サマーキャンプの活動の一つの柱は「仕事」です。
元強制収容所の敷地内で毎日なんらかの力仕事をします。それを通してささやかながらも何かのお役に立たせていただく、ということが「行動・償いの印・平和奉仕」の基本方針です。
参加者たちは庭の草抜き、雨どいに溜まったごみの清掃、塀の古いペンキの除去といった仕事をしています。
これは塀の古いペンキをハンマーで叩いて削り取り、新しいペンキを塗れ . . . 本文を読む
今、チェコのテレジンというところでサマーキャンプに参加しています。
ドイツのNGO「行動・償いの印・平和奉仕(ASF)」の主催。この町には18世紀に建設された要塞があり、そこをナチは強制収容所として利用しました。戦後はチェコ政府によって記念施設として残されることになりました。
ここでの2週間のサマーキャンプのために12人が集っています。参加者の出身国はドイツ、ベラルーシ、ウクライナ、リト . . . 本文を読む
ハンス・パーシェはドイツとポーランドの若者を結びつけている。そしてその先に、アフリカのタンザニアとのつながりが見えてきた。
ゴットフリート・パーシェさんからの情報で、僕はハンス・パーシェの足跡をベルリンで辿るというセミナーに飛び入り参加させてもらった。メインの参加者は、ポーランドのクロイツとドイツのヴィッツェンハウゼンの高校生約20人だ。
5月1日のテーマはパーシェとアフリカだった。
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ニューヨーク州にあるパーシェさんの農園でこれを書いている。
ハンス・パーシェの孫にあたるゴットフリート・パーシェさんはトロントの大学教授だが、別荘としてこの農園をもっているのだそうだ。ニューヨークと言っても、高層ビルが立ち並ぶ都心以外に、こんなに自然に恵まれた地域まであることを来てみてはじめて知った。
ハンス・パーシェが亡くなった後も、その家族の物語は続いた。その一人と直接お会いしている . . . 本文を読む
快速エアポートという列車の中でのこと。
ちょうど1年前にこの列車で札幌から新千歳空港へと向かっていた。「市民がつくる和解と平和」というシンポジウムが終わって、そのゲストの一人だったシュタッファさんを空港までお送りしていたのだ。
シュタッファさんはドイツのNGO「行動・償いの印・平和奉仕(略称ASF)」の事務局長だ。シンポジウムではそのNGOの活動について報告してくれた。ナチ・ドイツが犯し . . . 本文を読む
(前の記事からの続き。いろいろと予定が入っていたせいで更新が遅くなってしまいました。)
1920年にパーシェは命を奪われた。裁判所は「不運な偶然が重なった」として、この件の審議を取りやめてしまい、犯人たちの責任は問われなかった。「黄金の20年代」ともいわれるヴァイマル時代は、平和主義者の殺害によって幕を開けた時代でもあった。
パーシェの葬儀は人里離れた農園で行なわれたにも関わらず、千人も . . . 本文を読む
生きていると不思議な縁を実感することがある。
例えばハンス・パーシェという人をめぐってそういうことが起こる。
日本で知っている人はまずいないだろう。ヴィルヘルム期ドイツを研究しているとか、ドイツ海軍の歴史が専門だとか、あるいは『ルカンガ・ムカラ』という本をたまたま手に取ったことがあるとか、そんなかなり特殊な関心のある人しかパーシェという名前に出会うことはないはずだ。何しろドイツでもほとん . . . 本文を読む
魚眼図バージョン(2009年4月21日北海道新聞夕刊掲載)
釘の十字架
かつての西ベルリンの中心に、廃墟となった教会が建っている。第二次世界大戦中、このヴィルヘルム王記念教会はイギリス軍を主力とする連合軍の空爆によって破壊された。戦後は、戦争に対する警鐘の意味を込めて、崩れ落ちた姿のまま保存されることになった。
その内側の片隅に、釘をつなぎ合わせて作られた十字架が立っている。これを「 . . . 本文を読む
「“認罪”~中国 撫順戦犯管理所の6年」は見応えのあるドキュメンタリーだった。(NHKBSハイビジョン)
それは「撫順の奇蹟」と呼ばれる。
戦犯として中国・撫順の管理所に収監された約千名の元日本兵たちが、戦時中に犯した自らの罪を認め、中国の裁判では寛大な判決を受け、中国側職員と友情さえ育み、日本帰国後は「中国帰還者連絡会」を結成して加害の証言を続けてきた、これらの事実がである。
その . . . 本文を読む
撫順方式
2008-11-28 | 平和
大河原孝一さんのお話を久しぶりにお聞きした。(「戦禍を語り継ぐ―日本軍と満蒙開拓団」念仏者九条の会北海道・12.8戦禍を語り継ぐ会 合同主催、本願寺札幌別院にて)
大河原さんは1922年に生まれ、43年に中国に陸軍兵士として渡った。日本敗戦後はソ連に、そして50年からは6年にわたって中国に身柄を拘束された。中国では撫順(ぶじゅん)戦犯管理所に収監された。帰国後、中国帰還者連絡会を立ち上げ、8 . . . 本文を読む
プラハでヴィドラコヴァさんとお会いしました。
ヴィドラコヴァさんのことは、前にこのブログでも書きました(「市民がつくる和解と平和」)。チェコのプラハで生まれたユダヤ系の女性です。子供の頃、ナチの強制収容所に入れられ、そこからかろうじて生きて還りました。戦後に紆余曲折の末、ドイツの市民グループ「行動・償いの印」と共に「和解」のための活動に携わってこられました。
「行動・償いの印・平和奉 . . . 本文を読む
シンポジウムは無事終了しました!約300人の入場者数でした。みなさん熱心に講演と質疑応答に耳を傾けてくださいました。実行委員、ボランティアのみなさんお疲れさまでした。
International SymposiumPeace, Reconciliation and Civil SocietyToward a Sustainable Peace in East Asia and EuropeJul . . . 本文を読む
国際シンポジウム「市民がつくる和解と平和」が、おかげさまでつつがなく終了しました。
遠路はるばる(ドイツから、オーストラリアから、ハワイから、中国から、韓国から)お出でくださり、貴重な講演をしてくださった海外ゲストのみなさん。
東京や大阪からも参加してくださいました。
この長丁場を共に歩みぬいてくださった実行委員のみなさん。
9日の朝早くから会場に足を運んで、12時間に迫る長いプ . . . 本文を読む
(北海道新聞夕刊<魚眼図>2008年6月24日)
「過去を変えることは残念ながらできないが、和解こそ未来のための最善の選択」
これはナチの強制収容所を生きのびたユダヤ人女性ヴィドラコヴァさんが、ある祝辞で述べた言葉です。それはドイツの市民団体「行動・償いの印・平和奉仕」の設立五十周年に向けられた祝辞でした。
彼女は子供のころチェコの強制収容所に入れられます。そこでベルリンから移送され . . . 本文を読む
7月9日の国際シンポジウム「市民がつくる和解と平和」のご案内です。画期的な催しです。
国際シンポジウム市民がつくる和解と平和―東アジアとヨーロッパにおける持続可能な平和と市民社会の役割―
日時:2008年7月9日(水)午前10時~午後9時会場:札幌エルプラザ・ホール(札幌市北区北8条西3丁目、JR札幌駅北口すぐ)入場無料(資料代実費)/申込不要6月・7月にプレ企画・アフター企画もあります。詳し . . . 本文を読む