コネリンのイージーライフ”テキサス”編

テキサス州は最南端ロックポートで、今度は色んなフィッシングにチャレンジな日々を綴ります🎵

楽しい中にも”葛藤”

2014-11-03 03:28:11 | ライフスタイル
毎日が楽しく流れて行く中にも時として”これでよいのか?”と考える時がある
何年も前に計画しそれにたどり着いているにもかかわらずである これは特にファイナンシャルにおいてであるが

我々には子供がいない とも子はコネリンより10歳年下 そのとも子がコネリンがいなくなってから20年弱を不自由なく暮らせれば問題がない はずである
それに我々はもともと裕福な育ちをしているわけではないから特に裕福になる必要もない ある程度必要な物が買えて住むところも保証があり食べていければそれで良いと思うのだがーーー それでも時として ”これでよいのか?”と考える時がある

その背景には すでに30数年前くらいになるだろうか とも子と知り合いコネリンにまともな仕事もなくとも子も学生 収入などない アパートで生活を始めたわけである
その当時知り合いになった方々は日本からの駐在の人であったり こちらで雇われ社長とはいえ社長さんであったり お店などを経営されていてかなり裕福な生活をされていた方々
コネリンは生活のためテニスを教えていたりレストランの皿洗いなどをして生活をしていたわけです

その方たちを見ながら とも子と結婚したこともありコネリンには多少の責任感も出てきた それまではコネリン 学校を出て商社にいたとはいえ独り者だしまさに”風来坊”みたいなものであった 
とも子と知り合った時も知人の家に間借り ポケットには150ドル持っていただけなのである もちろんデートなどできないしコネリンには何もなかった
それに歳も34歳 今思い起こせばその歳で何もなかったことはほんとに”ゾッ”とする

しかし多少の責任感でその後は生活のためには何でもした 時として運送屋に努めたりオフィスの掃除なども深夜にしたりおそらく最低の賃金で一日18時間働いても人様の半分の収入にも満たなかったと思う これは2年ほど続いた

その僅かな収入の中 とも子も美容師として多少の収入もできたことによりほんの微々たる貯金もできた
このアメリカでは税金控除のため家を買うことが一番良いとの知識もあったがその僅かな貯金で家を買うことを思いついてみてもダウンペイメントの半分にも満たなかった その時お世話になっていたレストラン経営者の方から家を買うためならとお金を貸していただいたのです

これがコネリンの人生の出発であった その後はコネリンの学生の時のメジャーである”ビジネス&ファイナンシャル”が役に立ちなんとか今がある

こんないきさつもあったわけだが 最初の書き出しで何が言いたいかといえば
その頃 ”いいなぁ〜!” と思っていた人々の(知り合いであった何人かであるが)彼らの堕落にある このロスアンジェルスに30年以上も住んでいればその知人達の噂も時として聞く 大きな家に住んで会社を経営していた方も今では何もなくなりアパート暮らし またある方は離婚もあり何もかもなくしこれまたアパート暮らし このような方を垣間見ればコネリン 時として”これでよいのか?”と我がふり見なおさなければいけないのです

そう コネリンには決して優雅なリタイアなどない ただ出来る範囲で時を楽しむ”手腕”はある 改めてワンミリオンのとも子という宝くじに当たったことを感謝する!!


時としてこんなかぼちゃの種類も食う 秋である かぼちゃの種類も多いしーーー

これはスパゲティスクワッシュ 数日前の食事だが 塩 コショウそれにバター その上にパルメザンチーズで焼いたもの
結構 食感も楽しめるしそれに”美味い” 実は今日もリクエストしている 


                          


それに最初のカクテルは”ブラックロシアン”に”ホワイトロシアン”
これはバーで出されるのよりコネリンのがはるかにリッチでうまい 秘訣はベーシックにはカルーワ(コーヒーリカー)とウォッカ(これは必ずスミノフ)だがホワイトロシアンの場合はミルクではなくヘビーウイッピングクリームを垂らす このクリームがリッチになる 


                                 




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