Anchor

旅行記、世相独言

アートの島「直島」紀行

2012年05月28日 20時30分36秒 | 異文化体験_日本
(写真はクリックで拡大します)

アートの島「直島」紀行  2012.5.18-19

 直島 地中美術館(パンフより)

 瀬戸内海の小島、かつて本州と四国を結んでいた宇高連絡線が発着した宇野港の沖合い、フェリーで20分の所にアートの島「直島」がある。
今年結婚40周年を迎えた我々夫婦に息子達夫婦が、たまには温泉とグルメのいつものパターンと違った旅をしておいでとアート体感の旅をプレゼントしてくれた。

 宇野港 直島行きフェリー待ちの車列

 早朝に自宅を出て11時のフェリーで直島・宮浦港に渡る。ベネッセ・アートサイトは私有地となっているようで、サイトの入口で車の通行許可証を受け取る。
ベネッセ・アートサイトは「自然・建築・アートの共生」が開発コンセプト。
現在、4つの宿泊設備が稼動しており、我々の宿舎は丘の上に建つホテルと美術館が一体となった「ミュージアム(1992年開館)」。「ミュージアム」は更にその上の「オーパル(1995年)」とミニ・モノレールで連絡されている。一方、海岸沿いには2006年に開館した「ビーチ」と「パーク」という宿泊設備がある。

 「ミュージアム・カフェ」からの眺望
作品は、大竹伸朗「シップヤード・ワークス 船底と穴」

「ミュージアム」でオリエンテーションを受け荷物を預け、見晴らしの良い館内のレストランで「ミュージアム・ランチ」。本日のランチは、スープと結構なボリュームのステーキとパンで1500円。

 
(左)地中美術館入口                 (右)モネの睡蓮をイメージした美術館前庭園

 
(左)クロード・モネの作品展示 (右)ウォルター・デ・マリアの作品展示 (いずれもパンフより)

 ランチの後は、無料の場内シャトルに乗って「地中美術館」へ。安藤忠雄の設計による美術館には、「クロード・モネ」の「睡蓮5作品」、「ジェームズ・タレル」の「光アート3作品」、「ウォルター・デ・マリア」の「空間アート」が展示されており、絵画と光と造形が空間アートとして建築と一体となって体感できる。鑑賞料は2000円。

       
(左)「ミュージアム棟」(パンフより)        (右)部屋からの瀬戸内海
写真下からレストラン、アート展示、宿泊階             の眺望

  
(左)部屋のドローイング3点             (右)眼下は岩とジャグジーの文化大混浴(入浴中)

 場内シャトルで「ミュージアム」に戻り、チェック・イン。瀬戸内海が一望出来るホテルの部屋には総支配人からのメッセージとプレゼント(箱入りワインとクッキー)が。各部屋にもアート展示があるようだが、我々の部屋には「CAI Guo-Qiang」の「文化大混浴 扇のためのドローイング3点」が展示されている。「文化大混浴」は風水の考えを取り入れ中国から持ち込んだ古い石と近代ジャグジーを一体化した屋外アートで、丁度部屋から真下に見ることが出来、欧州人が体験入浴中であった。

 
(左)屋外展示アートの案内マップ           (右)ジョージ・リッキー「3枚の正方形」

 ミュージアム棟内 38点のアート展示案内

 少し休憩した後、ホテル周辺の屋外作品の鑑賞も兼ねて30分ほどぶらつく。夕刻5時からは当「ミュージアム」内のギャラリーツアーに参加する。鑑賞料は1000円(ただし、宿泊客は無料)。38の作品がB1~2階にかけての館内に展示されており、代表作を45分間で見てまわるツアーである。


 ジェームズ・タレル「オープン・スカイ」(パンフより)

 この後、我々は毎週金曜・土曜に開催される地中美術館でのジェームズ・タレル「オープン・スカイ」ナイトプログラムに予約を入れているので、今度は6時半の場内シャトルで、再び地中美術館へ。「オープン・スカイ」は、正方形の空間に少し小さめの吹き抜け天井があり空間の周囲に腰掛けて、日没の時間と共に移りゆく光と色彩の変化を楽しむもの。白い天井空間を照らし出す光の色によって、吹き抜け空間の色彩が変わる幻想的な静寂の世界、時折夜間飛行の飛行機やねぐらに戻る鳥達の姿がそこに飛び込んでくると現実の世界に引き戻される、そんな45分間のプログラムである。

 本日のお品書き(レストラン「一扇」)

 ミュージアムに戻り午後8時からの和食レストラン「一扇」での会席料理で長い一日を締めくくる。部屋に戻るとおにぎりの夜食の差し入れがあったが、もう食べられない!


 快晴の翌朝、瀬戸大橋を通る車も見える 

 
(左)レラス・レストラン デッキの先は白砂、泳ぐ西洋人も (右)ニキ・ド・サンファール「腰掛」

 翌朝も快晴! 朝食は徒歩5,6分の海岸沿いのホテル「ビーチ」に隣接する「テラス・レストラン」でバイキング。こちらの「ビーチ」や「パーク」のホテルは団体客や子供連れ個人客が多いようで、この日はフランスやイタリアからのグループ客で賑わっている。まだ、冷たいだろうにと思われる朝のビーチで水着姿で泳いでいるのは、遠来の客たち。
まるで、地中海の海辺のホテルのテラスレストランにいる様な錯覚におちいる。

 
(左)ビーチの突堤にある 草間彌生「南瓜」      (右)開館前の「李禹煥美術館」

 「パーク」の中にもいくつかの作品が展示されておりそれらを鑑賞しながら、食後の運動も兼ねて「ミュージアム」を通り過ぎて「李禹煥美術館」まで足を延ばす。まだ開館前なので、建物だけでも見ようと階段を降りかけると、赤外線の防犯設備が作動し、速やかに出て下さいとの人工音声。


  「家プロジェクト」6軒(きんざを除く)

 「ミュージアム」に戻り、10時前にチェック・アウト。車で本村地区に行き、「家プロジェクト」を見る。本村地区は直島町役場のある集落で、村はずれの無料駐車場に車を置いて徒歩で鑑賞する。「家プロジェクト」は点在する空家等を活用し生活空間の中でアート作品を生み出している。現在、「角屋」「南寺」「きんざ」「護王神社」「石橋」「碁会所」「はいしゃ」の7軒が公開されており、「きんざ」を除く6軒の共通チケットが1000円、ワンサイトは400円。「きんざ」は予約制で一人15分の単独鑑賞、500円。

 
(左)高原城跡に近接する「護王神社」、作品は地下室に。   (右)「角屋」作品は室内に。

 
(左)「きんざ」の待ち時間、街角の休憩処。壁にもアートが。(右)「きんざ」入場券(テーマは「このことを」)

 我々は「きんざ」を11時半~12時で予約しており、ワンサイトチケットを買って「護王神社」へ。ゆっくり見物しようと思っていたら何と韓国からの団体客がやって来て、案内のおじさんに急かされる始末。幸いチケットは押印・回収されなかったのでラッキーにももう一箇所鑑賞可能となった。神社からきんざ方面に降りていくと「角屋」の作品があったのでこれを鑑賞。最後に「碁会所」に隣接する「きんざ」を夫婦個別に鑑賞した。

 宇野へのフェリー甲板 これから奈良に向かう西欧人たち

 12時45分の宇野港行きのフェリーで、日頃あまり縁のないアートを体感する旅ともお別れであるが、こんな旅もたまには心地よい刺激をもたらすものであった。


今回の「アートの島」直島紀行を評価下さい。

評価ボタンを押してこのブログのランキングアップにご協力を! 素晴らしい すごい とても良い 良い

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

豫園と玉仏寺 & 祝、KIX開港 -上海-(異文化体験21 改革解放の国の旅8)

2012年05月20日 11時44分55秒 | 異文化体験_アジア
(写真はクリックで拡大します)

豫園と玉仏寺 & 祝 KIX開港 -上海-  1994.9.22~9.23

  上海の名園「豫園」
 
 上海と言えば「豫園」。明代に江南の豪族や高級官僚が趣向を凝らした豪華な庭園を造るのが流行し、豫園はその典型的な名園で国の重要文化財ともなっている。
周辺は上海の下町ならではの雑踏と、庶民的な店やレストランが集積する豫園商場と呼ばれるショッピング街。土産物屋をはじめ、豆屋さん、工芸品店等が庭園を取り囲むように並んでいる。

 
                    (左・右とも)「豫園」界隈の賑わい風景

 「豫園」はおよそ150m四方の大きさでそれほど大きくはないが、内部にはいくつもの楼閣を配し、江南の名石をあしらった池水の間を遊歩道が導いてくれる。
 園内は5つの風景区に分かれているが、北の万花楼付近は明代の庭園、南の内園は清代の庭園の面影を残していると言われている。適当な起伏を創り出し、楼閣にはそれぞれ趣のある彫物が見られる。

 「豫園」湖心亭を背景に

 池の中、九曲橋の中程に一際シンボリックな2階建ての中国風楼閣がある。「湖心亭」という。1842年英軍が上海を占領した際司令部が置かれた場所らしい。現在は趣のある茶館になっている。

          
(左)小籠包の元祖?「南翔饅頭店」             (右)16個7元の小籠包

 迷路のような豫園商場の中に小籠包の店に長蛇の列が出来ている。きっと美味しいに違いないと並ぶことにする。「南翔饅頭店」と言って小籠包の元祖だそうで、2階席に座り16個7元の小籠包をたいらげる。商場の中の靴屋さんには、日本円で1000円程度で本革靴を売っている。デザインはいまいちだが、雨の日にはもってこいの代物。少し重いが購入。


       
   (左)玉仏寺                         (右)午後のお勤め? 読経中

 食後は、その名が示す通り玉で出来た仏さんで有名な「玉仏寺」が必見の価値ありという情報で、市の北側に位置するお寺に向かう。丁度お祈りの時間で坊さんが読経の最中。確かに玉で作られた仏は見事。ご利益があるかもと本場の数珠を買う。実家がお寺の I 君は何やら専門道具にご執心。
 今夕は昨夕のお返しに我々が上海煤気公司の面々をご招待。南京路に面した繁華街のレストラン(先方に選んでもらったのだが)で、大いに盛り上がり、再会を祈る。


 
(左)朝の外灘 「ポイ捨て」違反の切符切り問答があちこちで (右)南京路の風景

 
 (左)南京路の風景                    (右)「上海第一百貨商店」前の環状歩道橋で

 翌23日は長かった今回の旅の最終日。新規開港間もない「関西国際空港」に午後の便で戻り、その後単身赴任先の東京に戻ることにする。
 上海に来て「外灘」を散策していないので、午前中観光することにした。租界時代の魔界都市上海の面影を残すモダンなビル群と道を隔てた川沿いのデッキには、朝から大勢の人が散策している。どこやらからゴミのポイ捨てに服務員が罰金伝票を切るのを抗議する大声が聞こえてくる。同じ大阪に戻るU氏が会社の女性に絹の下着を買って帰ろうと「上海第一百貨商店」で買物。さすが男性客はおらず奥様土産ということで何とかクリア。

         
 (左)ホテル近くの上海展覧中心             (右)上海虹橋国際空港利用券

 9月5日に成田を出国し、欧州を周って中国への18日間の長旅。カルチャーショックをこれほど感じた旅もないが、逆に中国の勢いを肌で感じた旅でもある。
 9月6日にスカンジナビア航空の機内で見た「祝!関空開港」のテロップ・メッセージが、今日の夕刻現実のものになるのだ。

 無事、開港間もない関西国際空港に着陸

 祝、KIX開港!


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

これまたビックリ、とんでもない開発 -上海-(異文化体験21 改革解放の国の旅7)

2012年05月11日 23時56分20秒 | 異文化体験_アジア
(写真はクリックで拡大します)

これまたビックリ、とんでもない開発 -上海-  1994.9.20~9.23

 上海での宿舎、南京西路に近いヒルトンホテル

 20日午後の便で北京から上海に移動、同行の4人と上海空港に降り立つ。小生の出向元の会社と交流関係にある上海煤気公司の出迎えを受け、車で宿舎の南京西路に近いヒルトンホテルにチェックイン。

       
(左)ホテルの夜景(参考)     (右)月餅(ラウンジでは直径30cmの月餅も完売)

 中秋節(15日前後)のこの頃は月餅を食べるようで、ホテルのラウンジでは直径30cmもあろうかというジャンボ月餅が売られている。ホテルの部屋にも小さな月餅が配られていて、中秋の名月でも見ようかとホテルの外を散策する。


 上海煤気公司本社ビル(右奥の高層ビル) 

 翌朝、迎えの車で上海煤気公司本社を表敬訪問。総経理との挨拶の後、会社概要の説明を受ける。北京の公営に対し上海は民営の色濃く、多角化も進めており活気がある。
午後は浦東地区にある浦東製造所を見学。黄浦江の川向こうの広大な地域=浦東が今熱く燃えている。

 浦東(pudon)への入口の一つ 南浦大橋

 1994 ⇒ 2012 
(左)完成間際の総工費8.3億元、高さ467.9m「東方明珠電視塔」 (右)参考写真

 改革開放の先陣を切る上海のもう一つの顔が今ここに創られようとしている。南浦大橋を渡るとそこは浦東、欧米、日本の企業が我先にと資本進出し、あのヤオハンまでもが巨大ショッピングモールを造ると言う。旧市街の狭い道に比べ、浦東新区は未来に向けた都市計画の下、道も広く様々な未来型都市基盤施設が整備されつつある。2ケ月後には総工費8.3億元の高さ467.9mの東方明珠電視塔が完成する。

 上海煤気公司の浦東ガス工場(李鵬筆の浦東煤气厰) 

 上海煤気公司の浦東製造所もエネルギー供給の役割を持って建設された工場であり、その工場門には李鵬首相(当時市長)の筆になる石造文字が張り付けてある。
李鵬や江沢民等、歴代上海市長は中央政界での実力者でもあり、共産党総書記にまで登りつめた人も多い。現市長の黄菊氏も将来が有望視されている。上海勢力が中国中央政界を牛耳っているとも言われており、北京勢力と対抗している。一昔前の東京と大阪の関係に似ている。

 浦東工場は石炭ガスの工場で、その環境対策には随分気を使っている。しかし、急速に増大するエネルギー需要に対処するため、浦東に天然ガスを導入しようというプロジェクトがある。渤海の海底ガス田から持ってくるという案とLNGの案が検討中とか。


 上海虹橋空港近くの夢上海酒楼での招宴
 
 夕刻は、空港に近い虹橋地区・夢上海酒楼で上海煤気公司・総技師長による招宴。オープンして1年半ほどの広東料理の店で上海の新しい夜を演出するレストランという有名な店だそうだ。ここでもカラオケが人気で「東方の真珠」をリクエスト。大阪に何度も行っている陽気な総技師長のSさんとの歌比べが夜遅くまで続いた。

←外灘の西洋建築群→

 上海は、中国の他の都市に見られる歴史的観光名所は比較的少ない。外灘の魔界時代のモダンな西洋建築群と江南の庭園「豫園」位のもの。租界時代から経済の中心として栄え、政治都市北京に対し、国際経済都市上海として発展してきた。

 
(左)今年は建国45周年の年(人民広場) (右)新設なった上海博物館(夜のTVNewsは竣工セレモニー報道が)

 今年は建国45周年の節目の年。街の至る所に「祝中華人民共和国成立45周年」の赤垂れ幕が見られる。
 1990年の党大会で開発決議し、上海の更なる飛躍に向け今まさに取り組んでいる浦東大開発。

 10年後の上海はどうなっているであろうか?


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国諸事情 -北京-  1994.9.14~9.20 (異文化体験21 改革解放の国の旅6)

2012年05月04日 11時35分02秒 | 異文化体験_アジア
(写真はクリックで拡大します)

中国諸事情 -北京-  1994.9.14~9.20

 まるで信じられない景色が目に飛び込んでくる。ガラス張りの超高層ビル群、色彩豊かな広告塔、しかも英語表示。街中にあふれる車。それ以上の道路を埋め尽くす自転車の洪水。人民服とはおよそほど遠いファッショナブルな服装。本当にここは中国か?とすれば小生の既存のイメージがまるで間違っていたのか。

 ガスチャイナの展示会場で見たあの好奇心と熱気に包まれた商売への飽くなき追求心。我々が「中国市場ではこんなもので良いだろう」と判断したものが、実は彼らはその先のものを要求している。

 鄧小平が言う早く裕福になる汽車に乗ろうと、誰もが必死である。しかし、沿海部と内陸部の格差は広がるばかり。内陸部の人間は汽車に乗り遅れると焦らないのだろうか?
 平等を旨とした社会主義経済から市場経済への急速な移行は、人々に夢を与えつつ、一方で不平不満が増大する要素を内在している。


 
                           中国石油天然気総公司にて

 19日、20日と北京市公用局、中国石油天然気公司を訪ねる。
 今の市場経済化のスピードは多大なエネルギー資源を要する。中国は石油のネット供給国であるが、まもなくネット輸入国に変わる。

 中国の石油需給推移(1994年でネット輸出国から輸入国へ)

 豊富な石炭は内陸部にあるため輸送手段の整備が追いつかず、今内陸部の天然ガスをパイプライン輸送して都市部で活用しようとする計画があっちこっちで浮上している。
 これらの計画は、欧米先進国資本の投資ターゲットとなり、エンロンやBGplc(ブリティッシュガス)等がビジネスチャンスとばかり虎視眈々と狙っている。
 
 国内消費は急速に拡大しており、万里の長城へ行ったハイヤーの兄弟も自ら投資して車を手に入れ輸送ビジネスで儲けようとしている。マクドナルド・ハンバーガーも決して安くはないが、近代化の象徴的メニューには列を作って購入している。
 北京友誼商店や貴友商場に並ぶ商品も、品質によってクラス分けされているとは言え品質も良くなり、そのデザインや包装等においても中国のイメージが今変わろうとしている。

 北京空港の空港利用料

 明日からは、もう一つの大都市、上海。これは楽しみだぞ!



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする