)

2005年10月08日 |    ┣ 欠番を訪ねて
(つづき)
この路線は、市街地を通っており利用客が少なかった訳ではないのだが、「この路線でなきゃ行けない場所」というものがほとんどなかった。
すなわち、福岡タワー南口~西新~薬院~渡辺通1丁目間、及び、渡辺通1丁目~天神~九大前間については、他の路線で十分に代替できたため、存続の必然性が見出せず、路線再編の対象となってしまったようだ。
唯一の「この路線でなきゃ行けない場所」だった薬院~天神~九大前間については、既存の59番を天神から九大前まで延長するという「救済」措置をとることにより、結局20番は廃止となり、現在まで「欠番」となっている。
なお、市内電車の廃止までは、現在の26番(福岡~赤間線)が20番であり、その20番はかつて、赤間より先、折尾、黒崎、小倉を経て門司まで走っていたそうである。
私の生まれるずっと前のことなので、記憶のカケラもないが、想像を絶する話だ…。
(つづく)
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欠番を訪ねて(1)

2005年10月07日 |    ┣ 欠番を訪ねて
福岡都市圏を走る西鉄の路線バスの番号の中で、現在いちばん小さな数字は1番、大きな数字は620番であるが、その間には「欠番」も多く存在する。
そんな欠番の中で、かつてはその番号で存在した路線について取り上げていきたい。

1.「20番 西新(城南)九大前線」
この路線は、数年前まで、
福岡タワー南口~西新パレス前~六本松~薬院駅~天神~呉服町~県庁~九大前
というルートで運行されていた。
もともとは市内電車の「20番 城南線」であり、廃止とともに代替バスとして走り始めたものである(もちろん、市電の頃はまだ福岡タワー南口はなかったが…)。
かつてバスの行先番号が丸数字だった頃には、オレンジ色の丸に黒文字で「20」と表示されていた。
(つづく)
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国勢調査って…

2005年10月06日 | 日記など
国勢調査の調査票をそのままにしていたら、先日次のようなメモが入っていた。

「6日の午前10時ごろ受取りに参ります。不在の際は、調査票御記入のうえ、封筒に入れてドアーのポストに外より差し入れておいてください。」

ドアを「ドアー」と書くところ、「直ぐに」という書き方、それに字体からして、調査員はかなり年輩者のような感じだ。
勝手に持ち去られたらイヤだなと思い、出すのをためらっていたが、少しかわいそうになって、指示に従った。
今朝ポストに差し込んだ封筒は、帰宅時にはなくなっていた。
本当に調査員が持っていったのだろうか?
「確かに回収しました」というメモくらい入れておいてくれてもよいのではないか?
それに、単身者が多いマンションの住民に対して「午前10時ごろ受取りに参ります」などと平気で書いてる時点で、回収がうまくいかないことが目に見えている。 
5年後はもっとうまいやり方を考えてほしいものである。
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九大学研都市駅?

2005年10月05日 | 交通
今日は朝から前原市役所や県の前原土木事務所などに行ってきた。
その途中、先月23日に開業したJR筑肥線の「九大学研都市駅」に立ち寄ってみた。 
広大な空地の中にポツンと真新しい高架駅舎と駅前広場がある様子はある種異様だった。
「九大学研都市駅」と名前がついているが、実際の九大新キャンパスは、駅から5kmも北西に存在する。
それなのに「九大学研都市駅」という名前は、かなり大胆だと思う。
新駅から大学までの交通機関としては、昭和バスが2路線運行されており、約15分で新キャンパスとの間を結んでいる。
朝の9時過ぎだったが、20人くらいの人が並んでバスを待っていた。
初めて訪れた人は、直行便でもないローカルバスに揺られて、田園地帯の中を15分も行かなければならないとは思ってなかっただろうし、なんだか騙された気分になるのではないだろうか。
まあ、駅から大学までの道路が整備され、街並みが形成されてくれば 徐々に違和感もとれてくるのかもしれないけど…。
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とっておき

2005年10月04日 | マスコミ
RKBラジオの新番組「福地高子・ヒーマンのとっておきの夜なのだ!」を聴いてみた。
かつて「福地高子・殿畑大作」や「ヒーマン・あべやすみ」という組み合わせが、あまりしっくりいってなかったので、「福地高子・ヒーマン」のコンビネーションがどうなるものかとやや不安があったが、予想に反してかなり息が合っていたと思う。 
あと、特筆すべきは選曲の面白さだろう。
具体的な曲名は今日は控えるが、他の番組ではまずかからないだろうという曲のオンパレードで、さながらRKBに眠った資産の有効活用という感じだった。
2年前のKBC「夜はこれからAM派宣言」後半の「青春の玉手箱」のコーナーを思い出した。
「AM派」も1年目は面白かったのにな…。
でも番組審議会でボロクソに言われていたので、ああいうカタチでは復活しないんだろうな…。
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気がつけば隣人

2005年10月03日 | バス━ 未分類
10月1日から、佐賀市に諸富町、大和町、富士町、三瀬村が合併して、新しい佐賀市が発足した。
これで、福岡市早良区と佐賀市が隣接することとなった。
生まれ育った早良区のお隣が佐賀市というのもなんだか変な感じだ。
早良区から佐賀方面へ向かう路線は、最後まで残っていた夏季のみ運行の昭和バス「どんぐり村行き」が廃止されて以来、空白となっている。
これを機に「特急 みつせ号」なんてどうだろうか…。

博多駅~天神BC~【都市高速】~次郎丸~四箇田団地入口~内野~陽光台~曲渕~野河内~三瀬宿~どんぐり村…古湯温泉

…単なる妄想です。
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ナイターオフ

2005年10月02日 | マスコミ
福岡の民放AMの明日からのナイターオフ編成のラインナップです。

RKB
17:54 福地高子・ヒーマンのとっておきの夜なのだ! 福地高子 ヒーマン 伝言板
20:00 ブジオ!
21:00 サウンドトラベル
21:10 ホークス歌の応援団
23:00 大庭宗一博多熱風塾
23:20 ヘッドライン・天気
23:25 仲谷一志のPOP4
00:00 レコメン!

KBC
18:00 明日への伝言板
18:05 夜はこれから!AM派宣言 和田安生 吉野綾 藤原満▽パチンコ大好き▽晩ごはん▽ホークス▽音楽・地球号
22:00 東貴博ラジベガス
00:00 N天◇06カプセルマガジン 近藤鉄太郎

・朝~昼は大きな変更はないもよう。
・やはり注目は「とっておき」VS「AM派」かな?
・引き続き「歌の応援団」が健在なのは、まだプレイオフを残しているからだろうか。
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季節の変わり目

2005年10月01日 | バス━ 未分類
10月に入った。
ちょうど12年前の今日時点の博多駅交通センター8番乗り場の時刻表である。
・当時は博多埠頭、中央埠頭へのバスは交通センター内から出ており、博多埠頭へは63番と83番が、中央埠頭へは84番が走っていた。
・「中印は中央ふ頭行」とある。当時は1日6本だったんだな…。ちなみに現在は1時間あたり6本以上の本数がある。
・「石印は石城町経由天神方面」とある。これは当時「87番」として運行されていたような気がする。
・当時は38番、39番、39B番も天神まで走っていたことがわかる。

ちなみに12年前の今日の私は、大学祭の準備に入るか入らないかの頃だったと思う…。
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